メッキが錆びるプロセスを理解することは、効果的な防錆対策の第一歩です。クロームメッキは外観の美しさと耐腐食性を兼ね備えた素材として知られていますが、その構造上、必然的に錆が発生しやすい特性を持っています。
メッキの基本構造は複数の金属層が重ねられる多層構造になっています。最初に素材(通常は鋼)に銅メッキを施し、その上にニッケルメッキを重ねます。そして最終表面にクロームメッキが施されます。この三層構造が、デザイン性と耐腐食性の両立を実現しているのです。しかし、表面のクロームメッキ層には微細な穴が必然的に存在します。
クロームメッキに存在する穴の大きさは、肉眼では見えないほど小さく、ミクロ単位で最大8マイクロメートルほどになることもあります。この穴を通じて、大気中の水分や酸素、塩分などが内部に侵入していきます。特に湿度の高い環境や塩害地域では、侵入速度が加速します。水分と酸素が接触した下地のニッケルメッキは、電気化学的に酸化反応を起こし、腐食生成物が発生するのです。
この腐食過程で注目すべき現象が「白錆」と「点錆」です。白錆は亜鉛メッキ特有の腐食生成物で、白色粉状の外観を呈します。一方、点錆(ピンホール錆)は、クロームメッキの穴から侵入した水がニッケルメッキを腐食させる際に発生する局所的な錆です。この点錆は初期段階では小さいのですが、時間とともに成長し、盛り上がるようにメッキ層全体を剥がしていきます。
金属加工産業で最も広く使用されている防錆技術が亜鉛メッキです。亜鉛メッキは1740年代にフランスで発明され、日本でも1906年の官営八幡製鉄所での実績から100年以上の歴史を持つ確実な防錆技術です。亜鉛メッキが長年支持されている理由は、その優れた防食メカニズムにあります。
亜鉛は鉄より電気化学的に卑な金属です。つまり、亜鉛と鉄が接触した場合、亜鉛の方がアノード酸化が優先して起こります。この現象を「犠牲防食作用」と呼びます。亜鉛がまず腐食することで、鉄素地を保護するのです。さらに、亜鉛の腐食生成物が鋼板表面に緻密な保護膜を形成するため、その後の腐食進行が著しく遅くなります。
亜鉛メッキの方式は主に「連続メッキ」と「バッチ式メッキ」に分類されます。連続メッキは鉄鋼メーカーで薄鋼板コイルに施されます。一方、バッチ式メッキは構造物に成形加工した後、高温で溶融した亜鉛浴に浸漬してメッキを施す方式です。特にバッチ式の溶融亜鉛メッキで形成される皮膜は複雑な層構造を持ちます。最下層がδ1層(デルタワン、鉄素地に最も近い)で鉄を7~11%含むZn-Fe合金層です。その外側にζ層(ツェータ)という鉄分を5~6%含む合金層が発達し、最外層にη層(イータ)という純亜鉛層が形成されます。
これらの層は互いに強固に金属結合しており、ハンドリングによる損傷や剥がれが少ないのが特徴です。溶融亜鉛メッキの耐用年数は、計算式(耐用年数=亜鉛付着量÷腐食速度×0.9)で推測でき、環境条件によって大きく左右されます。使用環境別では、農村地域で約15年、工業地域で約8年、塩害地域で約3~5年が目安とされています。
亜鉛メッキは優れた防食性能を備えていますが、亜鉛自体は非常に腐食しやすい金属です。そのため、亜鉛メッキのままでは表面に白錆という腐食生成物が容易に発生してしまいます。美観性と機能性を維持するため、亜鉛メッキ後の後処理として化成処理が必須になります。
従来の標準的な化成処理は、6価クロム化合物である無水クロム酸を主成分とした「クロメート処理」でした。クロメート皮膜は優れたバリア性、密着性、自己補修性を持ち、薄膜でも優れた耐食性を発揮します。コスト面でも安価で、亜鉛メッキ本来の外観を損なわない点が大きなメリットでした。
しかし環境規制の急速な進展により、状況が大きく変わりました。2006年以降、ELV規制(自動車に関する6価クロム使用禁止)やRoHS指令により、人体に有害な6価クロムの使用が規制されるようになったのです。このため、クロメートに代わる新しい化成処理技術の開発が急務となりました。
