表面処理が賦与する物性の中でも、硬度と耐摩耗性は、機械部品の実用性を最も大きく左右する特性です。硬度が高いほど、表面の摩耗に強くなり、部品の寿命が延長されます。
硬質クロムメッキは、皮膜硬度がHV700〜1000に達する極めて高硬度な処理として知られています。この高硬度の皮膜により、摺動部品や金型、プレス機械の部品など、摩耗が激しい用途で著しく耐用年数が延長されます。一方、無電解ニッケルメッキは通常状態ではHV400〜500程度ですが、ベーキング処理(400℃で1時間加熱)を施すことで、HV900の高硬度を実現します。
この硬度向上のメカニズムは、表面の結晶構造の変化にあります。通常のクロムメッキでは、金属原子が規則正しく配列した結晶構造となりますが、硬質クロムメッキでは、微細な結晶粒が密集し、原子間の結合が強化されます。その結果、外部からの機械的な力に対して高い抵抗性を示すようになるのです。
実務的には、硬度向上により以下の利点が生まれます。
ただし、硬度が高いほど脆性(割れやすさ)が増す傾向があり、衝撃荷重が加わる環境では注意が必要です。
耐食性は、表面処理が提供する最も基本的であり、かつ最も重要な物性のひとつです。錆や腐食を防ぐことで、部品の寿命を飛躍的に延長でき、製品の信頼性を大きく高めます。
金属表面が錆びるメカニズムは、酸素と水分が金属と反応する電気化学反応です。表面処理は、金属を外部環境から隔離する皮膜を形成することで、この反応を遮断します。硬質クロムメッキは、その密度の高さから優れた耐食性を示します。一方、無電解ニッケルメッキに含まれるリン(約8~10%)は、表面に保護層を形成し、極めて高い耐食性を実現します。
環境別の耐食性特性は、以下のように異なります。
窒化処理は熱処理系の表面処理であり、金属の表面に窒素を浸透させることで耐食性を向上させます。この処理の特徴は、表面のみを硬化させるため、基材の歪みや変形がほぼ発生しないという利点があります。精密部品や金型に特に適した処理方法です。
無電解ニッケルメッキについては、電気メッキと比べて耐食性が優れている点が強みです。これは、リン成分が均一に含まれることで、ピンホール(微細な穴)が少なく、より均一な保護層が形成されるからです。
同じ処理方法でも、処理条件や追加処理によって、表面の硬度を大きく変えることができます。これは、表面処理の物性を最適化する上で、極めて重要なエンジニアリング技術です。
電気ニッケルメッキと無電解ニッケルメッキの硬度比較は、その典型例です。電気ニッケルメッキは通常浴でHV150程度ですが、光沢浴を使用することでHV400~500に向上します。一方、無電解ニッケルメッキは析出時点ですでにHV500程度の硬度を持ち、ベーキング処理によってHV900まで高めることができます。
ベーキング処理の効果は、リン成分の結晶化によるものです。加熱することで、ニッケルとリンの原子配置が再編成され、より密集した構造に変わります。この結果、顕著な硬度向上が実現するわけです。
硬度向上を目的とした処理パラメータの最適化には、以下の検討が必要です。
アルマイト処理における硬度制御も同様の考え方が適用されます。普通アルマイトはHv200程度ですが、硬質アルマイトはHv400程度の硬度を実現します。この差は、処理槽の温度(普通は20℃程度、硬質は0~10℃)と、形成される酸化皮膜の厚さ(普通は5~25μm、硬質は20~60μm)の違いから生じます。
表面処理が付与する物性は、使用環境によって大きく評価が分かれます。高硬度が求められる環境もあれば、耐食性を最優先する環境もあります。表面処理の選定には、実際の使用環境を細密に分析することが不可欠です。
自動車産業では、エンジン部品に対して窒化処理がしばしば選択されます。窒化処理は、表面のみを硬化させるため、基材の靭性(粘り強さ)を生かしながら、表面硬度と耐摩耗性を大幅に向上させることができます。その結果、エンジンの振動や衝撃に耐えながら、ピストンピンなどの摺動部品の寿命を著しく延長できるのです。
航空宇宙産業では、チタン合金部品にしばしば硬質クロムメッキが施されます。極めて高硬度と耐食性が必要であり、かつ寸法精度が厳密に管理される環境では、この処理が最適化されるわけです。
医療機器分野では、無電解ニッケルメッキが多用されます。複雑な形状の部品に対しても、隅々まで均一な皮膜が形成でき、高い寸法精度が維持され、さらに耐食性に優れているという複数の特性が、この処理の選択理由となっています。
化学プラントなどの腐食環境では、亜鉛溶射やアルミニウム溶射が採用されます。これらの溶射方法は、金属の肉盛りと防食を同時に実現でき、極めて厳しい腐食環境下での長期使用を可能にします。
表面処理の物性を確実に管理し、製品品質を保証するためには、正確な測定と評価が必須です。しかし、実務の現場では、測定方法や評価基準の標準化に関する課題が存在します。
硬度測定の場合、ビッカース硬度計(Hv)を用いるのが一般的です。しかし、皮膜が非常に薄い場合、測定値が基材の硬度の影響を受けやすくなります。例えば、硬質クロムメッキの場合、皮膜厚さがわずか数マイクロメートルの場合がありますが、このような場合、ナノインデンテーション法などの超微小硬度測定技術が必要になることがあります。
耐食性の評価も複雑です。塩水噴霧試験(ASTM B117)やフォグ試験(JIS H8501)など複数の規格が存在し、どの規格を適用するかで評価結果が大きく異なる場合があります。実際の使用環境を模擬した加速試験を設計することが、信頼性ある評価には不可欠です。
さらに、表面処理の物性は、基材の材質と処理前の表面状態に大きく依存します。同じ処理条件であっても、基材がアルミニウム6061か7075かで、アルマイト成膜性は大きく異なります。これは、合金に含まれる不純物の含有率が異なるためです。
品質保証の観点から、以下の測定・評価項目が重要です。
これらの測定結果を包括的に分析することで、初めて表面処理の物性が客先要求を満たしているかを判定できるのです。
参考リンク:表面処理の品質評価方法に関する技術情報と測定機器の選定について、日本表面処理技術協会の公式ガイダンスが詳しく解説しています。
表面物性研究会(日本表面処理技術協会)
表面処理の物性管理は、単なる検査行為ではなく、製品の長期信頼性と顧客満足度を直結させる、戦略的なエンジニアリング活動です。