金属加工における靱性(じんせい)と延性(えんせい)は、しばしば混同されがちですが、明確に異なる材料特性です 。靱性は材料が破壊に至るまでに吸収できるエネルギー量を表し、衝撃に対する粘り強さを意味します 。一方、延性は引張力に対して材料がどの程度伸びることができるかを示す性質で、塑性変形能力の指標として重要です 。
参考)【今月のまめ知識 第57回】 延性と脆性、そして靭性::NI…
靱性の評価には破壊エネルギーが用いられ、シャルピー衝撃試験によって測定されます 。この試験では、V字またはU字のノッチを持つ試験片にハンマーで衝撃を与え、破断に要したエネルギーから材料の粘り強さを評価します 。延性の評価には引張試験における伸びや絞りの値が使用され、材料がどれだけ塑性変形できるかを数値化します 。
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金属加工の現場では、靱性が高い材料は衝撃荷重に対して割れにくく、延性が高い材料は曲げや絞り加工に適しています 。例えば、低炭素鋼は優れた延性を示すため板金加工に適用され、一方で構造用鋼材では衝撃に対する安全性から靱性が重視されます 。
参考)https://tech-navi.yamazaki-kikai.co.jp/column/%E5%85%83%E7%B4%A0%E3%81%8C%E9%89%84%E9%8B%BC%E6%9D%90%E6%96%99%E3%81%AE%E7%89%B9%E6%80%A7%E3%81%AB%E4%B8%8E%E3%81%88%E3%82%8B%E5%BD%B1%E9%9F%BF%E3%81%A8%E3%81%AF/%22
靱性の評価において最も重要な概念が破壊エネルギーです 。破壊エネルギーとは、材料が破断するまでに加えられる総エネルギーのことで、材料の粘り強さを定量化する指標として活用されます 。金属材料では弾性歪みエネルギーと塑性歪みエネルギーの合計として捉えることができ、この総和が大きいほど靱性に優れた材料といえます 。
参考)破壊エネルギー(靭性)について|テストパネルの製造販売や試験…
シャルピー衝撃試験では、300Jや500Jの大容量試験機が鉄鋼材料に使用され、プラスチックや薄い鋼材、アルミニウムなどの低吸収エネルギー材料には50J試験機が適用されます 。試験温度は-196°Cから900°Cまでの広範囲で実施可能で、特に鉄鋼材料では低温になると脆くなる特性があるため、脆性延性遷移温度の測定が重要です 。
参考)靭性、破壊靭性
破壊靱性値の物理的意味は、材料の微視組織と密接に関連しています 。金属材料の破壊は応力が真破断応力に達したときに発生しますが、この時の延性も材料性質として考慮する必要があります 。そのため、破壊抵抗は弾性歪みエネルギーと塑性変形エネルギーの変化率として表現され、材料設計における重要な指標となります 。
参考)https://www.kahaku.go.jp/research/publication/sci_engineer/download/31/BNMNS_E3102.pdf
金属材料の破壊は大きく延性破壊と脆性破壊の2種類に分類されます 。延性破壊は破壊時に材料が十分に伸びながら塑性変形を伴って破壊する現象で、軟らかい金属材料によく見られます 。一方、脆性破壊は材料がほとんど変形せずに急激に破断する現象で、硬い金属やガラス、セラミックスなどで発生しやすい特徴があります 。
参考)金属の損傷(静的破壊)
延性破壊の破面観察では、マクロ的にカップアンドコーン型の特徴的な形状が観察され、ミクロ的にはディンプルと呼ばれる細かいくぼみが全面を覆います 。このディンプルは結晶粒内の微小空洞の発生・成長・合体が原因で形成され、材料の延性破壊を示す明確な証拠となります 。破面は鈍い灰白色を呈し、繊維状の外観を示すことが一般的です 。
参考)破面解析(材料・製品の破損、不良原因調査)
