FATTという言葉を耳にしたことはあるでしょうか。実は、溶接部のFATTは母材より高くなることが多く、「溶接したから強くなった」という思い込みが脆性破壊事故につながることがあります。
FATTとは、英語で「Fracture Appearance Transition Temperature」の頭文字をとった略語で、日本語では「破面遷移温度」または「破壊様相遷移温度」と呼ばれます。金属材料の靭性評価において非常に重要な指標です。
具体的に言うと、シャルピー衝撃試験という試験で試験片を破壊したとき、破面(割れた面)に占める「脆性破面の割合が50%」になる温度のことをFATTと定義します。この温度より高ければ延性破壊(粘り強い壊れ方)が起こりやすく、この温度より低くなると脆性破壊(突然ガラスのように割れる壊れ方)が起こりやすくなります。
つまりFATTが低いほど、低温環境でも脆性破壊しにくい、安全な材料だということです。
金属加工の現場では「硬い素材=強い」というイメージを持ちがちですが、FATTの観点では「粘り強さ(靭性)」こそが破壊事故を防ぐ鍵になります。特に鉄鋼材料(体心立方格子構造を持つ金属)は、温度が下がると急激に靭性を失う「低温脆性」という性質を持っているため、FATTを把握することが欠かせません。
一方、ニッケル・アルミニウム・銅・オーステナイト系ステンレス鋼など、面心立方格子構造の金属は低温脆性が起こりにくいとされています。鋼材を中心に扱う現場ではFATTが特に意識されます。
FATTが原則です。
FATTは主に「シャルピー衝撃試験(JIS Z 2242)」という標準化された試験方法によって求められます。この試験は1901年にフランスのジョルジュ・シャルピーが考案したもので、100年以上にわたって金属材料評価の現場で使われ続けています。
試験の手順はシンプルです。まず、10mm×10mm×55mmのサイズを基本とする試験片の中央に「Vノッチ」や「Uノッチ」と呼ばれる切り欠きを加工します。次に、試験温度をさまざまな温度に設定して試験片を冷却または加熱し、大きなハンマーで一撃して試験片を破壊します。このときに試験片が吸収したエネルギー(吸収エネルギー)と、破面に占める脆性破面の割合(脆性破面率)を測定します。
温度を変えながらこの試験を繰り返すことで、「温度↔脆性破面率」の関係をグラフ化できます。このグラフで脆性破面率が50%になる温度を読み取ったものがFATT(破面遷移温度)です。
これは使えそうです。
複数の温度でデータを取得してグラフ化することにより、その材料がどの温度域で危険になるかが一目でわかります。例えばFATTが−20℃の鋼材なら、−20℃以下の環境では脆性破壊のリスクが急上昇すると判断できます。
なお、遷移温度の定義方法はFATT以外にも複数あります。吸収エネルギーが最大値の1/2になる温度を「エネルギー遷移温度(ETT)」と呼び、FATTとETTはほぼ同じ温度になることが多いとされています。また、延性破面率が5%以下となる温度を「無延性遷移温度(NDTT)」と定義する方法もあり、それぞれ評価の目的に応じて使い分けられています。
FATTは固定された値ではありません。使用条件や加工履歴によって大きく変わります。ここが現場で見落とされがちな重要ポイントです。
まず溶接の影響について理解しておく必要があります。溶接時には1,000℃を超える熱が局所的に加えられるため、溶接部周辺には「熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)」が生じます。HAZでは急速な加熱と冷却によって金属組織が変化し、特に溶接ボンド部に隣接した「粗粒域」では結晶粒が粗大化して靭性が低下します。
厳しいところですね。
具体的には、溶接によってHAZ部のFATTが母材より高く(つまり脆性破壊しやすく)なるケースが報告されています。神戸製鋼所の技術資料によれば、溶接部のFATTは組織と密接な関係があり、マルテンサイトと下部ベイナイト(M+LB)近傍の組織でFATTが最も良好な値を示すことが確認されています。
次に加工の影響です。冷間曲げ加工による塑性変形は、材料のFATTを上昇させます。ある研究では、曲げ半径2.5t相当の塑性ひずみを与えた場合、FATTが32〜39℃上昇したというデータがあります。例えばもともとFATTが−30℃だった材料が、冷間曲げ加工後には0℃程度まで上昇する可能性があるわけです。
さらに、溶接時に発生する熱ひずみも靭性低下の原因になります。変態点以下(200〜600℃の範囲)で熱とひずみの履歴を受けることによる「ひずみ時効脆化」も、FATTを悪化させる要因として知られています。
FATTに注意すれば大丈夫です。
