クロムには複数の酸化状態が存在しますが、金属加工業界で最も重要なのは三価クロム(Cr3+)と六価クロム(Cr6+)です。この両者は化学的性質が全く異なり、用途や規制、安全性において大きな差があります。
三価クロムは自然界に多く存在し、毒性がなく、安全性が高いという特徴があります。工業においては、毒性を持つ六価クロムの代わりに使用されることが増えてきました。三価クロムから形成される膜はやや暗めのシルバー色を呈し、皮革のなめしや顔料、現代のメッキ加工に広く採用されています。
六価クロムは人工的に作られ、強い毒性と発がん性を持つため、適切に処理しなければ環境汚染と健康被害をもたらします。体内に入ると皮膚炎や肺・胃などの臓器障害を引き起こし、ガン発症のリスクが指摘されています。しかし、六価クロムから形成される膜は白みを帯びたシルバー色で光沢が優美であり、装飾クロムメッキに長く利用されてきました。
2000年代にREACH規則やRoHS指令などの国際規制が成立したことで、各国で六価クロムの使用が制限されるようになりました。現在、業界全体として三価クロムへの移行が進んでいますが、性能要件によっては六価クロムが依然必要とされる用途も存在しています。注意すべき点として、pHが低い環境下では三価クロムが酸化して六価クロムに変化する可能性があるため、適切な管理が必須です。
クロームメッキは、金属加工業界で最も一般的なクロムの応用です。国内で消費されるクロムの90%以上がメッキやステンレス鋼といった金属加工に利用されており、その重要性は計り知れません。
クロームメッキには主に装飾用と硬質用の二つの種類があります。装飾クロムメッキは、下地にニッケルメッキを施し、上層に膜厚0.1μm程度の薄いクロムを施します。ニッケルクロムメッキとも呼ばれ、銀白色の優美な外観と優れた防錆力を実現します。蛇口や水道金具、自動車のバンパーやホイール、家電製品のスイッチなど、見た目と耐久性を両立する製品に採用されています。
硬質クロムメッキは、工業用途において圧倒的な性能を発揮します。皮膜硬度がHv800以上に達し、電気メッキの中で最も硬度が高く、耐摩耗性に優れています。クロム酸化膜は非磁性であり、タルク以外の酸やアルカリに腐食されにくい特性があります。さらに、適切な条件下では潤滑性を発揮し、摺動抵抗を低減することで、機械の故障率低下とメンテナンス頻度の削減につながります。
硬質クロムメッキの応用範囲は広く、自動車のクランクシャフト・シリンダー・ピストンロッド、産業機械の各種シリンダー・ロール・スピンドル、金型の打錠用杵・臼・ガラス用金型・樹脂用金型、化学工業のポンプシャフト・インペラ・バルブなど、摩耗と腐食に強い部品として欠かせません。
クロームメッキの加工工程は複数の段階を経ます。まずアルカリ脱脂で製品に付着した油を除去し、防錆処理で酸化を防止します。次に治具にセットするラッキング工程を行い、逆電処理(アノードエッチング処理)で製品の表面を活性化させます。その後、スローアップで徐々に正規電流値を上げていき、硬質クロムメッキを施します。メッキ後は再度防錆処理を行い、最後に200℃で2時間程度のベーキング処理で水素を除去し、製品の脆化を防止します。
ステンレス鋼は、鉄に10.5%以上のクロムを含ませた合金鋼で、腐食に対する優れた耐性を持ちます。国際規格では、クロム含有量が10.5%以上、炭素含有量が1.2%以下の鋼と定義されており、クロムの含有量がステンレス鋼性能の根幹をなします。
クロムの含有量が増加するほど、一般的に耐食性が向上します。例えば、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304など)は約18%のクロムを含み、フェライト系ステンレス鋼(SUS430など)は約11~17%のクロムを含んでいます。マルテンサイト系ステンレス鋼は12~14%のクロムを含みます。高クロム含有量(24質量%以上)のステンレス鋼では、より安定した不動態皮膜が形成され、特に酸性環境での耐食性が大幅に向上することが検証されています。
ステンレス鋼の耐食性の仕組みは、クロムが表面に形成する不動態皮膜にあります。この膜は非常に薄く強固で、外的な腐食因子からの保護を提供します。クロムが酸素と結びついて酸化皮膜を形成することで、金属表面が保護され、長期間にわたって光沢と耐久性が保たれます。加えて、クロムの含有量が増えると、ステンレス鋼は高温下でも安定した構造を保ち、耐熱性が向上します。
