金属腐食とは、周囲の環境との化学反応または電気化学反応によって、金属が本来の機能や外観を失う現象です。金属の原料である鉱石(酸化物や硫化物)から金属への製錬は、エネルギーを加えて酸素や硫黄を除去する「還元」プロセスです。この還元により得られた金属は、本質的に不安定な状態にあり、環境と反応して元の酸化物や硫化物へ戻ろうとする傾向があります。これが腐食の根本的なメカニズムです。
金属の腐食には単なる表面の「さび」の発生にとどまらず、金属の厚さが減少する減肉現象や、局部的に孔が開く孔食など、構造的な問題に至るケースがあります。特に金属加工や製造業では、腐食により部品が機能を失うだけでなく、最悪の場合、製品の破損や作業員の安全を脅かす事態へと発展します。日本国内では腐食やその対策にかかるコストがGNPの3~4%に達するとされており、経済的損失も甚大です。
腐食を制御し防ぐためには、まず腐食がどのようなメカニズムで発生するかを理解することが不可欠です。金属の酸化還元反応、電気化学的電位差、環境要因の相互作用を把握することで、適切な防食方法の選択と設計が可能になります。
金属の腐食は、発生メカニズムの違いにより「湿食」と「乾食」に大別されます。
乾食は水が関与せず、金属が酸素と直接化学反応する現象です。例えば、高温環境で金属が酸素と反応して酸化物を生成するケースが該当します。ただし、乾燥した空気中では反応速度が非常に遅く、腐食が急速に進行することはほとんどありません。反応を加速させるには、高温や特殊な化学物質環境など、相応のエネルギーや条件が必要です。
湿食は、金属表面に形成される水膜中で電気化学反応が起こる腐食です。ここでいう「水」は、目で見える液体だけでなく、湿度の高い環境で金属表面に形成される薄い水膜も含まれます。特に重要なのは、湿度が60%を超えると水膜の厚さが急激に増加し、腐食速度が大幅に加速するということです。水膜中では大気中から金属表面への酸素の拡散が速いため、水中での腐食よりも速く進行します。
実際の工業現場や日常環境で発生する腐食の大多数は、この湿食です。金属加工業では、工場内の湿度管理、雨水の侵入防止、露点以下の温度環境の回避が重要な防食対策となります。
同じ環境に置かれていても、金属材料によって腐食の進行速度は大きく異なります。これは、アノード反応のしやすさと、金属表面に形成される酸化被膜の緻密さの違いから生じます。
鉄の耐食性:鉄は腐食しやすい金属の代表格です。鉄の腐食電位は相対的に低く、水や酸素と反応しやすいため、適切な防食対策がなければ急速に腐食が進行します。鉄が腐食する際に形成される酸化被膜は多孔質で、さらなる腐食を抑制する保護性に乏しいという特性があります。
銅の耐食性:銅は鉄よりも腐食が起こりにくい金属です。銅の腐食電位は水素イオンの還元電位より高く、酸素の還元電位より低いため、酸性環境での腐食はほとんど発生しません。銅が腐食した際に形成される酸化被膜は、鉄の場合よりも緻密であり、その後の腐食進行を効果的に遅延させます。
ステンレス鋼とアルミニウムの耐食性:これら両者の耐食性の高さは、「不働態皮膜」と呼ばれるナノメートルオーダーの極めて緻密な酸化被膜の形成によるものです。この皮膜は物理的に破壊されても、短時間で再生される自己修復機能を持ちます。ただし、塩化物イオン(Cl⁻)などの不働態皮膜破壊物質に接触すると、この保護機能が失われ、急速に腐食が発生する可能性があります。これが孔食やすきま腐食の原因となります。
金属加工業では、使用環境に応じて適切な材料を選定することが、腐食対策の第一歩になります。
腐食は発生形態によって「均一腐食」と「局部腐食」に分類されます。この分類は、防食対策の方法や危険度の評価において重要な役割を果たします。
**均一腐食(全面腐食)**は、金属の表面全体が均一に腐食する形態です。微小な腐食電池がランダムに金属表面に形成され、特定の箇所に集中することなく、全面的に進行します。均一腐食は腐食速度が比較的緩やかであり、目視による発見が容易という利点があります。また、腐食速度から耐用年数を計算して必要な板厚を決定できるため、設計段階での対策が立てやすい腐食形態です。
局部腐食は、金属の一部分のみで集中的に進行する腐食です。アノードとカソードの位置が固定され、特にアノード面積がカソード面積に対して著しく小さいため、電流密度が高くなります。結果として、狭い範囲で極めて速く進行し、発見が困難であるという特徴があります。局部腐食には、孔食、すきま腐食、異種金属接触腐食、粒界腐食、脱成分腐食など、多様な形態があります。