環境面では、中性子線の照射がFATTを大幅に上昇させることが知られており、原子力発電所の圧力容器管理において特に重要な問題となっています。加圧水型原子炉では約18カ月ごとに点検・監視が義務付けられているのも、この中性子脆化がFATTに影響するためです。
低温脆性とFATTの重要性を示す歴史的な事例が2つあります。どちらも「まさかこんな温度で」という状況で起きた大事故です。
1912年に沈没したタイタニック号は、映画の影響で氷山との衝突だけが沈没の原因だと思われがちです。しかし事後調査によれば、船体に使用されていた鉄板のFATT(遷移温度)は約27℃だったことが判明しています。衝突時の北大西洋の海水温度は約−2℃であり、この温度では鉄板が脆性破壊状態にあったわけです。常温であれば粘り強く変形してくれるはずの鋼板が、低温環境でガラスのように割れてしまったことが大惨事を招いた一因となりました。
もう一つの事例は第二次世界大戦中に量産されたリバティ船です。約2,700隻が製造されたリバティ船のうち、なんと1,031隻が損傷・事故を起こし、200隻以上が沈没または全損という深刻な事態が発生しました。穏やかな海の上で係留中に突然真っ二つに折れて沈没した船も複数あり、事故のほとんどは北洋や冬季の寒冷地域で起きていました。
意外ですね。
大規模調査の結果、溶接不良と低温脆性(FATTの管理不足)が主因と判明しました。この事故を機に、FATTをはじめとする遷移温度の研究が本格化し、現代の破壊力学の体系が整備されていきました。
こうした歴史的教訓は、現代の金属加工現場にも直結します。例えば屋外設置の構造物や、寒冷地・低温環境下で使用される機械部品では、使用最低温度がFATTを下回らないように鋼材を選定することが設計・施工の基本です。日本においても、寒冷地架設の橋梁にはSM41W(低温脆性に配慮した鋼材)を使用するよう規定されているほか、石油貯槽のJIS B 8501でもFATTを基準にした材料判定基準が設けられています。
FATTの概念を現場に活かすには、大きく3つの切り口があります。
① 鋼材選定時のFATT確認
構造物や機器を設計・製作する際には、使用する鋼材の「最低使用温度」と「FATT(またはシャルピー吸収エネルギー)」を必ず照合することが基本です。たとえば石油貯槽や圧力容器など法規制の対象となる機器は、JISや業界規格が定める破面遷移温度の基準値をクリアしている材料を使用しなければなりません。
カタログや材料証明書(ミルシート)にはシャルピー衝撃試験値(vE₀など)が記載されていますが、FATTが明示されていない場合は、複数温度でのシャルピー試験データを取得して遷移曲線を描くことが確実な確認方法です。
結論は追加試験で確認が基本です。
② 溶接管理とHAZのFATT管理
溶接作業においては、入熱量・予熱温度・溶接材料の選定がHAZのFATTに直接影響します。特に高強度鋼や厚肉材料を扱う際は、溶接施工要領書(WPS)に基づいた管理が欠かせません。入熱が不足した「ショートビード溶接」や補修溶接は、HAZ部の冷却速度が過大になって靭性低下を招くリスクが高まります。
HAZ部の靭性評価は「溶接再現熱サイクル試験」で確認できます。これは溶接時の熱履歴を実験室で再現し、HAZ相当材のシャルピー試験でFATTを測定する方法です。重要構造物の施工前に実施することで、溶接部の脆化リスクを事前に把握できます。
③ 冷間加工後の靭性低下への対応
前述のとおり、冷間曲げ加工によってFATTが30〜40℃近く上昇することがあります。重要構造物の部材に冷間曲げ加工を施した場合は、加工後にシャルピー試験を実施してFATTを再確認することが理想的です。
また「ひずみ時効焼鈍処理」を施すことで、加工によって上昇したFATTをある程度回復させる手法もあります。加工後に適切な熱処理を行うことで靭性を改善できる場合があります。
材料の靭性試験については日鉄テクノロジーの靭性・破壊靭性ページに詳細な試験事例と解説が掲載されています。実際の遷移曲線グラフや試験条件の参考として役立ちます。
日鉄テクノロジー:靭性・破壊靭性試験の詳細解説(シャルピー試験事例・FATTの実測グラフあり)
シャルピー衝撃試験の試験方法と得られるデータの意味については、以下の解説ページも参考になります。
東金属工業:低温脆性とシャルピー衝撃試験のわかりやすい解説(タイタニック・リバティ船の事故事例含む)
FATTを正確に把握し管理するためには、信頼できる試験機関でのシャルピー試験の実施が近道です。現場での材料受入検査時にシャルピー試験値をミルシートで確認する習慣を作ること、また溶接条件変更の際には再度靭性確認を行うことが、脆性破壊事故を防ぐための実践的な一歩となります。