ステンレス鋼は工業全般で幅広く利用されています。自動車産業や産業機械といった重工業製品から、包丁や流し台など一般家庭でも採用され、錆の影響を受けやすい屋外の建造物や海洋設備、化学工場の配管など、腐食が懸念される場所で特に多く使用されているのです。
硬質クロムメッキには優れた特性がある一方で、実務的な課題も存在します。最も重要な課題は、膜厚の高低差のバラツキが他のメッキと比較して大きいという点です。複雑な製品形状や製品寸法が大きくなれば、より顕著に表れ、膜厚が不均一になりやすい傾向があります。このため、皮膜にクラックが生じやすく、被覆力が低く、均一電着性が悪いという課題が発生します。
硬質クロムメッキの加工は難易度が高く、熟練の技術が必要とされます。凹凸の形状をした製品には、専用の補助陽極(アノード)を作製してメッキ加工する場合があり、高度な経験と技術を要します。最終寸法の公差範囲が狭い場合は、メッキ後に寸法研磨が必要になり、コストが増加します。
硬質クロムメッキ加工中には、多くの水素が吸蔵されるため、製品用途によっては水素除去目的のベーキング処理が必須となります。これを省略すると、製品自体が脆くなり、割れやすくなる危険があります。また、硬質クロムメッキには大電流を要するため、他の電気メッキと比べると電力費用が大幅に高くかかるのです。
耐熱性も限界があり、300℃以上の温度雰囲気で使用する場合は硬さが急激に低下します。400℃以下の高温酸化雰囲気でも、硬度はHv1000からHv600程度に低下し、耐摩耗性と耐食性が次第に低下する傾向があります。メッキ液は人体に有害な六価クロムを含むため、ミスト対策として強力なダクトなどの設備が必須です。
これらの課題を解決するため、現場では複数の対策が講じられています。複雑な製品形状に対しては、熟練の技術で補助陽極専用治具を作製することで対応します。硬質クロムメッキ後に寸法研磨加工を実施することで、均一な皮膜を実現できます。フッ化物浴やヒーフ浴などの新しい浴液を使用することで、一般的なサージェント浴と比較して光沢感を向上させることも可能です。
クロームの用途は金属加工に限定されません。その多様な特性により、様々な産業と日常生活の場面で活躍しています。
金属加工の分野では、クロムの90%以上がメッキやステンレス鋼として利用されています。硬く耐食性があるという特徴から、ネジやボルト、製品の金型などのサビ防止に広くクロムメッキが使用されます。ステンレス鋼は含む元素の量によってクロム系とニッケル系に大別されますが、クロムはニッケルに比べてゆがみが起きづらく、安価であることから近年需要が高まっています。
金属加工以外の分野でも、クロームは重要な役割を果たしています。羊毛や絹のカラーリングにおいて、クロムの特性を利用して染色すると、色落ちに強く光沢感のある仕上がりになります。革のなめしにおいて、タンニンの代わりにクロムを使用した場合、キズや水濡れに強くなり、耐久性が大幅に向上するという特性があります。これにより、革製品の品質と耐久性が著しく向上しています。
宝石の色彩形成においても、クロムは重要です。ルビーは赤、エメラルドは緑とまったく別の色をしていますが、これはクロムの含有量の違いによるものです。さらに興味深い例として、アレキサンドライトという宝石は日光の下では緑、ロウソクの灯りのもとでは赤に見えますが、これもクロムの影響によって起こる現象です。
ミネラルとしてのクロムは、ヒトの体内でインスリンの働きを助け、血糖値の安定に役立ちます。米、鶏肉、魚介類などの食べ物から摂取されたクロムは、血中コレステロールの代謝やインスリンの働きに作用すると考えられており、健康維持に欠かせない栄養素の一つです。ダイエットや糖尿病予防への効果が期待されるため、サプリメントが販売されていますが、摂り過ぎると吐き気や下痢を引き起こすことがあり注意が必要です。
参考リンク:クロムメッキの基礎知識と技術情報について、実務的な加工例と理論的背景を提供しています
【クロムの特性】金属加工や体内でどう作用する? | 三和鍍金
参考リンク:硬質クロムメッキの加工工程、浴液の種類、不良対策など実践的な技術情報が充実しており、加工現場での課題解決に役立ちます
硬質クロムメッキ(ICr)特長や加工事例、方法を解説 - コダマ
参考リンク:クロムの鉱物資源流と産業用途、ステンレス鋼やスーパーアロイなどの応用分野について、マクロな視点から情報を提供しています
鉱物資源マテリアルフロー2020 クロム(Cr)| JOGMEC