金属加工業では、局部腐食が発生した場合の危険性を理解し、定期的な点検と早期発見の体制を整備することが必須です。均一腐食よりも局部腐食のほうが、短期間に構造的な破損に至る可能性が高いため、細心の注意が必要です。
従来の金属腐食研究の主流は、化学的および電気化学的メカニズムの解明に集中してきました。しかし、近年注目されている「微生物腐食(MIC: Microbiologically Influenced Corrosion)」は、細菌や微生物の活動によって促進される新しい腐食形態です。
深海の熱水噴出口環境や、石油掘削パイプライン内など、一見すると微生物が存在しない環境と思われる場所でも、特殊な微生物コミュニティが形成され、金属腐食を著しく加速させることが報告されています。例えば、硫酸塩還元菌は金属表面にバイオフィルムを形成し、金属から直接電子を抽出して嫌気呼吸を行います。この過程で、金属の酸化反応が異常に加速されます。
微生物による腐食が恐ろしい理由は、従来の防食方法(塗装や電気防食)が必ずしも有効でないという点です。バイオフィルムが防食膜を貫いて金属に接触し、その内部で腐食が進行するケースもあります。金属加工業では、特に配管やタンクなど、閉鎖的で湿った環境に微生物腐食のリスクが高いことを認識し、定期的な清浄化やバイオフィルム除去対策を検討する必要があります。
被覆防食は、金属を有機または無機の被膜で覆い、腐食環境から遮断する最も一般的な防食方法です。この方法は、金属と環境の直接接触を物理的に阻止することにより、腐食反応そのものを起こさせない原理に基づいています。
塗装は、有機系の塗料を金属表面に塗布する方法です。塗膜が損傷を受けない限り、腐食環境からの遮断が期待できます。ただし、塗膜にピンホール(微細な穴)や剥がれが発生すると、その部分から急速に腐食が進行するという弱点があります。特に異種金属接触腐食を防ぐ場合には、腐食しやすい卑な金属だけに塗装するのではなく、貴な金属にも同様に塗装を施すことが重要です。
金属被覆には、亜鉛メッキやニッケルメッキなどが該当します。金属被覆材が環境と反応して消耗することで、下地金属を保護します。特に亜鉛メッキは、亜鉛が鉄よりも卑であるため、被膜が傷ついた場合、亜鉛が犠牲陽極として働き、下地の鉄を保護する「自己治癒機能」を持ちます。
有機ライニングは、樹脂系の被膜を施す方法で、内部配管や貯蔵タンクの内面保護に適しています。
被覆防食の成功の鍵は、被膜の品質管理と、施工後の定期点検による早期発見です。
電気防食は、外部から電気エネルギーを供給して、金属を腐食しない電位に変化させる防食方法です。工業現場や地中埋設管などの長期保護に適用される技術で、一般的に2つの方式があります。
流電陽極法は、腐食したい対象の金属より卑な金属(例:亜鉛やマグネシウム)を外部に設置し、この犠牲陽極が自発的に溶解することで電流を発生させる方式です。外部電源が不要で、経済的ですが、保護範囲が限定的です。
外部電源法は、外部電源から直接電流を金属に供給する方式です。保護範囲を広くでき、細かい制御が可能ですが、定期的なメンテナンスと電源管理が必要です。
電気防食は、大規模な地中埋設パイプラインや海洋構造物の保護に高い効果を発揮しますが、導入コストが大きいため、小規模な工業施設には現実的でないことが多いです。
根本的な腐食対策は、腐食しにくい材料そのものを使用することです。銅、クロム、ニッケル、リンなどの合金元素を鋼に添加することで、材料自体の耐食性を大幅に向上させることができます。
耐候性鋼は、通常の炭素鋼よりも耐食性に優れた鋼です。合金元素の添加により、表面に保護性の高い酸化皮膜が形成され、大気腐食に対する抵抗性が増します。耐候性鋼は、橋梁や鉄塔などの長期屋外使用構造物に適用されます。
耐海水性鋼は、塩分を含む海水環境での使用を前提に開発された鋼です。クロムやモリブデンなどの合金元素を含み、塩化物イオン環境での孔食やすきま腐食に対する抵抗性を大幅に高めています。
ステンレス鋼やアルミニウム合金も、優れた不働態皮膜を形成する耐食性材料です。ただし、これらの材料は一般的な炭素鋼よりも材料コストが高いため、用途に応じた適切な選定が必要です。
