SUS303とSUS304は、どちらもオーステナイト系ステンレス鋼に分類され、金属加工の現場で広く使用されています 。この二つの最も大きな違いは、化学成分、特にリン(P)と硫黄(S)の含有量にあります 。
以下の表は、JIS G 4303:2016に基づいたそれぞれの化学成分の比較です 。
| 鋼種 | C (炭素) | Si (ケイ素) | Mn (マンガン) | P (リン) | S (硫黄) | Ni (ニッケル) | Cr (クロム) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| SUS303 | 0.15以下 | 1.00以下 | 2.00以下 | 0.20以下 | 0.15以上 | 8.00~10.00 | 17.00~19.00 |
| SUS304 | 0.08以下 | 1.00以下 | 2.00以下 | 0.045以下 | 0.030以下 | 8.00~10.50 | 18.00~20.00 |
表から明らかなように、SUS303はSUS304に比べてリン(P)と硫黄(S)を意図的に多く含有させています 。この成分の違いが、後述する「切削性」に絶大な効果をもたらします。硫黄は、鋼材中に硫化物(主にMnS)として存在し、切削時に切り屑を分断しやすくする潤滑剤のような役割を果たします 。
一方で、機械的な性質、例えば引張強さ、耐力、伸びといった点においては、この二つの間に大きな差はほとんどありません 。そのため、部品に求められる強度が同等であれば、加工性を重視して材料を選択することが可能になります。ただし、硫黄の添加は熱間加工性を若干損なうため、鍛造などを行う際には注意が必要です 。
成分に関するより詳細な情報は、以下のリンクで確認できます。
kabuku.io - SUS303のJIS規格に基づく化学成分の詳細
⚙️ 金属加工の現場で「SUS303は削りやすい」と言われる最大の理由は、その優れた「快削性」にあります 。これは前述の通り、成分として添加されている硫黄(S)とリン(P)の働きによるものです 。
SUS304は非常に粘り気が強く、加工時に切り屑が長くつながってしまう傾向があります 。これは「加工硬化」という現象も相まって、工具の刃先に切り屑が絡みつき、加工精度を悪化させたり、工具の寿命を著しく縮めたりする原因となります 。現場では「パーマ状の切り屑が出る」と表現されることもあります。
それに対して、SUS303は硫黄の作用によって切り屑が細かく分断されます 。これにより、
結果として、SUS304では加工が困難な複雑な形状の部品や、自動盤での大量生産において、SUS303はその真価を発揮します 。加工コストの観点からも、SUS304に比べて工具の摩耗が少ないため、結果的にコストダウンにつながるケースも少なくありません 。
加工時の注意点:
SUS303の優れた切削性は大きなメリットですが、一方で硫黄を添加していることから溶接には不向きです 。溶接を行うと、硫黄が原因で溶接部に割れ(溶接割れ)が生じやすくなります 。そのため、溶接が必要な構造部品には、SUS303ではなくSUS304を選択するのが一般的です 。
💧 ステンレス鋼の最大の特徴である「錆びにくさ」、すなわち耐食性において、SUS303とSUS304には明確な差が存在します 。結論から言うと、耐食性はSUS304の方が優れています 。
ステンレス鋼の耐食性は、主成分であるクロム(Cr)が空気中の酸素と結合して、表面に非常に薄い「不動態皮膜」を形成することによって保たれています 。この皮膜がバリアとなり、内部の鉄が錆びるのを防いでくれるのです。
しかし、SUS303に添加されている硫黄(S)は、この不動態皮膜の生成を部分的に阻害する性質があります 。硫黄は鋼材中に硫化物として点在しており、その部分が起点となって孔食(ピンホール状の錆)が発生しやすくなるのです。そのため、SUS303はSUS304に比べて、特に湿気の多い環境や塩分に触れるような環境では錆びやすい傾向にあります 。
この耐食性の違いから、それぞれの用途は以下のように住み分けられています。
つまり、「加工性を取るか、耐食性を取るか」が、SUS303とSUS304を選ぶ上での重要な判断基準となります 。水分や塩分に触れる可能性がある場合はSUS304を、乾燥した環境下で複雑な切削加工が必要な場合はSUS303を、という使い分けが基本です 。
💰 材料を選定する上で、コストは避けて通れない重要な要素です。一般的に、材料そのものの単価(kg単価)で比較すると、SUS303はSUS304よりも1〜2割程度高価になる傾向があります 。
これは、SUS303の流通量がSUS304に比べて少ないことや、快削性を付与するための成分が添加されていることなどが理由として挙げられます 。実際の価格帯の例を見ると、SUS304が約600〜850円/kgであるのに対し、SUS303はそれよりも高くなることが一般的です 。
しかし、金属加工におけるコストは、材料費だけで決まるわけではありません。「トータルコスト」という視点で見ることが非常に重要です 。トータルコストには、以下の要素が含まれます。
ここでSUS303の優れた切削性が大きく貢献します 。
これらの要因により、特に生産量が多い場合や、複雑で加工に時間のかかる部品の場合、材料費の差額を加工費の削減分が上回り、結果的にトータルコストはSUS303の方が安くなるというケースが多々あります 。設計段階でSUS304が指定されていても、加工現場からSUS303への材質変更を提案することで、大幅なコストダウンと納期短縮を実現できる可能性があるのです 。
🤔 図面や材料証明書(ミルシート)がない状況で、手元にある材料がSUS303かSUS304かを見分ける必要に迫られることはありませんか?実は、プロが現場で使ういくつかの簡単な見分け方が存在します。
1. 切り屑(切粉)の形状で判断する
最も確実な方法の一つが、実際に少しだけ削ってみることです。ヤスリやグラインダーで軽く削るだけで違いは一目瞭然です。
この違いは、旋盤加工などを経験した技術者であれば、すぐに判別できる特徴です。
2. 磁性で判断する(ただし注意が必要)
一般的に、オーステナイト系ステンレスであるSUS303とSUS304は「非磁性」、つまり磁石にはつかないとされています 。しかし、ここには少し注意が必要です。
この性質を利用して、以下のような簡易的な判別が可能です。
「磁石を近づけてみて、全くつかなければSUS303の可能性が高い。もし少しでもくっつくのであれば、それは冷間加工されたSUS304かもしれない。」
ただし、SUS304でも加工度が低い場合は磁性を示さないため、この方法はあくまで補助的な判断材料と考えるべきです。しかし、明らかに磁石にくっつく場合は、SUS303ではないと断定する有力な根拠になります。
これらの方法は、100%正確な同定方法ではありませんが、現場で迅速に判断を下すための有効な知識として、多くの金属加工従事者に知られています。