X線を当てるだけで、金属の内部応力がわかる。
金属材料は、無数の小さな結晶粒(グレイン)が集まってできています。それぞれの結晶粒は、原子が規則正しく並んだ格子構造を持っており、この格子の面と面の間隔を「格子面間隔(d値)」と呼びます。外力が取り除かれた後でも材料の内部に残っている応力、すなわち残留応力が作用すると、この格子面間隔が微妙に伸縮します。
sin2ψ法は、この格子面間隔の変化をX線回折によって捉え、そこから応力値を逆算する手法です。基本となるのが「ブラッグの法則」です。
$$n\lambda = 2d\sin\theta$$
ここで、λはX線の波長、dは格子面間隔、θは回折角(ブラッグ角)、nは正の整数です。波長λが一定の特性X線を使う場合、格子面間隔dが変化すれば、それに応じて回折角2θが変化します。つまり、回折角のわずかなシフトを測定することで、格子面間隔の伸縮を知ることができます。
これが原理の出発点です。
実際の金属加工品では、たとえばクロムKα線(波長λ=2.29Å)を鉄鋼の(211)面に照射すると、無応力時の回折角はおよそ2θ=156°付近に現れます。残留応力が作用すると、この角度がわずかにずれます。200MPaの引張応力でも、回折角のシフト量は約0.1〜0.2°程度という、非常に微細な変化を捉えていることになります。人間の目には到底感知できないレベルの変化を測定しているわけです。
愛知県産業技術研究所ニュース:X線による残留応力測定の基礎(PDF)。ブラッグの法則からsin2ψ法の測定手順まで、実務向けにまとめられた資料です。
ブラッグの法則だけでは、応力の絶対値を求めることができません。そこで登場するのが「ψ角(プサイ角)」の考え方です。ψとは、試料の表面法線と結晶面法線とのなす角度のことを指します。
残留応力が存在する試料の場合、ψ角が異なる方向に向いた結晶粒ごとに、格子面間隔dの値が異なります。引張応力が表面に沿って作用しているとき、表面に平行に近い格子面(ψ≒0°)は応力の影響を受けにくく、斜めを向いた格子面(ψが大きい)ほど応力方向の歪みの影響を受けやすくなります。
つまり、d値とsin²ψは一次関係になるということです。
この関係を式で表すと、応力σは次の式で表されます。
$$\sigma = K \cdot \frac{\partial(2\theta)}{\partial(\sin^2\psi)}$$
ここでKは材料固有の「応力定数」であり、ヤング率やポアソン比、無歪み状態の回折角θ₀から求められる負の係数です。実測する際は、ψ角を0°から45°程度まで5〜7点ほど変化させながら、それぞれの回折角2θを測定します。鋼材の場合、ψ角を0°・15°・30°・45°など複数設定して測定するのが一般的です。
複数のψ角で得た(2θ、sin²ψ)のデータペアを、縦軸に2θ・横軸にsin²ψとしてグラフ上にプロットします。これが「2θ-sin²ψ線図」です。材料が理論的な条件(等方均質な多結晶体、平面応力状態など)を満たしている場合、各プロット点は直線上に並びます。
この直線の傾き(M)が重要です。
$$\sigma = K \cdot M = K \cdot \frac{\Delta(2\theta)}{\Delta(\sin^2\psi)}$$
傾きMが負(右下がり)の場合は引張応力、正(右上がり)の場合は圧縮応力を意味します。応力定数Kは材料ごとに定められており、鉄鋼の(211)面ではおよそ−318 MPa/°(Cr Kα線使用時)が使われます。
具体例で見てみましょう。ある鋼部品の測定で傾きM=+0.5°が得られたとします。応力定数K=−318 MPa/°として計算すると、
$$\sigma = -318 \times 0.5 = -159 \text{ MPa}$$
となり、約−159 MPaの圧縮残留応力が表面に存在することがわかります。これは数値的にも大きく、疲労寿命の向上に有効なレベルの圧縮応力です。
| 傾きMの符号 | 意味 | 線図の形状 |
|---|---|---|
| 負(−) | 引張応力 | 右下がり |
