半導体技術の発展により、従来のシリコン半導体だけでは対応できない高度な機能要求が増えています。現代の電子機器や産業機器で重要な役割を果たしているのが、元素半導体と化合物半導体という2つの半導体材料です。
元素半導体は、シリコン(Si)やゲルマニウム(Ge)のように単一の元素のみから構成された半導体です。一方、化合物半導体は、2つ以上の元素を組み合わせて作られた半導体材料を指し、ガリウム砒素(GaAs)、窒化ガリウム(GaN)、炭化ケイ素(SiC)などが代表的です。
参考)化合物半導体とは? 特性・単体半導体との違いを解説
この2つの半導体には、材料特性、製造工程、コスト、適用分野において大きな違いがあります。金属加工従事者として理解しておくべき点は、これらの材料特性が加工性や取り扱いに直接影響することです。
参考)半導体製造に使われる材料
元素半導体は、同じ族に属する単一元素のみで結晶格子を形成している半導体材料です。最も代表的なシリコンは、地球上に豊富に存在し、4価元素として非常に安定した結晶構造を持っています。
参考)https://jp.rs-online.com/web/content/discovery/ideas-and-advice/compound-semiconductor-guide
シリコンの結晶構造では、各原子が4つの隣接原子と共有結合を形成しています。純粋なシリコン結晶は室温では絶縁体に近い性質を示しますが、微量の不純物(ドーパント)を添加することで、電子や正孔といったキャリアが生成され、電気伝導性を得ることができます。
参考)半導体の種類である元素半導体とは?
元素半導体の主な特徴
ゲルマニウムも元素半導体の一種ですが、シリコンと比較して電子移動度が高く、低ノイズ特性に優れているため、特定の高周波用途で利用されています。ただし、動作温度範囲がシリコンよりもさらに狭く、コストも高いため、一般的な用途では使用されていません。
シリコンの最大の利点は、製造プロセス技術の成熟度です。半世紀以上にわたる技術開発により、極めて高純度の結晶成長、精密な微細加工、大量生産体制が確立されています。これにより、CPUやメモリなどの複雑な集積回路を低コストで製造できるようになりました。
化合物半導体は、異なる族に属する2つ以上の元素を組み合わせて構成される半導体材料です。最も一般的なのは、周期表のIII族元素(ガリウム、インジウム、アルミニウム)とV族元素(砒素、リン、窒素)を組み合わせたIII-V族化合物半導体です。
参考)化合物半導体とは|半導体事業部|住友電工
代表的な化合物半導体の組み合わせには以下があります。
化合物半導体の結晶構造は、構成元素の原子半径や電気陰性度の違いにより、元素半導体とは大きく異なります。例えば、GaAsではガリウム原子と砒素原子が交互に配列し、各原子が4配位の共有結合を形成していますが、結合の極性により異なる電子状態を示します。
参考)蛍光X線ホログラフィーで見る鉛フリー圧電体の原子変位
化合物半導体の結晶成長の課題
化合物半導体の製造で最も困難な点は、結晶欠陥の制御です。構成元素の熱膨張係数や格子定数の違いにより、結晶成長過程で転位や積層欠陥が発生しやすくなります。これらの欠陥は電気特性や機械的強度に大きな影響を与えるため、高品質な結晶を得るには精密な温度制御と成長条件の最適化が不可欠です。
また、化合物半導体は一般的に脆性材料であり、機械的衝撃に弱い特性があります。金属加工の観点では、切削加工やダイシング工程で割れやチッピングが発生しやすく、特別な加工条件の設定が必要です。
格子不整合も重要な課題です。異なる材料を積層するヘテロエピタキシー成長では、基板と成長層の格子定数の違いにより応力が蓄積し、結晶品質の劣化や剥離の原因となります。
参考)302 Found
元素半導体と化合物半導体の最も重要な違いは、バンド構造とキャリア移動度にあります。これらの特性により、各材料の適用分野が大きく分かれています。
バンドギャップの違い
材料 | バンドギャップ (eV) | バンド構造 |
---|---|---|
Si | 1.12 | 間接遷移型 |
Ge | 0.67 | 間接遷移型 |
GaAs | 1.42 | 直接遷移型 |
GaN | 3.4 | 直接遷移型 |
SiC | 3.3 | 間接遷移型 |
シリコンやゲルマニウムは間接遷移型のバンド構造を持つため、電子と正孔の再結合時に光子として効率的にエネルギーを放出できません。このため、発光ダイオードやレーザーダイオードの製造には不向きです。
一方、GaAsやGaNなどの化合物半導体は直接遷移型のバンド構造を持ち、電子-正孔再結合時に高効率で光を放出します。この特性により、LED、レーザーダイオード、光通信デバイスなどの発光素子に広く利用されています。
キャリア移動度の差異
化合物半導体の大きな利点は、電子移動度の高さです。GaAsの電子移動度は約8,500 cm²/V·sであり、シリコンの約1,350 cm²/V·sと比較して約6倍の値を示します。この高い移動度により、化合物半導体は高周波動作や高速スイッチング用途に適しています。
高い電子移動度は、携帯電話の高周波アンプ、衛星通信機器、ミリ波レーダーなどの用途で重要な特性です。特に5G通信システムでは、数十GHzの高周波信号処理が必要であり、シリコンでは実現困難な性能要求に対応できます。