全面腐食(均一腐食)は、金属表面全体が均等に消耗する腐食形態であり、防食対策としては比較的対応しやすいものです。全面腐食が発生するメカニズムは、金属の表面でランダムに微小な腐食電池が形成され、どこか一ヶ所に集中することなく、均一に進行するという特性に基づいています。
全面腐食の特性:腐食速度が比較的遅く、視覚的に判別しやすいため、進行状況の監視が容易です。塩酸や硫酸などの酸化力の弱い環境で発生しやすく、屋外大気中で発生する錆の多くはこの形態です。
対策方法:腐食速度が既知であれば、耐用年数を逆算して必要な板厚を設計段階で決定できます。例えば、年間0.1mm程度の腐食減肉が予想される環境では、20年の耐用年数を見込んで2mm余分に板厚を追加するといった設計が可能です。また、環境に適した材質選定(耐候性鋼など)により、全面腐食そのものを防ぐことも可能です。
腐食試験データに基づいた適切な板厚設計により、コスト効率と安全性の両立が実現できます。
孔食とすきま腐食は、局部腐食の代表的な形態であり、ステンレス鋼やアルミニウムなど、耐食性に優れた金属で発生しやすいという特異性があります。これらの金属は不働態皮膜によって保護されていますが、特定の条件下でこの皮膜が局部的に破壊されることが原因です。
孔食のメカニズム:塩化物イオンが大量に存在する環境(海水など)に置かれると、不働態皮膜に必要なクロムが化学反応により消耗します。皮膜を失った部分から浸食が始まり、やがてキリで傷つけたような孔が形成されます。一度孔が形成されると、孔内部をマイナス極、外部をプラス極とするマクロ腐食電池が形成され、腐食が加速度的に進行します。
すきま腐食のメカニズム:ステンレス鋼板同士を重ね合わせたり、金属表面に異物が付着したりして、非常に狭いすきまが形成されます。このすきま内は酸素が供給されないため、酸素濃度が低い内部と濃度の高い外部の間に電位差が生じ、マクロ腐食電池が形成されます。
対策方法:孔食やすきま腐食を防ぐには、酸化剤を添加して不働態皮膜を強化する方法、塩素イオンや溶存酸素の濃度を低下させる方法、強力な不働態皮膜を形成するクロムやチタンなどの金属を使用する方法があります。また、設計段階ですきまが形成されない構造を採用することも重要です。表面の付着物をこまめに取り除き、清潔な状態を保つことも有効です。
異種金属接触腐食を避けるため、異種金属を接合する際には、面積比を考慮した設計が必須です。
腐食環境に加えて、機械的応力が作用した場合、金属は単なる腐食だけでなく、「腐食割れ」という極めて危険な劣化形態に至ります。応力腐食割れと水素脆化割れは、高強度鋼やアルミニウム合金など、高い強度を持つ金属で特に発生しやすいものです。
応力腐食割れ:金属に引張応力が継続的に加わる環境下で、その引張強さ以下のごく小さな応力でも、長時間経過により亀裂が発生します。この現象は素材と環境の組み合わせに依存します。例えば、高力アルミニウム合金が海水中に置かれた場合、塩化物イオン(Cl⁻)が腐食割れを促進します。また、ステンレス鋼が高温の硝酸ナトリウム溶液に晒される場合も該当します。応力腐食割れは、見かけ上は小さな亀裂であっても、内部で急速に進行する危険性があります。
水素脆化割れ:腐食時に発生する水素原子が金属に吸蔵され、内部で拡散する現象です。金属に引張応力が加わっていると、吸蔵された水素が応力集中部に集積し、金属の脆性が著しく増加します。その結果、通常では破損しないような小さな応力でも簡単に割れてしまいます。高強度鋼、高力アルミニウム合金、高力チタン合金などで発生しやすく、特に硫化水素を含む環境では水素脆化が促進されます。
対策方法:応力腐食割れや水素脆化割れを防ぐには、使用環境の選定、低応力設計、防食被膜の施工が重要です。特に高強度材料を採用する場合には、これらの腐食割れの可能性を十分に検討した上で材料選定と設計を行う必要があります。
溶接作業や高温焼鈍などの加熱プロセスは、金属の組織に大きな変化をもたらし、新たな腐食の原因となることがあります。特に粒界腐食と溶接部選択腐食は、精密で管理が必要な現象です。