脆性破壊では破面が平滑で、材料の結晶学的特性を反映した破壊が生じます 。低温や急速な荷重条件下で発生しやすく、金属材料でも温度が下がると脆性破壊を起こすことがあります 。引張試験において、延性材料は降伏応力と引張強度を示して一定の伸びを呈しますが、脆性材料は降伏応力を超えるとすぐに破断し、ほとんど伸びを示しません 。
参考)https://www.kabuku.io/case/plan/fatigue-fracture-basic2/
シャルピー衝撃試験は金属材料の靱性評価において最も標準的な手法として広く採用されています 。試験では通常10×10×55mmの試験片中央片側にV字またはU字のノッチを加工し、所定温度に調整後、振り子式ハンマーで破壊した際の吸収エネルギーを測定します 。
参考)機械試験「シャルピー衝撃試験」 - 株式会社ベンカン機工ブロ…
温度制御システムでは、-196°Cでは液体窒素、-140°C〜-100°Cではイソペンタン、-100°C〜室温ではエタノール、室温〜100°Cでは水またはシリコーンオイル、100°C〜200°Cではシリコーンオイルが使用されます 。この広範囲な温度設定により、材料の脆性延性遷移温度を正確に測定でき、実用環境での材料挙動を予測することが可能です 。
参考)50Jシャルピー衝撃試験による靱性評価
シャルピー試験の結果は吸収エネルギー(J)として表示され、これを断面積で割って衝撃値(J/cm²)を算出します 。脆性破面率の測定も同時に行われ、破面の延性部分と脆性部分の割合から材料の靱性特性をより詳細に評価できます 。これらの数値により、構造物や機械部品の安全性を確保するための材料選択指針が得られます 。
参考)https://www.toishi.info/metal/nb.html
金属加工現場では、靱性と延性の特性理解が製品品質と作業安全性に直結します 。強度、硬度、延性の3要素は互いにトレードオフの関係にあることが多く、用途に応じた最適なバランスの選択が重要です 。高炭素鋼や焼入れ処理材は高強度を発揮しますが、延性が低下するため成形加工には不適切な場合があります 。
参考)鉄(Fe)とは?万能材料としての特性と加工性を徹底解説|株式…
延性に優れた低炭素鋼(軟鋼)は曲げ、引張、圧延などの塑性加工に適し、複雑な成形が要求される板金加工で重宝されます 。一方、靱性が要求される用途では、衝撃エネルギー吸収能力の高い材料選択が必要で、建物、橋梁、プラント構造物、船舶、航空機、自動車部品などで重視されます 。
加工硬化現象も重要な考慮要素です 。塑性加工が繰り返されると金属材料は硬化し、同時に脆くなる傾向があります 。この現象を理解することで、加工順序の最適化や中間焼鈍の適切な実施により、材料特性を維持しながら効率的な加工が実現できます 。温間加工や熱処理条件の調整により、強度と靱性のバランスを改善することも可能です 。
参考)Influence of Carbon Content on…
実用的な材料選択において、靱性と延性の特性を正しく理解することで、コスト効率と製品性能の両立が実現できます 。マグネシウム合金の研究例では、微量の合金元素添加により延性が劇的に向上することが明らかになっており、YやCaが延性向上に効果的である一方、CaやPbは靱性を低下させることが知られています 。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/bd523220e00722e855672b6d2319b6c6c47791ea
鉄鋼材料では炭素含有量が材料特性に決定的な影響を与えます 。炭素量の増加により強度は向上しますが、延性と靱性は低下する傾向があります 。合金元素の添加も重要で、ニッケルは低温靱性を向上させ、クロムやモリブデンは焼戻し抵抗を増大させて機械的性質を向上させます 。
超微細繊維状結晶粒(UFEG)組織を持つ鋼材では、従来の超高強度低合金鋼が延性脆性遷移を示すサブゼロ温度域でシャルピー吸収エネルギーが著しく上昇する靱性の逆温度依存性が発現します 。この現象は層状破壊によるもので、衝撃方向とほぼ直角にき裂が分岐することで実現されます 。このような組織制御技術により、従来困難とされた高強度と高靱性の両立が可能となります 。