耐圧特性と高温動作
SiCやGaNなどのワイドバンドギャップ半導体は、絶縁破壊電界強度がシリコンの約10倍以上の値を持ちます。これにより、高電圧動作が可能となり、パワー半導体分野での利用が拡大しています。
また、ワイドバンドギャップ材料は高温動作特性にも優れており、SiCデバイスでは200°C以上での動作が可能です。自動車のエンジンルーム内や産業機器の高温環境での使用に適しています。
参考)半導体の種類について|原料や材料にはどんなものが使われている…
元素半導体と化合物半導体では、製造プロセスや加工性に大きな違いがあります。金属加工従事者にとって重要な点は、材料の機械的性質と加工時の注意点です。
ウエハ製造プロセスの相違
シリコンウエハは、チョクラルスキー法(CZ法)による単結晶育成が主流です。この方法では、石英るつぼ内でシリコンを溶融し、種結晶を接触させながらゆっくりと引き上げることで大口径の単結晶インゴットを育成します。現在では直径300mmの大口径ウエハが量産されており、製造効率の向上とコスト削減を実現しています。
参考)半導体の原料
一方、化合物半導体の結晶成長には、液相エピタキシー(LPE)、気相エピタキシー(VPE)、分子線エピタキシー(MBE)、有機金属気相成長法(MOCVD)などの高度な技術が必要です。これらの方法は精密な温度・圧力制御を要求し、製造コストが高くなる要因となっています。
化合物半導体では、構成元素の蒸気圧の違いや化学的活性の違いにより、組成制御が困難です。特に高温での結晶成長時には、軽い元素(砒素、リンなど)の蒸発により組成のずれが生じやすく、常に精密な供給量制御が必要です。
機械加工における課題
化合物半導体の機械加工では、以下の特性を考慮する必要があります。
🔧 脆性破壊の対策
GaAsやInPなどの化合物半導体は脆性材料であり、切削加工時にマイクロクラックが発生しやすくなります。金属加工で使用する標準的な切削条件では、チッピングや表面損傷が生じる可能性があります。
⚙️ 切削工具の選定
化合物半導体の加工には、超硬合金やダイヤモンド工具の使用が推奨されます。工具の切れ刃形状も重要で、鋭利な切れ刃を維持することで切削抵抗を低減し、材料損傷を防止できます。
🌡️ 加工温度の管理
化合物半導体は熱的に不安定な材料が多く、加工熱により結晶構造の変化や組成の変動が生じる可能性があります。冷却液の使用や低速加工により、加工温度を適切に制御する必要があります。
化学的エッチング特性
化合物半導体のパターニングでは、ウェットエッチングとドライエッチングが使用されます。GaAsの場合、硫酸系エッチング液により高い選択性を得ることができますが、結晶方位によってエッチング速度が異なるため、加工形状の制御が困難な場合があります。
参考)化合物半導体とは|半導体製造装置入門|サムコ株式会社
ドライエッチングでは、反応性イオンエッチング(RIE)や誘導結合プラズマ(ICP)エッチングが用いられます。これらの方法では、プラズマ中のイオンや中性ラジカルにより化学的・物理的にエッチングが進行しますが、プロセス条件の最適化が重要です。
元素半導体と化合物半導体の選択は、求められる性能要求と経済性のバランスによって決定されます。各用途における材料選択の指針を理解することで、適切な加工条件や品質管理基準の設定が可能になります。
汎用集積回路分野
CPUやメモリなどのデジタル回路では、シリコンが圧倒的に優位です。この分野では以下の要求が重要です:
現在の最先端プロセスでは3nmノードまで微細化が進んでおり、シリコンの成熟したプロセス技術により実現されています。化合物半導体では、このレベルの微細化と製造コストの両立は困難です。
高周波・高速通信分野
5G通信、衛星通信、ミリ波レーダーなどの高周波用途では、化合物半導体が不可欠です。要求特性は以下の通りです:
GaAsやInP、GaNなどの材料が用途に応じて使い分けられています。携帯電話の電力増幅器では主にGaAsが使用され、基地局の高出力アンプにはGaNが採用されています。
パワーエレクトロニクス分野
電気自動車のインバータ、太陽光発電のパワーコンディショナ、産業用モータドライブなどでは、ワイドバンドギャップ半導体の利用が拡大しています。
SiC(炭化ケイ素)の特徴 💎
GaN(窒化ガリウム)の特徴 ⚡
これらの材料により、従来のシリコンパワーデバイスでは実現困難だった高効率・小型化が可能になります。特に自動車分野では、軽量化と燃費向上の要求により、SiCパワーデバイスの採用が急速に進んでいます。
オプトエレクトロニクス分野
LED照明、レーザーダイオード、太陽電池、光通信デバイスなどの光デバイス分野では、化合物半導体が主流です。材料選択は発光波長や光吸収特性によって決まります:
発光効率の向上や発光色の制御のため、混晶系材料(AlGaAs、InGaAsなど)が広く利用されています。組成比を変更することで、バンドギャップを連続的に制御でき、所望の光学特性を実現できます。
材料選択において重要な経済性の観点では、シリコン系材料のコスト優位性は圧倒的です。しかし、化合物半導体でなければ実現できない機能要求の分野では、高いコストを許容してでも使用されています。今後の技術開発により、化合物半導体の製造コスト削減が進むことで、適用範囲のさらなる拡大が期待されています。