逃げ角を大きくすれば工具寿命が延びると思っているなら、それが今すぐ刃先を折っている原因かもしれません。
切削加工に関わる人なら「逃げ角」という言葉は日常的に使うはずです。しかし「引き角」という表現については、現場によってとらえ方が微妙に異なる場合があります。まずここで整理しておきましょう。
逃げ角(にげかく)とは、切れ刃の後ろ側の面(逃げ面)と加工面とがなす角度のことです。工具と被削材が不必要に接触・摩擦するのを防ぐために設けられており、「切れ刃以外の部分が加工面に当たらないようにするためのすき間」と理解するとイメージしやすいです。逃げ角ゼロでは刃先の後ろ側が加工面に密着してしまい、まともに送り込めません。
引き角(ひきかく)は現場用語として使われることが多く、一般的にはすくい角(rake angle)に相当する概念です。すくい角とは、切削されているワークの面と、工具が切りくずを流し出すすくい面の2面がなす角度を指します。切りくずの流れ方向と厚みを決定づけ、切削抵抗の大きさに直接影響します。これが基本です。
| 名称 | 英語表記 | 定義 | 主な役割 |
|---|---|---|---|
| 逃げ角 | Relief Angle / Clearance Angle | 逃げ面と加工面とのなす角 | 工具と被削材の摩擦防止・刃先保護 |
| 引き角(すくい角) | Rake Angle | すくい面と切削方向垂直面とのなす角 | 切りくずの生成・切削抵抗の調整 |
両者の違いを一言でいえば、「逃げ角は工具の後ろ側の話、すくい角は工具の前側の話」です。正面から切りくずを引き受けるのがすくい面(引き角側)、後ろで接触を逃がすのが逃げ面(逃げ角側)という関係になります。
なお、旋削工具の角度定義はJIS B 0170で規定されており、測定する断面の取り方によって「直角すくい角」「垂直すくい角」「サイドすくい角」「バックすくい角」といった種類があります。カタログ値は工具系基準方式で記載されているのが通常です。切削速度と送り速度の差が非常に大きい通常切削では、このカタログ値をそのまま参照して問題ありません。
参考:旋削工具でのすくい角と逃げ角の定義(JIS準拠の詳細解説)
https://cuttingbooklist.sarashi.com/rake-and-relief-angles-on-turning.html
逃げ角の設定は「大きければ良い」という単純な話ではありません。これは意外に見落とされがちなポイントです。
逃げ角を大きくした場合、刃先は鋭利になり、スラスト抵抗(工具を押し返す方向の力)が減少します。逃げ面摩耗も起きにくくなります。しかし、刃先を支える肉が薄くなるため刃先強度が低下します。OSGの技術資料によると、逃げ角が過大になると「チッピングや欠損」「びびり振動」の原因になるとされています。
逃げ角を小さくした場合は反対で、刃先の剛性は上がりますが、スラスト抵抗が増加し、逃げ面摩耗(VB値の上昇)が進みやすくなります。摩耗が進むと切削抵抗が増し、仕上げ面粗さが悪化します。学術的には、工具寿命の判定基準として逃げ面摩耗幅VB=0.2〜0.3mm程度が使われることが多いです。
つまり「大きすぎると欠ける、小さすぎると早く摩耗する」ということですね。
一般的な推奨逃げ角の目安(ドリルの場合)
| ドリルの種類 | 第1逃げ角 | 第2逃げ角 |
|---|---|---|
| ハイスドリル(平面研ぎ) | 3° | 20°〜25° |
| ハイスドリル(円錐研ぎ) | 8° | — |
| 直線刃超硬ドリル(平面研ぎ) | 10° | 20° |
| 直線刃超硬ドリル(円錐研ぎ) | 8°〜10° | — |
| 波型刃超硬ドリル(平面研ぎ) | 10° | 25° |
上記はあくまで代表値であり、被削材・加工条件・工具材種によって調整が必要です。バイトの場合は逃げ角が約6°を基本として、材料や加工条件に応じて変更します。
なお、逃げ角の過不足が疑われる場合は、まず加工後の逃げ面を観察しましょう。幅広く光った摩耗痕が見られるなら逃げ角不足のサイン、欠けが多いなら逃げ角過大を疑うのが原則です。
参考:ドリルの逃げ角の設定角度について(種類別の推奨値を一覧で確認できます)
https://special-precision-cutting-tool.com/column/clearance-angle