ABS樹脂の素材特性と加工ポイント、多様な種類と用途を解説

ABS樹脂は優れた機械的特性と加工性から金属代替としても注目素材です。この記事では基本特性、多様な種類、具体的な加工方法まで網羅的に解説。あなたの製品開発にABS樹脂という新たな選択肢を加えてみませんか?

ABS樹脂の素材

この記事のポイント
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基本物性とメリット・デメリット

ABS樹脂が持つ3成分の役割と、それによって生まれる優れた特性や知っておくべき弱点を解説します。

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多様な種類と用途

汎用グレードから耐熱、メッキグレードまで、様々な種類と自動車部品や家電などの具体的な用途を紹介します。

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加工方法のポイント

金属加工従事者向けに、切削、接着、塗装、3Dプリンティングなど、ABS樹脂を扱う上での重要なコツを解説します。

ABS樹脂の基本的な物性とメリット・デメリット

 

ABS樹脂は、アクリロニトリル(A)、ブタジエン(B)、スチレン(S)という3つの成分を組み合わせることで作られる、非常にバランスの取れた熱可塑性樹脂です 。これら3つの成分が、それぞれ異なる優れた特性をもたらし、ABS樹脂を「万能プラスチック」たらしめています 。金属加工に携わる方々にとっても、その特性を理解することは、新たな材料選定の可能性を広げることにつながるでしょう 。

     

  • アクリロニトリル(A): 耐熱性、機械的な強度(剛性)、耐油性といった特性を付与します 。これにより、ABS樹脂は厳しい環境下でもある程度の性能を維持できます。
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  • ブタジエン(B): ゴムとしての性質を持ち、ABS樹脂に最大の特徴である高い耐衝撃性を与えます 。この成分のおかげで、ABS樹脂は落としたりぶつけたりしても簡単には壊れません。
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  • スチレン(S): 加工のしやすさ(成形性)、美しい光沢、そして寸法安定性をもたらします 。これにより、複雑な形状の製品でも精密に製造でき、塗装やメッキなしでも美しい外観が得られます 。

これらの特性が組み合わさることで、ABS樹脂は多くのメリットを提供しますが、同時にいくつかのデメリットも存在します。以下の表にその長所と短所をまとめました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

項目 内容 出典
メリット

 

     

  • 優れた機械的性質: 剛性と耐衝撃性のバランスが非常に良いです 。
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  • 高い加工性: 射出成形、切削、接着、塗装、メッキなど、多様な加工方法に対応可能です 。
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  • 美しい外観: 表面の光沢が良く、デザイン性の高い製品が作れます 。
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  • 寸法安定性: 成形後の収縮が少なく、精密な部品の製造に適しています 。
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デメリット

 

     

  • 耐候性が低い: 太陽光(特に紫外線)に長時間さらされると、変色や劣化(脆化)が起こりやすいです 。
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  • 耐薬品性に限界: 特定の有機溶剤(アセトン、エステルなど)には溶解してしまいます。
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  • 耐熱性がエンプラの中では高くない: 汎用プラスチックよりは高いですが、ポリカーボネートなどのエンジニアリングプラスチックには劣ります 。
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このように、ABS樹脂は多くの長所を持つ一方で、使用環境によっては考慮すべき弱点も併せ持っています。特に屋外での使用を考える場合は、後述する耐候性対策が必須となります。

ABS樹脂の多様な種類とそれぞれの用途

ABS樹脂は、その3成分の配合比率や添加剤を変えることで、特定の性能を強化した様々な種類のグレードが存在します 。これにより、ABS樹脂は非常に幅広い用途で活躍しています。ここでは代表的なABS樹脂の種類とその主な用途を紹介します。

     

  • 汎用グレード: 最も標準的なタイプで、強度、加工性、コストのバランスが取れています 。家電製品の筐体(掃除機、コーヒーメーカー)、事務用品、おもちゃ(レゴブロックなど)といった身近な製品に広く使用されています 。
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  • 耐衝撃グレード: ブタジエン成分の比率を高めることで、標準グレードよりもさらに高い耐衝撃性を実現したタイプです。ヘルメットやスーツケース、自動車のバンパーなど、特に衝撃への強さが求められる製品に採用されています 。
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  • 耐熱グレード: アクリロニトリル成分の比率を増やす、あるいはα-メチルスチレンなどの耐熱性が高いモノマーを共重合させることで、耐熱性を向上させたタイプです。ドライヤーの筐体や、自動車のエンジンルーム周辺部品など、高温環境下で使用される部品に適しています。
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  • メッキグレード: 表面に金属メッキを施すことを前提としたグレードです。樹脂と金属の密着性を高めるための特殊な配合がされており、自動車のエンブレムやドアハンドル、水栓器具のレバーなど、金属光沢による高級感が求められる部分に使われます 。
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  • 透明グレード: 通常のABS樹脂は不透明ですが、第4の成分としてメチルメタクリレート(MMA)などを加えることで透明性を持たせた特殊なタイプです。デザイン性が求められる家電製品のパネルや化粧品容器などに利用されます。
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  • 3Dプリンター用フィラメント: FDM(熱溶解積層)方式の3Dプリンターで使いやすいように、溶融時の流動性や冷却時の収縮率が調整されています。試作品の製作や、個人レベルでのDIYパーツ製作に広く普及しています 。

