PEEK(ピーク)材、正式名称をポリエーテルエーテルケトンというこの樹脂は、「スーパーエンジニアリングプラスチック」の中でも頂点に立つほどの高性能を誇ります 。金属加工に従事されている皆様にとって、この素材は金属の代替材料として、あるいは金属では達成困難な課題を解決する切り札として、知っておくべき選択肢の一つです 。
PEEK材の最も特筆すべき特性は、その卓越した耐熱性です 。連続使用可能温度は250℃~260℃にも達し、これは熱可塑性樹脂の中で最高クラスです 。融点は334℃~343℃と非常に高く 、短時間であれば300℃の高温にも耐えることができます 。このため、高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)が必要な医療器具など、過酷な熱環境下でもその性能を維持します 。
次に挙げるべきは、金属に匹敵するほどの高い機械的強度です 。引張強度は約90MPa~100MPaと、アルミニウム合金に迫る数値を誇ります 。それだけでなく、耐衝撃性、耐摩耗性、耐クリープ性(荷重をかけ続けた際の変形への耐性)にも優れています 。特に、炭素繊維などで強化したグレードでは、その強度はさらに向上し、荷重たわみ温度(一定の荷重をかけた際の変形温度)は300℃を超えるものもあります 。意外なことに、摺動グレードのPEEKは摩擦係数が低いだけでなく、熱伝導性が高く放熱性に優れるため、高負荷・高速摺動といった過酷な環境下での使用にも適しているのです 。
さらに、PEEK材は以下のような多様な特性をバランス良く兼ね備えています。
これらの特性が、PEEK材を単なるプラスチックではなく、金属代替を可能にするほどの高性能マテリアルたらしめている理由です 。
PEEK材の持つ類まれな特性は、極めて高い信頼性と安全性が要求される最先端分野で活かされています 。その応用範囲は広く、私たちの生活に直接的・間接的に関わっています。
⚕️ 医療分野
PEEK材は、その優れた生体適合性と、骨に近い弾性率を持つことから、金属アレルギーのリスクがなく、応力集中を避けることができるため、整形外科領域のインプラント(椎間ケージなど)や、人工関節、頭蓋骨プレートなどに積極的に採用されています 。また、レントゲン撮影時にハレーション(白飛び)を起こさないため、術後の経過観察がしやすいというメリットもあります。繰り返し滅菌処理が可能なため、手術用器具にも使用されています 。
🚀 航空宇宙分野
「軽量化」が至上命題である航空宇宙分野において、PEEK材は金属部品の代替材料として不可欠な存在です 。アルミニウムと比較して約半分の重量でありながら、十分な強度と高い耐熱性を誇るため、機体の構造部品、内装部品、断熱材、そして電気系統のコネクタやケーブル被覆などに使用されています 。厳しいUL規格の難燃性基準(94 V-0)をクリアしていることも、この分野での採用を後押ししています 。
💻 半導体・電子部品分野
半導体の製造プロセスでは、高温かつクリーンな環境が求められます。PEEK材は、アウトガス(材料から放出されるガス)が少なく、耐プラズマ性にも優れているため、ウェハーキャリアや、洗浄装置の部品、検査装置のソケットなどに使用されます 。また、帯電防止性能を付与したグレードもあり、静電気に弱い電子部品を保護するための部品としても活躍しています 。
🚗 自動車・工業分野
自動車産業では、エンジン周辺の高温環境下で使用されるギア、ベアリング、ピストン部品や、電気自動車(EV)のバッテリー関連部品など、軽量化と高性能化が求められる箇所でPEEK材の採用が進んでいます 。耐摩耗性や摺動特性を活かして、過酷な条件下で稼働する機械の軸受けやシール材としても広く利用されています 。
以下に主な用途をまとめます。
| 分野 | 具体的な用途例 | 求められる特性 |
|---|---|---|
| 医療 | 人工関節、インプラント、手術用器具 | 生体適合性、耐熱性、機械的強度 |
| 航空宇宙 | 構造部品、内装材、断熱材、コネクタ | 軽量性、高強度、耐熱性、難燃性 |
| 半導体 | ウェハーキャリア、洗浄槽、ICソケット | 耐熱性、耐薬品性、低アウトガス性 |
| 自動車・工業 | ギア、ベアリング、ピストン、シール材 | 耐摩耗性、摺動性、耐熱性、機械的強度 |
これほどまでに優れた特性を持つPEEK材ですが、その加工にはいくつかのポイントと注意点が存在します 。「PEEKは加工が難しい」というイメージを持たれがちですが、その特性を正しく理解し、適切な方法でアプローチすれば、高精度な加工が可能です 。
切削加工のポイント 🔪
PEEK材の切削加工における最大の課題は「熱」の管理です 。PEEKは熱伝導率が低く、加工点に熱がこもりやすい性質があります。加工熱が融点近くまで上昇すると、材料が溶けて刃物に溶着したり、加工面にむしれが生じたりして、寸法精度や面粗度の悪化につながります。これを防ぐためには、以下の点が重要になります。