現在、国内の鉄鋼メーカーは「クロメートフリー化成処理」へ置き換えを進めています。主流は「3価クロム化成処理」で、3価クロム化合物を主成分とし、コバルト化合物を添加して耐食性を高めています。ただし、近年ではコバルト化合物もREACH規制の懸念物質として指定されたため、コバルトフリー化成処理も検討されています。
3価クロム化成皮膜には従来のクロメートと比較して課題もあります。特に摩擦係数が高くなるケースがあるため、ボルトやナットなどの締結部品では摩擦係数の規格化が必要になりました。海外では耐食性と摩擦係数調整のため、3価クロム化成皮膜の上にトップコート処理を施すのが一般的になっています。
環境規制の厳格化と製品の長期耐久性要求に対応するため、新しい防食皮膜技術が次々と開発されています。その中で注目されているのが「オンデマンド防錆皮膜」という革新的なコンセプトです。
従来の防食技術では、金属表面に被膜を形成して保護するのが基本ですが、被膜に傷が入ると防食効果が低下してしまいます。これに対し、高分子材料の分野で開発された技術が、補修剤をマイクロカプセルに内包した複合材料です。この技術は、外部からの欠陥が導入された場合にのみマイクロカプセルが崩壊し、溶出した補修剤が欠陥部を自動修復するというものです。この優れた概念がNature誌に掲載されたことで、防食分野でも研究が進められています。
オンデマンド防錆皮膜の原理では、防錆剤をマイクロカプセルなどのキャリアーに内包して皮膜中に分散させます。物理的または化学的な変化が生じた場合のみキャリアー内の防錆剤が放出されるため、亜鉛メッキ鋼板のみならず各種金属板のエンドオブライフ(寿命)を大幅に長期化させることができるのです。
また、ライフサイクルアセスメント(LCA)の観点からも新技術が検討されています。従来、めっき厚や化成皮膜厚を厚くすることで耐食性を高めてきましたが、これは亜鉛や皮膜成分の消費量が増大するため、LCAの観点では好ましくありません。新しい高性能化成処理や薄膜でも高耐食性を発揮する技術が求められており、各鉄鋼メーカーが開発競争を展開しています。
金属加工現場でのメッキ製品の錆対策は、予防と除去の両面から対応する必要があります。予防(防止)の実務的なアプローチとしては、クロームメッキにある目に見えない穴をケミカル保護皮膜剤で塞ぐ方法が最も推奨されています。
この方法は、メッキ用ケミカル保護皮膜剤をクロームメッキの穴に流し込み、固化・硬化させて全ての穴を埋めるというものです。メッキ皮膜の上からコーティングすることで、水やホコリの侵入を防ぎ、耐腐食性が飛躍的に向上します。メッキの保護皮膜剤による処理は、元々の外観を損なわず、美しい輝きを維持したまま高い防食性能を発揮させることができるのが特徴です。
一般的に見かけるメッキ用ワックスでの磨く方法は注意が必要です。多くのメッキ用ワックスには研磨剤が含まれており、磨けば磨くほどメッキが剥がれるリスクや傷がつく危険があります。特にクロームメッキは鏡面度が高く硬い金属であるため、小さな傷でも目立ってしまい、逆効果となってしまいます。
錆が既に発生した場合の除去には、クロームメッキに作用しない専用の錆取り剤を使用することが不可欠です。重要なのは、研磨剤が入っている金属磨き剤や酸性の錆取り剤は避けるということです。これらの製品はメッキの汚れや錆だけでなく、クロームメッキ自体も剥がしてしまい、メッキが黒く霞んでしまうからです。専用の錆取り剤を使用する際は、取れた錆をまき込む特殊なクロスを用いると、メッキ皮膜を傷つけることなく効果的に錆を除去できます。
実務現場では、メッキ専用の錆取り剤と保護皮膜剤のセット使用が標準的な対策になっています。先ず専用の錆取り剤でメッキの錆を丁寧に除去し、その後、ケミカル保護皮膜剤を塗布することで、メッキの輝きを取り戻しつつ、再発防止を図るのです。
保護皮膜剤の選択時には、原材料の安定性と耐久性が重要な判断基準になります。5年以上の研究開発を経て商品化されたメッキ用ケミカル保護皮膜剤は、一般的なワックスと異なり、メッキにある無数の穴を効果的に塞ぎ、耐食性を大幅に向上させることが実証されています。自動車部品、バイク部品、船舶設備など様々な分野で実績が報告されており、業界内での信頼も厚いものとなっています。