σ相間化とは、意味から析出現象、脆化影響

σ相間化とは、金属加工におけるσ相の析出現象で脆化の原因となる重要な概念です。その発生メカニズムと対策について詳しく解説します。

σ相間化とは

σ相間化の基本概要
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化学的特性

硬くて脆い非磁性の金属間化合物、主にFeとCrの複合相

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温度条件

700-900℃の高温域で析出し、750℃で最も活発に析出

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結晶構造

正方晶構造で単位格子あたり30原子の複雑な構造

σ相間化とは、ステンレス鋼において700~900℃の高温域で起こる金属間化合物の析出現象を指します。この現象では、FeとCrを主成分とする硬くて脆い非磁性のσ相と呼ばれる金属間化合物が析出し、材料の機械的性質に重大な影響を与えます。
参考)https://www-it.jwes.or.jp/qa/details.jsp?pg_no=0050020490

 

σ相は複雑な正方晶構造を持ち、単位格子あたり30原子から構成される特殊な金属間化合物です。主要成分はFeとCrですが、Mo、W、Si、Nb、Ti等の元素も固溶することが知られています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/tetsutohagane1955/51/12/51_12_2233/_pdf/-char/ja

 

この相の析出は特に二相ステンレス鋼や高Cr含有のステンレス鋼で問題となり、700℃~900℃の温度範囲で長時間保持されると分解・析出が始まります。最も析出しやすい温度は750℃付近とされています。
参考)σ(シグマ)相|特殊鋼・マグネット用語集|令和特殊鋼株式会社…

 

σ相間化の析出メカニズムと結晶構造

σ相の析出は、フェライト相の分解によって起こります。オーステナイトステンレス鋼では、高温割れ防止のために室温組織において5~10%のδフェライトを含むような溶接金属にしますが、このδフェライトが700℃~800℃の温度域で長時間保持されると分解し、σ相が析出します。
析出のメカニズムについて、冷間加工の影響も重要な要因です。転位密度が高い状態では、古典的核生成理論における臨界半径と障壁エネルギーが減少するため、転位上でのσ相析出がエネルギー的に有利となります。
参考)火SUS304J1HTBのσ相析出挙動に及ぼす転位密度の影響

 

結晶構造の特徴

  • 正方晶系の複雑な構造
  • 単位格子当たり30原子
  • 非磁性特性
  • 極めて硬い物理的性質

σ相の析出を促進する元素としては、Mo、Si、V、Nb、Tiがあり、逆に析出を抑制する元素にはNi、N、Cがあります。この元素の影響は等価Cr量(Eq.Cr)で評価されています:
Eq.Cr = Cr + 0.31Mn + 1.76Mo + 0.97W + 2.02V + 1.58Si + 2.44Ti + 1.70Nb + 1.22Ta - 0.226Ni - 0.177Co

σ相間化による脆化影響と材料特性変化

σ相が析出すると、材料には深刻な脆化現象が発生します。わずか数%のσ相析出でも、衝撃値が著しく低下し、靭性が極めて低くなる現象を「σ相脆化」と呼びます。
主な材料特性への影響

  • 衝撃値の著しい低下:最も敏感な指標
  • 延性の大幅な減少:材料の変形能力低下
  • 硬度と強度の増加:材料が硬くなる一方で脆くなる
  • 耐食性の低下:特に耐孔食性が劣化

二相ステンレス鋼では、溶接熱サイクルによりσ相が析出してじん性を劣化することがあるため、大入熱多層盛溶接などでは特に注意を要します。σ相の析出により材料内部でCrが消費されるため、周辺のCr欠乏層が形成され、耐食性の低下につながります。
冷間加工材では、σ相の析出がさらに助長されます。これは熱処理温度の低温側では再結晶粒と冷間加工域の界面でσ相の核生成が促進され、高温側では微細な再結晶粒が多数形成されて粒界面積が増加するためです。

σ相間化の防止対策と制御方法

σ相間化を防止するためには、温度管理と冷却制御が最も重要です。σ相脆化は700~1000℃でゆっくりと冷却すると起こりやすいため、この温度範囲での滞留時間を最小限に抑える必要があります。
参考)二相系(オーステナイト・フェライト系)ステンレス鋼の基礎知識…

 

効果的な防止対策

  1. 急速冷却の実施
    • 高温域からの急冷により析出時間を短縮
    • 水冷やガス冷却による制御
  2. 合金成分の最適化
    • Ni含有量の増加(析出抑制効果)
    • N(窒素)添加による析出遅延
    • Mo量の適正化
  3. 熱処理条件の管理
    • 溶体化処理温度の適正化
    • 冷却速度の制御
    • 時効処理条件の最適化
  4. 溶接条件の改善
    • 入熱量の制御
    • 層間温度の管理
    • 予熱・後熱条件の最適化

特に溶接作業においては、**AFモード(オーステナイト-フェライト凝固モード)よりもFAモード(フェライト-オーステナイト凝固モード)**の方がフェライト中のCrおよびMo等の元素の濃化が抑制されるため、σ相の析出を遅らせることができます。

σ相間化の実用的検出方法

σ相の析出を実用的に検出するためには、衝撃試験が最も敏感な方法とされています。σ相は衝撃値を著しく下げるため、材料試験でこの相の存在を確認するための非常に敏感な指標となります。
主要な検出・評価方法

  • シャルピー衝撃試験:最も実用的で敏感
  • 光学顕微鏡観察:組織観察による直接的確認
  • 電子顕微鏡解析:詳細な形態・分布観察
  • X線回折:相の同定と定量
  • 硬度測定:間接的な評価指標

現場での品質管理では、定期的な衝撃試験によりσ相析出の早期発見が可能です。特に溶接部では、溶接金属と熱影響部の両方について評価することが重要です。

 

また、等価Cr量の計算により、σ相析出の傾向を事前に予測することも可能です。この計算値が高い場合は、より厳格な温度管理と冷却制御が必要となります。

σ相間化に関する最新研究動向と独自視点

近年の研究では、転位密度とσ相析出の定量的関係についての解明が進んでいます。従来の定性的な評価から、転位密度を定量的に測定し、σ相析出挙動への影響を数値的に評価する手法が開発されています。
興味深い発見として、σ相の析出は粒界拡散が律速過程となっていることが明らかになっています。これは、面心立方構造を有する金属の一般的な拡散機構と一致しており、粒界での元素拡散を制御することでσ相析出を抑制できる可能性を示唆しています。
独自の対策アプローチとして注目されているのは。

  1. 微量添加元素の活用
    • Ti、Nb等の微量添加による析出制御
    • 希土類元素の影響調査
  2. 加工履歴の最適化
    • 冷間加工率と析出の関係解明
    • 加工→熱処理のプロセス最適化
  3. 新しい急冷技術
    • レーザー冷却技術の応用
    • 部分的急冷による残留応力制御

また、**添加製造技術(3Dプリンティング)**における σ相析出の制御も新たな研究領域となっています。急速冷却・凝固により従来とは異なる相変態挙動を示すため、新しい制御手法の開発が期待されています。
参考)https://www.mdpi.com/2075-4701/11/7/1028/pdf

 

σ相間化の理解と制御は、高性能ステンレス鋼の実用化において極めて重要な課題であり、今後も材料科学と製造技術の両面からのアプローチが継続されると予想されます。