切削加工後には、内部応力を除去し、寸法安定性をさらに高めるために「アニール処理」という熱処理を行うことが一般的です 。これは、PEEK材のガラス転移温度(約143℃)以上の温度で一定時間保持し、その後ゆっくりと冷却する工程です。
その他の加工方法 🧩
PEEKは射出成形による大量生産にも対応しています 。この場合も、金型温度や樹脂温度といった熱の管理が、反りやヒケのない高品質な製品を得るための鍵となります 。
意外に思われるかもしれませんが、PEEK材の接着は比較的容易です。その高い耐薬品性から接着しにくいイメージがあるかもしれませんが、表面を適切に処理(脱脂や粗面化など)すれば、エポキシ系接着剤やシアノアクリレート系(瞬間接着剤)など、汎用的な接着剤で良好な接着強度が得られます 。これは、設計の自由度を高める上で大きなメリットと言えるでしょう。
PEEK加工に関するより詳細な技術情報は、以下のリンク先で確認できます。
エンズィンガー・ジャパン株式会社 - PEEK樹脂の接着・溶着性について
PEEK材を検討する上で、避けて通れないのがコストの問題です 。結論から言えば、PEEK材は他の樹脂材料と比較して非常に高価です 。その価格は、2022年時点のデータで1kgあたり約1万円にもなり、これは汎用樹脂の約50倍、一般的なエンプラの約30倍に相当します 。
なぜこれほど高価なのでしょうか?その主な理由は、原料の製造プロセスが複雑で多段階に及ぶため、生産コストが高くなることにあります 。特殊な設備と高度な技術が要求されるため、大量生産によるコストダウンが難しいのです。
近年の価格動向を見ると、原油価格や為替の変動を受けつつも、供給量が限られているため、比較的安定して高値で推移しています 。2023年のアジア市場では1kgあたり65~70USD程度で取引されており、2025年にかけては原料コストの上昇を背景に、わずかに上昇するとの見通しもあります 。
しかし、「高価=コストパフォーマンスが悪い」と結論づけるのは早計です。PEEK材の採用を検討する際には、材料費(イニシャルコスト)だけでなく、トータルコストや付加価値で評価する必要があります。例えば、以下のような視点が考えられます。
つまり、PEEK材は、その初期投資を上回るメリットをもたらす「価値ある投資」となり得るのです。特に、他の材料では性能要件を満たせないような過酷な環境や、製品の性能が劇的に向上するようなケースにおいて、その真価を発揮すると言えるでしょう。
PEEK樹脂の価格に関する詳しい市場レポートは、以下のリンクも参考になります。
樹脂プラスチック.com - PEEK樹脂ペレット市場レポート
PEEK材の可能性は、既存の用途にとどまりません。技術の進歩とともに、PEEK材は新たなステージへと進化を遂げようとしており、それは地球環境問題、すなわちサステナビリティへの貢献という側面も持っています。
3Dプリンティングとの融合が生む新たな製造革命 💡
近年、特に注目されているのが、3DプリンタによるPEEK材の積層造形(AM)技術です 。中でもFFF(熱溶融積層)方式は、PEEKのフィラメントを溶かして積み重ねることで、複雑な形状の部品を金型なしで製造することを可能にしました 。これにより、以下のようなメリットが生まれています。
この技術は、特に交換部品の確保が難しい宇宙ステーションでの「オンデマンド製造」など、未来のモノづくりを支える技術として大きな期待が寄せられています 。
軽量化とリサイクルによる環境負荷低減 ♻️
PEEK材は、サステナビリティの観点からも重要な役割を担います。前述の通り、航空機や自動車の部品を金属からPEEKに置き換えることで、機体や車体が軽量化され、燃費が向上し、CO2排出量の削減に直接的に貢献します。これは、地球温暖化対策という大きな課題に対する、材料科学からのアプローチと言えます。
また、PEEKは熱可塑性樹脂であるため、理論上はリサイクルが可能です。使用済みのPEEK製品を溶かして再成形することで、新たな製品として生まれ変わらせることができます。現状ではリサイクルの仕組みが十分に確立されているとは言えませんが、将来的にサーキュラーエコノミー(循環型経済)を実現していく上で、PEEK材のリサイクル技術の確立は重要なテーマとなるでしょう。
このように、PEEK材は単に高性能なだけでなく、3Dプリンティングのような先進技術と結びつくことで製造業のあり方を変革し、さらに軽量化やリサイクルの可能性を通じて持続可能な社会の実現にも貢献する、未来志向の素材なのです 。
PEEKと3Dプリンティング技術の応用に関する学術的なレビューは、以下の資料で詳しく解説されています。
MDPI - Applications of 3D-Printed PEEK via Fused Filament Fabrication: A Systematic Review

PEEKプラスチックフラットワッシャー断熱材 M2 M2.5 M3 M4 M5 M6 M8 M10 M12 M14 M16 (100、M6)