ABS樹脂の特徴と機械的性質、加工性や用途の解説

ABS樹脂は、そのバランスの取れた特性から、日用品から工業製品まで幅広く利用されています。しかし、その優れた機械的性質や加工性を最大限に引き出すためには、素材の特性を深く理解することが不可欠です。この記事では、ABS樹脂が持つ基本的な特徴から、加工現場で役立つ具体的な情報、さらには意外な弱点までを徹底的に解説します。あなたの製品開発や加工技術の向上に、この記事がどのように役立つか、ぜひ確かめてみませんか?

ABS樹脂の基本的な特徴と性質

ABS樹脂が選ばれる3つの理由
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優れた機械的性質

剛性、硬度、耐衝撃性のバランスが良く、頑丈な製品作りに適しています。

🛠️
高い加工性

切削、接着、塗装、メッキなど、様々な後加工に対応可能です。

美しい外観

表面光沢に優れ、着色も容易なため、デザイン性の高い製品を実現できます。

ABS樹脂の優れた機械的性質と寸法安定性

 

ABS樹脂は、アクリロニトリル(A)、ブタジエン(B)、スチレン(S)の3つの成分から構成される熱可塑性樹脂です 。この三つのモノマーが持つそれぞれの長所が組み合わさることで、ABS樹脂は非常にバランスの取れた機械的性質を発揮します 。具体的には、アクリロニトリルがもたらす耐熱性、機械的強度(剛性)、耐油性 、ブタジエンがもたらすゴムのような性質による優れた耐衝撃性 、そしてスチレンがもたらす光沢のある美しい表面、加工のしやすさ、電気絶縁性 です。これらの特性が相互に作用し、「硬くて丈夫なのに、衝撃にも強い」という、一見矛盾するような優れた性質を実現しています 。
この特性のバランスは、各成分の配合比率を調整することで、用途に応じてカスタマイズすることが可能です 。例えば、耐衝撃性をさらに高めたい場合はブタジエンの比率を上げ、剛性や耐熱性を重視するならアクリロニトリルの比率を上げるといった調整が行われます。この「設計の自由度」が、ABS樹脂が多くの製品で採用される理由の一つです 。
さらに、ABS樹脂の大きな利点として「寸法安定性」が挙げられます 。これは、成形後の製品が温度や湿度の変化によって変形しにくい性質を指します。吸水率が低いため、湿度の高い環境でも形状が安定しやすいのです 。このため、精密な精度が求められる電子機器の筐体や自動車のメーターパネルなど、厳しい条件下でも長期間にわたって形状を維持する必要がある部品に最適です。特に、大量生産される工業製品において、個々の部品の寸法にばらつきが少ないことは、組み立て工程の効率化や製品全体の品質向上に直結する重要な要素となります 。
以下の参考資料は、ABS樹脂の機械的特性について、より詳細なデータと共に解説しています。

 

製造業におけるABS樹脂の多様性 - ptsmake

ABS樹脂の多様な加工性:切削・接着・塗装のコツ

ABS樹脂が「万能プラスチック」とも呼ばれる理由の一つに、その卓越した加工性が挙げられます 。金属加工と同様に、切削、穴あけ、研磨といった機械加工が比較的容易であり、試作品製作から量産まで幅広く対応できます 。しかし、その加工性を最大限に引き出すためには、いくつかのコツを押さえる必要があります。
まず、切削加工においては、熱対策が最も重要です 。ABS樹脂は熱可塑性樹脂であるため、切削時の摩擦熱で溶けやすく、切りくずが刃に溶着したり、加工面が荒れたりする原因となります 。これを防ぐためには、切削速度や送り速度を適切に設定し、発熱を抑制することが肝心です 。また、エアブローなどで切りくずをこまめに除去し、刃物や加工点の温度上昇を防ぐことも効果的です 。刃物の選定も重要で、すくい角の大きいシャープなものを選ぶと、切れ味が向上し、発熱を抑えることができます。
接着に関しても、ABS樹脂は比較的容易に行えます。市販のABS用接着剤や、溶剤系の接着剤を使用することで、強力に接合することが可能です。接着面をヤスリで軽く荒らしたり、脱脂洗浄したりすることで、接着強度をさらに高めることができます。ただし、ケトン類やエステル類といった特定の有機溶剤には溶解する性質があるため、使用する接着剤や溶剤の選定には注意が必要です 。
塗装や印刷といった表面処理のしやすさもABS樹脂の魅力です 。塗料ののりが良く、美しい仕上がりが期待できます 。塗装を成功させるコツは、下地処理にあります 。シリコンオフなどの脱脂剤で表面の油分や汚れを完全に取り除き、必要に応じてプライマー(下地塗料)を塗布することで、塗料の密着性が格段に向上します。これにより、塗装の剥がれや浮きを防ぎ、長期間にわたって美しい外観を保つことができます。
切削加工の具体的な注意点については、以下の技術情報サイトが参考になります。