これらの多様なグレードの存在が、ABS樹脂を自動車、家電、住宅設備、雑貨、医療機器といった極めて広範な分野で不可欠な素材にしています 。金属からの軽量化を検討する際、これらの豊富な選択肢の中から最適なグレードを選ぶことが成功の鍵となります。

ABS樹脂の切削や接着など加工方法のポイント

ABS樹脂は加工性の高さが大きな魅力ですが、金属加工とは異なる特性を持つため、いくつかのポイントを押さえる必要があります 。特に金属加工に慣れた方々がABS樹脂を扱う際に注意すべき点について、加工方法ごとに解説します。
切削加工のポイント ⚙️
ABS樹脂は切削性自体は良好で、比較的容易に削ることができます 。しかし、金属に比べて融点が低いため、加工時の発熱が大きな問題となります 。

     

  • 発熱対策: 高速回転や高い送り速度は、摩擦熱で樹脂を溶かし、切りくずの溶着や刃物へのダメージ、加工精度の低下を引き起こします 。切削速度を適切に設定し、必要に応じてエアブローや切削油(水溶性推奨)で冷却することが重要です。
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  • 工具の選定: 切れ味の良い、すくい角が大きな樹脂専用の刃物を使用することが理想的です。これにより、切削抵抗が減り、発熱を抑制できます。
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  • 切りくずの処理: ABS樹脂の切りくずは連続しやすい性質があるため、工具に絡みつかないように注意が必要です。切りくずの排出性が良い工具を選び、エアブローなどで積極的に排出しましょう。

以下の参考リンクは、樹脂の切削加工における基本的な注意点をまとめたもので、ABS樹脂にも応用できる有用な情報が記載されています。
参考リンク:サンドビック・コロマント 樹脂加工の基礎知識
接着・溶接のポイント 🤝
ABS樹脂は接着性にも優れており、様々な方法で接合が可能です。

     

  • 溶剤接着: アセトンやメチルエチルケトン(MEK)などの溶剤でABS樹脂の表面をわずかに溶かし、部品同士を圧着する方法です。強力に一体化しますが、溶剤の取り扱いには換気など十分な注意が必要です。
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  • 接着剤: ABS専用の接着剤や、シアノアクリレート系(瞬間接着剤)、エポキシ系接着剤などが使用できます。接着する面積や求められる強度に応じて最適なものを選びます。
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  • 超音波溶着: 超音波振動による摩擦熱で樹脂を溶かして接合する方法です。量産に適しており、安定した強度が得られます。

塗装・メッキのポイント ✨
ABS樹脂は表面の極性が比較的高く、塗料やメッキの乗りが良いという特徴があります 。これにより、金属のような質感や、カラフルなデザインを容易に実現できます。特にクロムメッキを施したABS樹脂は、軽量でありながら金属と見紛うほどの高級感を出すことができ、自動車の内外装部品に多用されています。
3Dプリンティングのポイント 🖨️
FDM方式の3Dプリンターでは、ABS樹脂は非常にポピュラーな材料です 。しかし、造形時の冷却収縮が比較的大きく、特に大型のモデルでは「反り」が発生しやすいという課題があります。これをぐためには、ヒーテッドベッドを使用して造形物全体を適切な温度(約80〜110℃)に保ったり、エンクロージャー(筐体)で覆って庫内の温度を安定させたりする工夫が有効です。

ABS樹脂と他の樹脂・金属とのコスト比較と選定

製品開発において、材料のコストは性能と同じくらい重要な選定基準です 。ABS樹脂は、その優れた性能バランスと比較的安価な価格から、コストパフォーマンスに非常に優れた材料と言えます 。ここでは、他の代表的な材料とABS樹脂を比較してみましょう。
他のプラスチック素材との比較
ABS樹脂はしばしば、同じ熱可塑性樹脂であるポリカーボネート(PC)やアクリル(PMMA)と比較されます。それぞれの特性とコスト感を以下の表にまとめました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

材料 耐衝撃性 耐熱性 透明性 加工性 コスト 出典
ABS樹脂 不可 (特殊グレード除く) ◎ (安価)
ポリカーボネート (PC) 特優 △ (高価)
アクリル (PMMA) 特優 ○ (中程度)