粒界腐食のメカニズム:結晶粒と粒の間の粒界は、原子配列がずれているため本質的に不安定です。通常は粒界腐食は発生しませんが、金属が加熱されると組成が乱れ、粒界での腐食が誘発されます。特にオーステナイト系ステンレス鋼(SUS304など)の溶接時に顕著です。溶接による加熱で、ステンレス鋼に含まれるクロムと炭素が結合してクロム炭化物を形成し、その周辺でクロムが枯渇して不働態皮膜が形成されなくなります。その結果、粒界に沿って腐食が進行する危険性があります。
溶接部選択腐食:ステンレス鋼の溶接部は、加熱によって鋭敏化(クロム含有量が不働態維持に必要な値を下回る現象)が起こり、その部分が選択的に腐食します。炭素鋼の場合は、溶接部が加熱されていない部分よりも腐食しやすくなり、溝状の腐食が発生することもあります。この腐食速度は極めて速く、年間数ミリメートルの貫通も珍しくありません。
対策方法:粒界腐食を防ぐには、炭素含有量の低いステンレス鋼(超低炭素ステンレス鋼)を使用する、チタンやニオブなど炭素と結合しやすい元素を添加するといった方法があります。溶接部腐食対策としては、硫黄や銅の含有量を調整して耐溝状腐食性を高めた電縫鋼管が開発されており、高い効果を発揮しています。
金属腐食は、予防的な対策と早期発見が、最もコスト効率の良い対策方法です。腐食環境の継続的な監視と、定期的な点検体制の構築は、大規模な破損事故を未然に防ぐ効果的な手段です。
環境監視の重要性:湿度、温度、塩分濃度、pH値など、腐食を促進する環境因子を定期的に測定・記録することが重要です。特に湿度が60%を超えると腐食が加速することを念頭に置き、工場内の湿度管理システムを構築することが推奨されます。
定期点検の体制:均一腐食は目視が容易ですが、孔食やすきま腐食などの局部腐食は発見が困難なため、超音波探傷試験や電気化学的な測定方法を定期的に実施する必要があります。
参考資料:腐食・防食に関する技術情報
日本鉄鋼連盟 防食法
参考資料:金属材料の腐食メカニズムの詳細解説
滋賀県工業技術センター 金属材料の腐食編
異種金属接触腐食は、ボルト接合やリベット接合など、金属加工業の日常的な作業で頻繁に遭遇する腐食形態です。実務的な対策を理解することで、設計段階から腐食リスクを最小化することができます。
異種金属が接触している環境、特に水中や高湿度環境では、貴な金属と卑な金属の間に電位差が生じ、卑な金属が優先的に腐食されるという特性があります。この関係を表すのが「腐食電位列」であり、一般的には以下の順序です。
より貴な金属(腐食されにくい):ステンレス鋼 > 銅 > 鉛 > 錫 > ニッケル > より卑な金属(腐食されやすい):鉄 > 亜鉛 > マグネシウム
異種金属を接合する際に最も重要な設計パラメータは、貴金属と卑金属の面積比です。例えば、ステンレス鋼板に炭素鋼ボルトを用いると、ボルトはステンレス鋼(貴)に対して卑となり、面積比が不利なため急激に腐食します。逆にステンレス鋼ボルトを炭素鋼板に用いた場合は、腐食の影響が比較的小さく抑えられます。
実務的な対策。
脱亜鉛腐食は、黄銅(銅と亜鉛の合金)が水中環境に置かれた際に、亜鉛だけが選択的に溶け出す腐食現象です。この腐食の特異性は、従来の腐食対策では対応が困難という点にあります。
黄銅は青銅製バルブの弁棒として産業界で広く使用されていますが、バルブが置かれる環境は高温で停滞している水中という、脱亜鉛腐食が起こりやすい最悪の条件です。腐食によって形成された空洞には、銅の溶解後に残った不溶物が詰まり、隙間なく孔をふさいでしまいます。その結果、見た目の変色以外には変化がなく、構造の著しい強度低下を見落としやすいという危険性があります。
脱亜鉛腐食が全面的に進行すると「層状侵食」となり材料が裂け、局部的に進行すると「栓状侵食」となって栓が抜ける形で破損に至ります。特に栓状侵食では、水漏れや突然の破損というリスクが高まります。
対策方法:脱亜鉛腐食を防ぐには、脱亜鉛腐食に強い合金設計を選定することが重要です。亜鉛含有量を調整したり、ニッケルやすずなどの合金元素を添加したりして、耐腐食性を高めた黄銅が開発されています。また、水中使用環境を避けるか、電気防食や防食被膜を施工することで、リスクを軽減できます。
黄銅を使用する際は、脱亜鉛腐食の可能性を十分に検討し、適切な材料選定と定期点検体制の構築が不可欠です。
参考資料:脱亜鉛腐食と合金成分に関する技術情報
モノタロウ 腐食・腐食割れの種類と対策