 

ABSの試作加工なら荒川技研

ABS樹脂のメッキ処理で実現する金属光沢と注意点

ABS樹脂の大きな特徴の一つに、プラスチックでありながら金属のような美しい光沢を持たせることができる「メッキ処理」への適性が挙げられます 。自動車のフロントグリルやエンブレム、水回りの装飾部品、高級感のある家電のスイッチ類など、金属光沢が求められる多くの製品で、軽量化とコストダウンを両立できるABS樹脂へのメッキが活用されています。
なぜABS樹脂はメッキしやすいのでしょうか。その秘密は、成分の一つであるブタジエンゴムにあります。メッキの前処理として「エッチング」という工程があります。これは、薬品を使って樹脂表面を微細に溶かし、凹凸を形成する処理です 。このとき、ブタジエン成分が選択的に侵食されることで、表面にメッキの皮膜が引っかかるための微細なアンカー(碇)のような構造ができます。このアンカー効果により、金属皮膜が強固に密着するのです。
ABS樹脂へのメッキプロセスは、一般的に以下のような手順で進められます :

  • 脱脂: 表面の油分や汚れを取り除きます。
  • エッチング: クロム酸などの薬品で表面を処理し、微細な凹凸を形成します。
  • 中和: エッチング液を中和し、洗浄します。
  • キャタリスト処理: 触媒となるパラジウムなどを表面に吸着させます。これが無電解メッキの核となります。
  • 無電解メッキ: 化学反応を利用して、電気を通さないABS樹脂の表面に最初の金属皮膜(主にニッケル)を形成します。
  • 電気メッキ: 無電解メッキで導電性を持たせた後、銅、ニッケル、クロムなどの金属を電気的に積層させ、厚みと光沢、耐久性を持たせます。

メッキ処理における注意点として、まずメッキグレードのABS樹脂を使用することが挙げられます。メッキに適した表面状態や成分比率に調整されており、密着不良などのトラブルを減らすことができます。また、成形時のウェルドライン(樹脂が合流する部分にできる線)やヒケ(成形品の表面にできる凹み)は、メッキ後の外観不良に直結するため、金型設計や成形条件の最適化が非常に重要です。高品質なメッキ仕上げを実現するためには、成形からメッキまで一貫した品質管理が求められます。
ABS樹脂へのメッキプロセスについて、以下のサイトで図解されています。

 

ABS樹脂材料にメッキ処理できるんです。株式会社コネクション

ABS樹脂の耐薬品性と特定の薬品への注意点

ABS樹脂は、その優れた機械的性質や加工性から多くの場面で活躍しますが、化学的な耐久性、すなわち「耐薬品性」については、相手を選ぶ側面があります。この特性を理解せずに使用すると、思わぬ製品の劣化や破損につながる可能性があるため、注意が必要です 。
一般的に、ABS樹脂は酸やアルカリに対しては比較的良好な耐性を示します 。例えば、日常生活で触れる機会のある洗剤や、一部の弱酸・弱アルカリ性の薬品に対しては、すぐに劣化することはありません。また、アルコール類や塩類水溶液にも強い傾向があります。このため、家電製品の外装や一部の家庭用品など、様々な環境で使用されています。
しかし、ABS樹脂には明確な弱点となる化学物質が存在します。特に注意が必要なのは、以下のような有機溶剤です 。

