位置ループゲインだけ上げると、加工精度がむしろ下がって損失が出ます。
速度ループゲイン(Velocity Loop Gain)は、サーボモータの制御において「現在の速度」と「指令された速度」のズレを、どれだけ強く補正するかを決めるパラメータです。三菱電機のACサーボ(MR-J4/J5シリーズ)ではVG2として、オムロンやSMC製品でもそれぞれ同等の役割を持つパラメータが設けられています。
CNCフライス盤やマシニングセンタの送り軸では、このゲインの設定が切削時の加工面の品質に直結します。数値を大きくすればするほど負荷外乱への応答が速くなり、切り込みが変わっても速度が安定しやすくなります。これは加工品質にとって大きなメリットです。
ただし、大きくしすぎは禁物です。速度ループゲインを上げすぎると機械系が発振(ハンチング)しやすくなり、加工面に目に見える振動の筋が現れます。加工面粗さが仕様を外れてしまえば、ワーク丸ごと廃棄という損失に直結します。つまり適切な上限を守ることが条件です。
金属加工の現場では、速度ループゲインを「モーターが外乱にどれだけ踏ん張れるか」を決める剛性パラメータと理解しておくと実務で役立ちます。低すぎると切削抵抗の変動で速度がぶれ、高すぎると振動が出る。そのバランスが現場調整のポイントになります。
| 速度ループゲインの状態 | モータの挙動 | 加工への影響 |
|---|---|---|
| 低すぎる | 外乱に対して反応が鈍い、速度がふらつく | 加工面に送りのムラ、筋目が発生しやすい |
| 適切 | 安定して追従、滑らかな動作 | 均一な加工面、寸法精度が安定 |
| 高すぎる | 振動(ハンチング)、異音が発生 | 加工面に振動の跡、機械部品への負荷増大 |
位置ループゲイン(Position Loop Gain)は、「目標位置」と「現在位置」のズレ(位置偏差)をどれだけ素早く補正するかを決めるパラメータです。オムロンの技術資料では「位置ループゲインが高いほどサーボの追従性がよくなり位置決め速度が上がる」と明記されています。
CNCの送り軸では、この値を高く設定するほど指令に対する追従誤差(追従遅れ)が小さくなります。追従誤差が小さいということは、XY補間時の円弧誤差が減り、輪郭加工の精度が向上するということです。ボールエンドミルで曲面加工をする場合、この差は仕上げ面のクオリティに明確に現れます。
ただし注意が必要です。位置ループゲインを上げすぎると、オーバーシュートや乱調(ハンチング)が起きます。軸が目標位置を行き過ぎて戻ってを繰り返す状態になり、これが続くと最悪の場合、機械部品への過負荷や異常摩耗につながります。
さらに重要な事実があります。位置ループゲインは速度ループゲインの応答帯域以上に設定することができません。制御理論の原則として、内側のループ(速度ループ)の応答が遅いまま外側のループ(位置ループ)だけを強化しても、システム全体が不安定になるだけです。つまり位置ループゲインが条件です。速度ループゲインを先に仕上げることが前提になります。
オムロンのサーボモータ技術解説資料(CSM_Servo_TG_J_1_1)には、位置ループゲインと速度ループゲインそれぞれの動作特性が詳しく解説されています。
オムロン サーボモータ/サーボドライバ 技術解説PDF(位置ループゲイン・速度ループゲインの動作特性を含む)
サーボドライブの内部は「電流制御ループ → 速度制御ループ → 位置制御ループ」の3重構造になっています。これは制御の「入れ子(マトリョーシカ)構造」と呼ばれ、内側から外側へ順番に帯域幅が小さくなる設計になっています。
制御の原則として、内側のループの応答帯域は外側のループより必ず大きくなければなりません。具体的には「電流ループ帯域幅 > 速度ループ帯域幅 > 位置ループ帯域幅」という関係が成り立つ必要があります。これが崩れると、制御システム全体が発振し不安定になります。
だからこそ調整の鉄則があります。「速度ループゲインを先に上げてから、位置ループゲインを調整する」というのが現場での正しい手順です。速度ループ(部長)が安定して動けるようになって初めて、位置ループ(社長)の命令が正確に実行されます。
