すきま腐食は、金属加工において非常に厄介な問題となる局部腐食の一種です。この腐食形態は、その名の通り、金属部材間に生じる微小なすき間部分で発生します。金属加工の現場では、部品の組み立てや接合によって意図せずこのようなすき間が生まれることがよくあります。
すきま腐食が発生するメカニズムの核心は「酸素濃淡電池」と呼ばれる電気化学的現象にあります。すき間部分は外部環境と比較して酸素の供給が著しく制限されます。このすき間内部(酸素濃度が低い場所)が陽極となり、外部(酸素濃度が高い場所)が陰極となる電池が形成されるのです。
特に海水や工業用水など塩素イオンを含む環境下では、このすきま内部に塩化物イオンが集中的に移動します。塩化物イオンの濃度が高まると金属表面の保護層(不動態皮膜)が局所的に破壊され、そこから腐食が急速に進行していきます。
すきま腐食の特徴として、以下のポイントが挙げられます。
すきま腐食の発生には、すき間の大きさも重要な要素です。研究によれば、すき間間隙が10~40μmを超えるとすきま腐食の発生リスクが急激に低下するとされています。これは、間隙が広くなることですき間内部と外部環境との溶液の入れ替えが容易になり、酸素濃度差が生じにくくなるためです。
ステンレス鋼は、その表面に形成される「不動態皮膜」と呼ばれる極めて薄い酸化クロム層(Cr2O3)によって優れた耐食性を示します。この皮膜はわずか数ナノメートルの厚さですが、金属内部を環境から保護する重要なバリアとなっています。
しかし、この不動態皮膜は条件によって損傷や破壊を受けることがあります。特にすきま腐食との関係では以下の点が重要です。
ステンレス鋼の種類によってすきま腐食への耐性は大きく異なります。一般的に、クロムやモリブデンの含有量が多いほどすきま腐食への抵抗力が高まります。
耐すきま腐食性の比較表。
ステンレス鋼種 | Cr含有量 | Mo含有量 | 耐すきま腐食性 | 主な用途 |
---|---|---|---|---|
SUS304 | 18-20% | なし | 中程度 | 一般用途 |
SUS316 | 16-18% | 2-3% | 良好 | 化学プラント |
SUS316L | 16-18% | 2-3% | 良好 | 溶接構造物 |
SUS317L | 18-20% | 3-4% | 優れている | 高腐食環境 |
SUS444 | 17-19% | 1.75-2.5% | 良好 | 建築材料 |
ステンレス鋼のすきま腐食への抵抗力を評価する指標として「孔食指数」(PI: Pitting Index)が用いられることがあります。これは次の式で表されます。
PI = %Cr + 3.3 × %Mo
この値が高いほど、すきま腐食に対する抵抗力が高いとされています。例えば、SUS316(Cr: 17%, Mo: 2.5%)の場合、PI = 17 + 3.3 × 2.5 = 25.25となります。
金属加工の現場では、さまざまな箇所ですきま腐食が発生する可能性があります。その代表的な場所と効果的な対策について見ていきましょう。
すきま腐食が起きやすい箇所:
これらの箇所ですきま腐食を防止するためには、様々な対策が考えられます。
実際の加工現場での対策例を紹介します。
ある食品機械製造会社では、ステンレス鋼(SUS304)製の装置で塩分を含む食材を扱う際に、ボルト締結部分から発生するすきま腐食が問題となっていました。調査の結果、洗浄時に使われる水に含まれる塩素イオンが原因であることが判明しました。
対策として、以下の改善を実施しました。
これらの対策により、すきま腐食の発生頻度が大幅に減少し、装置の寿命が約2倍に延長されたという事例があります。
金属加工の現場で問題となる腐食現象には、すきま腐食と異種金属接触腐食(ガルバニック腐食とも呼ばれる)があります。両者は発生メカニズムが異なるため、それぞれに適した対策が必要です。ここでは、両者の違いを明確にし、金属加工において注意すべきポイントを解説します。
すきま腐食と異種金属接触腐食の比較:
特徴 | すきま腐食 | 異種金属接触腐食 |
---|---|---|
発生条件 | 同一金属間のすき間 | 異なる金属間の接触 |
主な原因 | 酸素濃淡電池の形成 | 金属間の電位差 |
促進因子 | 塩化物イオン、酸素不足 | 電解質溶液の存在、電位差の大きさ |
典型的な例 | ボルト締結部、重ね合わせ部 | ステンレスとアルミの接合部 |
主な対策 | すき間をなくす、耐食材料選定 | 絶縁、防食処理、電位差の小さい組み合わせ |
異種金属接触腐食の特徴は、イオン化傾向(電位)の異なる金属同士が接触し、電解質溶液(水など)が存在する環境で発生する点にあります。この場合、より卑な金属(電位の低い方)が優先的に腐食されます。
例えば、ステンレス鋼とアルミニウムを接触させると、アルミニウムの方が卑であるため、アルミニウム側が腐食されます。この現象は、異なる金属間で「腐食電池」が形成されることで起こります。
実際の金属加工現場では、すきま腐食と異種金属接触腐食が複合的に発生することもあります。例えば、異種金属のボルト締結部では、両方の腐食形態が同時に進行する可能性があります。
対策のポイント:
金属加工において、異なる種類のねじやワッシャーを使用する場合は特に注意が必要です。例えば、ステンレス鋼の部材に鉄製のボルトを使用すると、鉄側が急速に腐食する可能性があります。このような場合、同じ材質のファスナーを使用するか、適切な絶縁処理を施すことが重要です。
すきま腐食の発生と進行を理解し、効果的な防食対策を講じるためには、再不動態化電位(ER)と防食電位という電気化学的パラメータが重要です。これらは金属加工において耐食設計を行う際の科学的根拠となります。
再不動態化電位(ER)とは。
再不動態化電位は、一度破壊された不動態皮膜が再び形成される(修復される)電位を示します。すきま腐食が既に発生している状態から、金属表面が再び不動態化して腐食の進行が停止する限界の電位です。
この電位以下に金属電位を維持できれば、たとえすきま腐食が発生しても、その進行を止めることができるという重要な指標です。2002年にはJIS G 0592として再不動態化電位の測定法が規格化されています。
再不動態化電位に影響を与える要素。
防食電位との関係。
陰極防食法を適用する場合、防食電位は再不動態化電位以下に設定することが理想的です。これにより、たとえすきま腐食が発生しても、その進行を電気化学的に抑制することができます。
ステンレス鋼のすきま腐食における臨界深さについても興味深い研究があります。すきま腐食の成長性に関する臨界深さ(h2)は約30~40μmとされています。この深さを超えると、腐食は定常的な成長段階に入り、進行速度が安定します。一方、再不動態化が可能な臨界深さ(hR)は15~35μmと報告されています。つまり、この深さ以内であれば、適切な条件下で腐食の進行を止め、再不動態化が可能であることを示しています。
実際の金属加工における応用。
金属加工製品の設計において、これらの電気化学的知見を活用した例として、海水冷却システムのステンレス配管が挙げられます。この場合、以下のような対策が有効です。
金属加工業界ではあまり知られていませんが、すきま腐食の発生リスク評価に「CREV指数」という指標を用いることもあります。これは材料の組成、環境条件、すき間形状などを総合的に評価するもので、高度な腐食リスク管理が求められる原子力発電所や化学プラントなどで活用されています。
すきま腐食の防止には、材料選定や設計上の工夫だけでなく、これらの電気化学的知見に基づいた科学的アプローチが効果的です。金属加工業における高度な腐食対策として、これらの知識を活用することをお勧めします。