  • ケトン類: アセトン、メチルエチルケトン(MEK)など。これらはABS樹脂を溶解させる性質があり、接着剤の溶剤として利用されることもあります。
  • エステル類: 酢酸エチル、酢酸ブチルなど。塗料やシンナーに含まれることが多く、接触すると表面が侵されたり、軟化したりします。
  • 芳香族炭化水素: トルエン、キシレン、ベンゼンなど。これらもABS樹脂を膨潤させたり、溶解させたりする作用があります。
  • 塩素系炭化水素: ジクロロメタン、トリクロロエチレンなど。非常に強力にABS樹脂を侵します。

これらの化学物質が付着すると、樹脂の表面にひび割れ(クラック)が生じたり、強度が著しく低下したりする可能性があります。そのため、工場内で使用する洗浄剤や潤滑油、塗料などを選定する際には、その成分を十分に確認し、ABS樹脂への影響を考慮する必要があります。部品の組み立て工程で潤滑剤を使用する場合や、マーキングのためにインクを使用する場合も同様の注意が求められます。

ABS樹脂の意外な弱点と環境ストレスクラック対策

多くの長所を持つABS樹脂ですが、完璧な材料というわけではなく、特定の環境下で性能が低下する弱点も存在します。その中でも特に注意が必要なのが、「耐候性」と「環境ストレスクラック」です。
ABS樹脂の最も知られた弱点の一つが、紫外線(UV)に対する耐性の低さです 。屋外で長時間直射日光にさらされると、成分の一つであるブタジエンゴムが劣化し、本来の強みであった耐衝撃性が徐々に失われていきます。また、色あせや変色、表面の光沢低下なども引き起こします。そのため、屋外での使用が想定される製品、例えば自動車の外装部品や建材などに使用する場合は、耐候性を向上させる添加剤(紫外線吸収剤や安定剤)を配合したり、表面にアクリル樹脂などの耐候性の高い塗料をコーティングしたりする対策が不可欠です。
もう一つ、より専門的で注意を要するのが「環境ストレスクラック(ケミカルクラック)」です 。これは、成形時に製品内部に残った「残留応力」と、特定の「化学物質」が同時に作用することで、通常では考えられない低い応力で亀裂(クラック)が発生する現象です。例えば、部品をネジで締め付けた際に発生する応力がかかった状態で、特定の油脂や薬品が付着すると、突然パキッと割れてしまうことがあります。これはABS樹脂に限らず多くのプラスチックで起こりうる現象ですが、ABS樹脂も例外ではありません。
この環境ストレスクラックは非常に厄介で、原因となる化学物質は、前述した溶剤だけでなく、切削油、離型剤、一部の接着剤、さらにはハンドクリームに含まれる油分など、身の回りの様々なものが挙げられます。対策としては、以下のような点が重要です。

  • 成形条件の最適化: 金型温度を適切に設定し、射出圧力や保圧を調整することで、製品内部の残留応力を可能な限り低減させます。
  • アニール処理: 成形品をガラス転移温度以下の適切な温度で加熱し、徐冷することで、内部応力を緩和させる後処理です。
  • 材料の選定: 使用環境で接触する可能性のある化学物質を事前に特定し、それに対して耐性の高いグレードのABS樹脂や、PC/ABSアロイ(ポリカーボネートとの複合材)、ASA樹脂などの代替材料を検討します。
  • 構造設計の見直し: 応力が集中しやすいシャープな角(エッジ)を避け、R(丸み)を設けるなどの設計上の配慮も有効です。

特に、医療機器など、信頼性が極めて重要視される分野では、この環境ストレスクラックに対する深い知識と対策が、製品の品質を左右する重要な鍵となります 。

 

 


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