上記のように、ABS樹脂はポリカーボネートほどの耐衝撃性や耐熱性はないものの、より安価で加工がしやすいという大きな利点があります 。一方、アクリルのような高い透明性はありませんが、強度の面で優れています。このバランスの良さが、ABS樹脂が様々な製品で採用される理由です。
金属材料との比較
金属加工に従事する方にとって最も関心が高いのは、金属との比較でしょう。特に、精密な部品に使われるアルミダイカストなどと比較した場合、ABS樹脂には以下のようなメリットがあります。

     

  • 大幅な軽量化: ABS樹脂の比重は約1.05で、アルミニウム(約2.7)の半分以下です。製品を大幅に軽量化できるため、自動車部品などでは燃費向上に直接貢献します 。
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  • コストダウン: 材料単価そのものも安価な場合が多いですが、最大のメリットは加工コストです 。射出成形により、複雑な形状の部品でも一度に大量生産できるため、金型費用を償却した後の部品単価を劇的に下げることが可能です。後加工の工程を削減できることも大きな要因です。
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  • 設計の自由度向上: 射出成形は、金属の切削加工では難しいような複雑で一体的な形状を作り出すことが得意です 。これにより、部品点数の削減や、より洗練されたデザインの実現が可能になります。
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  • 断熱性・電気絶縁性: 金属と異なり、熱や電気を通しにくい性質もABS樹脂の大きな特徴です 。家電製品の筐体などに使われる大きな理由の一つです。

もちろん、絶対的な強度や剛性、耐熱性においては金属に軍配が上がります。しかし、「オーバースペック」な部分をABS樹脂に置き換えることで、性能を維持しつつ大幅なコストダウンと軽量化を実現できる可能性は、あらゆる製品に潜んでいると言えるでしょう。

ABS樹脂の意外な弱点と対策、耐候性を高めるAES樹脂とは

ABS樹脂は非常に優れた素材ですが、「完璧」ではありません。最大の弱点として知られているのが「耐候性の低さ」、特に太陽光に含まれる紫外線に対する脆弱性です 。この弱点を理解し、適切に対策することは、ABS樹脂を使いこなす上で非常に重要です。
紫外線による劣化のメカニズム
ABS樹脂の耐衝撃性を担っているブタジエン成分には、「二重結合」という化学構造が含まれています。この二重結合が紫外線のエネルギーを吸収しやすく、化学反応を起こして分解されてしまうのです。その結果、以下のような劣化現象が現れます。

     

  • 変色: 特に白色や淡色のABS樹脂は、紫外線を浴びると黄色っぽく変色(黄変)してしまいます。
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  • 物性の低下: 表面から劣化が進行し、ABS樹脂本来の粘り強さが失われて脆くなります(脆化)。これにより、耐衝撃性が大幅に低下し、ひび割れなどを起こしやすくなります。
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  • 光沢の低下: 表面が荒れることで、美しい光沢が失われてしまいます 。

耐候性への対策
この弱点を克服するため、いくつかの対策が取られます。

     

  1. 表面コーティング: 紫外線に強いアクリル塗料やウレタン塗料で表面を塗装(コーティング)する方法が最も一般的です。塗膜が紫外線をブロックし、母材であるABS樹脂を保護します。
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  3. 添加剤の使用: ABS樹脂の材料自体に、紫外線吸収剤(UVA)や光安定剤(HALS)を練り込むことで、耐候性をある程度向上させることができます。

究極の対策「AES樹脂」という選択肢 ☀️
より根本的な解決策として開発されたのが、「AES樹脂」や「ASA樹脂」といった耐候性ABSです 。これらは、ABS樹脂の弱点の原因であったブタジエン(B)を、別の素材に置き換えることで耐候性を飛躍的に向上させたエンジニアリングプラスチックです。

     

  • AES樹脂 (Acrylonitrile-Ethylene-Styrene): ブタジエンの代わりに、耐候性に優れるエチレン系ゴム(EPDMなど)を使用しています 。
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  • ASA樹脂 (Acrylonitrile-Styrene-Acrylate): ブタジエンの代わりに、アクリルゴムを使用しています 。

これらの樹脂は、ABS樹脂の優れた機械的特性や加工性をほぼ維持したまま、長期間屋外で使用しても変色や劣化が起こりにくいという、まさに「ABSの弱点を克服した」素材です 。自動車のドアミラーやフロントグリル、建材(サッシなど)、ガーデニング用品といった、厳しい屋外環境にさらされる製品に広く採用されています。ABS樹脂での開発に行き詰まった際、これらの代替材料の存在を知っていることは、技術者にとって大きな強みとなるでしょう。

 

 


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