α鉄γ鉄δ鉄とは結晶構造と温度変化による金属組織の特性解説

α鉄・γ鉄・δ鉄は温度により変化する純鉄の結晶構造で、それぞれ異なる物性と加工特性を持ちます。金属加工における材料選択や熱処理にどのように活用するのでしょうか?

α鉄γ鉄δ鉄の基礎と温度変態

鉄の同素変態による3つの相
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α鉄(フェライト)

室温~911℃、体心立方格子、強磁性体

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γ鉄(オーステナイト)

911℃~1392℃、面心立方格子、非磁性体

δ鉄(デルタフェライト)

1392℃~1536℃、体心立方格子、常磁性体

鉄は温度によって結晶構造が変化する特殊な金属です。この性質は金属加工業界において、材料の機械的性質を制御する基盤となっています。純鉄の同素変態により生じる3つの相、すなわちα鉄(フェライト)、γ鉄(オーステナイト)、δ鉄(デルタフェライト)は、それぞれ異なる温度範囲で安定な結晶構造を持ちます。
参考)フェライト相 - Wikipedia

 

この温度による相変態は、鉄鋼材料の機械的性質を大きく左右します。α鉄は体心立方格子(BCC)構造で相対的に柔らかく、γ鉄は面心立方格子(FCC)構造でより多くの元素を固溶できる特徴があります。δ鉄は高温域でのみ存在し、α鉄と同じBCC構造を持ちながら異なる物性を示します。
参考)デルタフェライト - Wikipedia

 

α鉄の結晶構造と物性の特徴

α鉄(フェライト)は室温から911℃までの温度領域で安定な鉄の相で、体心立方格子(BCC)構造を持ちます。この構造では、鉄原子が8つの隣接原子と接しており、比較的柔らかい性質を示します。
α鉄の最も重要な特徴の一つは強磁性体であることです。キュリー点(約770℃)以下では強磁性を示し、これによりフェライト磁石などの磁性材料として活用されています。炭素の固溶度は非常に低く、727℃で最大0.0218%まで炭素を固溶できますが、常温では0.006%程度となります。
参考)熱処理用語 アルファ鉄

 

この低い炭素固溶度により、工業的には炭素量0.0218%以下の鉄鋼を「鉄(iron)」として分類し、それ以上の炭素量を含む材料は「鋼(steel)」として区別されています。α鉄の機械的性質は相対的に軟質で延性に富み、冷間加工性に優れているため、プレス加工や絞り加工に適しています。

γ鉄の面心立方格子による高温特性

γ鉄(オーステナイト)は911℃から1392℃の温度範囲で安定な相で、面心立方格子(FCC)構造を特徴とします。この構造は12の隣接原子と接するため、α鉄よりも密に詰まった構造となっています。
参考)γ鉄とは何? わかりやすく解説 Weblio辞書

 

γ鉄の最大の特徴は、非磁性体(常磁性)であることと、他元素の固溶度が高いことです。特に炭素の固溶度はα鉄と比較して大幅に高く、この特性により様々な合金元素を添加した高性能鋼の製造が可能になります。γ鉄に他元素が固溶した状態をγ固溶体またはオーステナイトと呼びます。
参考)オーステナイト - Wikipedia

 

高温での延性に優れ、熱間加工において重要な役割を果たします。鍛造や圧延などの熱間加工は主にγ鉄の温度領域で行われ、この温度域での加工により複雑な形状の製品を効率的に製造することが可能です。また、γ鉄の組織制御は焼入れ・焼戻しなどの熱処理の基盤となっています。
参考)3分でわかる 鉄鋼の組織と熱処理による状態変化|Fe-C状態…

 

δ鉄の高温域における特殊な挙動

δ鉄(デルタフェライト)は1392℃から融点(1536℃)までの高温域で存在する相で、α鉄と同じ体心立方格子(BCC)構造を持ちながら、全く異なる物性を示します。この温度範囲は通常の機械加工では扱わない領域ですが、鋳造や溶接において重要な意味を持ちます。
参考)δ鉄とは何? わかりやすく解説 Weblio辞書

 

δ鉄は常磁性体であり、炭素の最大溶解量は1494℃で0.1%です。通常の炭素鋼においては、δ鉄は冷却過程で他の相に変態するため、常温での機械的性質に直接的な影響を与えることは少ないとされています。
しかし、鋳造業界では溶湯の凝固過程におけるδ鉄の挙動が製品品質に影響を与える場合があります。特に高炭素鋳鉄の製造において、δ鉄相からの変態による組織制御が重要な技術要素となります。また、溶接における熱影響部(HAZ)での組織変化においても、一時的にδ鉄相が形成される可能性があります。
参考)鋳造用語集

 

α鉄γ鉄δ鉄の熱処理への応用技術

鉄の相変態を利用した熱処理技術は、金属加工業界の根幹を成す技術です。α鉄からγ鉄への変態(A3変態点、約911℃)とγ鉄からα鉄への逆変態を制御することで、材料の機械的性質を大幅に変化させることができます。
参考)用語集

 

焼入れ処理では、γ鉄(オーステナイト)組織を急冷してマルテンサイト組織に変態させ、高硬度を得ます。この処理では、γ鉄の高い炭素固溶度を活用し、急冷により炭素を過飽和に固溶させた硬質組織を形成します。一方、焼なまし処理では、ゆっくりとした冷却により平衡組織(フェライト+パーライト)を得て、加工性を向上させます。
浸炭処理や窒化処理においても、γ鉄の高い元素固溶度が活用されています。特に浸炭処理では、γ鉄領域での炭素拡散により表面硬化層を形成し、芯部の靭性を保ちながら表面硬度を向上させる技術として広く用いられています。

α鉄γ鉄δ鉄における水素の影響と最新研究

近年の研究により、α鉄中における水素の挙動が材料の機械的性質に重要な影響を与えることが明らかになっています。α鉄中の水素拡散は応力勾配の影響を受け、転位や結晶粒界での水素トラップ現象が材料の破壊挙動に関与します。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/de4ce1f3bb5416240f9f4fb5f453e32e35443a3d

 

特に注目すべき研究成果として、α鉄中の{112}〈111〉刃状転位芯近傍での水素占有位置に関する原子モデル解析があります。この研究により、転位周辺での水素の局所的集積が水素脆化現象に与える影響のメカニズムが解明されつつあります。
参考)302 Found

 

また、α鉄における水素助長ひずみ誘起空孔機構の研究や、刃状転位の運動速度に及ぼす水素濃度の影響など、原子レベルでの詳細な解析が進んでいます。これらの知見は、高強度鋼の水素脆化対策や、水素環境下で使用される構造材料の設計指針として活用されています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/a7fe24424f970e1e26d48e98a3a821d417d6b37a

 

さらに興味深いのは、炭素と窒素原子間相互作用の研究により、α鉄中での侵入型元素の挙動がより詳細に理解されるようになったことです。これらの研究成果は、新しい合金設計や表面処理技術の開発に貢献しています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/54c1556d3c27b0bae900fc35c96d470737916704