| 正(+) | 圧縮応力 | 右上がり |
| ≒0(水平) | 応力ほぼゼロ | ほぼ水平 |
最小二乗近似法によって直線をフィッティングし、その傾きを精密に求めます。これが基本です。
大阪産業技術研究所報告:「残留応力とX線応力測定法」。sin2ψ法の理論から測定事例まで、技術者向けに詳しく解説されています(PDF)。
sin2ψ法がきちんと機能するためには、測定対象が以下の3条件を満たす必要があります。実務の現場でこの条件が意識されていないと、測定値が大きく誤った値を示す場合があります。
特に②の集合組織の問題は、圧延鋼板や引き抜き加工品、溶接部の熱影響部などで顕著に現れます。現場での見極めが求められます。
非線形なsin²ψ線図が得られた場合、単純に直線近似しただけでは誤った応力値を算出します。こうした場合は、「佐々木-広瀬法」や「2D法」(cosα法)など、より高度な解析手法の適用を検討する必要があります。
長岡技術科学大学:非線形なsin²ψ線図をもつ材料のX線応力測定法に関する研究。集合組織を持つ材料への応用研究の概要が確認できます。
実際の測定では、試料へのX線入射方法として「並傾法」と「側傾法」の2種類があります。どちらを選ぶかは、測定対象の形状や測定したい応力の方向によって決まります。
並傾法(iso-inclination method)は、X線の入射面内でψ角を変化させる方法です。測定方向の応力成分(たとえば加工方向の引張・圧縮応力)を評価するのに向いています。一方、側傾法(side-inclination method)はX線入射面に直交する方向でψ角を変化させる方法です。凹凸のある試料表面や、壁のそばなど装置を傾けにくい環境では有利な場合があります。
実践的な適用事例として、金属加工現場で重要なのが次のような用途です。
注意点が一つあります。
X線の侵入深さは、先述のとおり鉄鋼で数μm〜10μm程度と非常に浅い表面のみの情報です。深い位置の応力分布が必要な場合は、電解研磨などで少しずつ表面を取り除きながら繰り返し測定する「電解研磨剥離法」と組み合わせる必要があります。この手法を組み合わせることで、表面から数百μm深さまでの残留応力の深さ分布を得ることができます。
X線残留応力測定センター:cosα法とsin2ψ法で測定値が異なる理由の解説。理論条件が満たされない場合の両手法の違いが具体的に解説されています。
近年、sin2ψ法と並んで「cosα法」と呼ばれる手法が普及しています。cosα法はポータブルな2次元検出器を用いて、単一入射角のX線照射だけで残留応力を算出する手法です。sin2ψ法が複数のψ角に入射角を変えながら数点を測定するのに対し、cosα法では一度の照射でデバイ・シェラーリング(回折環)上の400点近くのデータを同時に取得します。
両手法の特徴を整理しておきます。
| 項目 | sin2ψ法 | cosα法 |
|---|---|---|
| 測定点数 | 5〜7点(離散的) | 約400点(連続的) |
| 入射角の変更 | 必要(複数のψ角) | 不要(固定入射角) |
| 測定時間 | 比較的長い | 短い(数分〜) |
| 装置の携帯性 | 固定式が多い | ポータブル型あり |
| 深い溝底の測定 | やや困難 | 有利な場合あり |
| 歴史・信頼性 | JIS規格に準拠、実績豊富 | 比較的新しい手法 |
どちらが優れているという単純な話ではありません。
sin2ψ法はJIS B 0651やJIS E 1404などの規格に準拠した測定が要求される場面、あるいは実績・信頼性を重視する品質保証の現場で依然として主流です。一方、cosα法はポータブル装置を使った現場での迅速スクリーニングや、データ量が多く必要な研究開発用途で強みを発揮します。
両手法で測定値が大きく異なる場合は、材料の集合組織、応力勾配、測定領域の均質性など、理論条件の成立有無を確認することが重要です。
日本非破壊検査協会:二次元検出器を用いたX線応力測定装置とその特長について。cosα法の仕組みとsin2ψ法との比較が技術的に整理されています。