金属加工の現場で「位置決めが遅い」「加工精度が出ない」とパラメータを触る際に、先に位置ループゲインを上げようとするのは典型的な失敗パターンです。速度ループが追いついていない状態で位置ループを強化しても、ハンチングや異音が増えるだけで精度は上がりません。損失が増えるだけということですね。
実際の調整ステップは以下の流れが基本です。
この手順はオムロンの公式FAQや三菱電機のゲイン調整ガイドでも共通して推奨されています。
三菱電機FAQにはMR-J3/J4/J5シリーズのゲイン調整の基礎が解説されています。
三菱電機FA-FAQ:サーボゲイン(PG1・PG2・VG2)の役割と調整の考え方
現代のサーボドライバには、負荷イナーシャをリアルタイムに推定してゲインを自動設定する「オートチューニング機能」が標準搭載されています。三菱電機MR-J5のワンタッチ調整や安川電機SigmaWin+のオートチューニングがその代表例です。
オートチューニングは立ち上げ時の初期設定に非常に有効です。それは問題ありません。しかし、金属加工の現場でオートチューニングだけに頼り続けることには明確な限界があります。
まず、オートチューニングはシステムが「安定稼働している状態」でのデータをもとに推定を行います。負荷が大きく変動する重切削や、工具の摩耗が進んだ状態での加工など、条件が変わる場面では推定精度が落ちることがあります。機械の剛性が低い場合や、バックラッシュを含む機械系では、オートチューニングが誤った慣性比を推定して適切なゲイン設定にならないケースもあります。
次に、オートチューニングが設定するゲインは「安全マージンを持った値」であることが多く、必ずしも加工精度を最大化したベスト値ではありません。マニュアルチューニングで詰めれば、さらに追従性と精度を上げられる余地が残っているのが実際のところです。
オムロンの技術資料には「動作パターンや負荷条件などの制約によりオートチューニングできない場合や、個々の負荷に合わせて最高の応答性を確保したい場合は、マニュアルチューニングを行う」と明記されています。これは使えそうです。
ノッチフィルタや外乱オブザーバ機能も活用することで、機械共振周波数を抑制しながらゲインを高めに設定できます。これにより剛性を上げつつ安定性を確保するという両立が可能になります。
金属加工の現場で実際に問題になるのは、「ゲインの設定値が変わっていないのに品質が変わる」という状況です。これは経年変化やメカ系の変化がゲインのバランスを崩すために起きます。意外ですね。
例えば、ボールネジの摩耗が進むとバックラッシュが増えます。機械系の剛性が実質的に低下した状態になるため、これまで問題なかったゲイン設定では振動が出やすくなります。また、ベアリングの摩耗や潤滑油の劣化でフリクショントルクが変化すると、オートチューニングが推定する慣性比がずれてしまいます。
東京大学の工作機械研究に関する論文では「速度ループゲインが低過ぎる場合、外乱抑圧性が不十分となり加工面に筋目が発生する」という現象が報告されています。これは現場でよく起きることで、加工面に定期的な間隔でスジが入る場合、ゲイン設定よりもまずメカ系の点検が必要なサインでもあります。
また速度ループゲインと位置ループゲインの関係でもう一つ重要な点があります。補間加工(XY同時制御)では、各軸の位置ループゲインが揃っていないと、円弧補間の真円度が低下します。2軸の位置ループゲインを同一値に合わせることは、輪郭加工精度を維持するための基本中の基本です。これが条件です。
これらの症状は、工作機械のサーボゲイン問題の典型例として多くのメーカーのFAQでも取り上げられています。症状ごとに確認すべきパラメータが変わるため、症状の「絵」を頭に描きながらアプローチすることが解決への近道です。
東京大学の工作機械送り軸の高精度駆動に関する研究では、速度ループゲインと加工面品質の相関が詳しく論じられています。
東京大学リポジトリ:工作機械送り軸の高精度駆動のためのサーボモータ制御方法(速度ループゲインと加工面品質の関係を含む)