金属加工における「巣(孔)」とは、金属製品の内部や表面に生じる空洞や欠陥のことを指します。この現象は特に鋳造工程で頻繁に発生し、「鋳巣(ちゅうす)」や「いす」と呼ばれることもあります。これらの欠陥は製品の品質、強度、機能性に大きな影響を与えるため、金属加工業界では重要な課題となっています。
巣(孔)の種類は大きく分けて以下の2種類に分類されます。
これらの巣(孔)は、素材や鋳造方法によって発生頻度や特性が異なります。例えば、アルミニウム合金ダイカストでは、その高い生産性と軽量性から自動車部品などに広く使用されていますが、内部に鋳巣が発生しやすいという課題があります。
特に注意すべき点として、これらの欠陥は表面からは見えにくいことが多く、製品が実際に使用される段階になって初めて問題が顕在化することがあります。そのため、適切な検査と対策が不可欠です。
鋳造工程での巣(孔)の発生には様々な原因が考えられます。主な発生原因と各工程での影響について詳しく見ていきましょう。
溶解温度の問題
溶解温度が適切でない場合、巣(孔)の発生リスクが高まります。温度が高すぎると金属中のガスの溶解度が増加し、凝固時にガスが放出されてブローホールを形成します。逆に温度が低すぎると湯流れが悪くなり、充填不良による空洞が生じやすくなります。
鋳型設計と湯道の問題
鋳型の設計や湯道の配置が不適切な場合、以下の問題が発生します。
金属の凝固特性
金属の種類によって凝固時の収縮率が異なります。例えばアルミニウム合金は約6.6%の凝固収縮率を持ち、この収縮を適切に補償しないと引け巣が発生します。特に厚肉部や熱溜まりが形成される部分では注意が必要です。
ガス混入の問題
ダイカスト製法では、金型内に高速で溶湯を射出するため、空気を巻き込みやすく、ブローホールが発生しやすいという特徴があります。溶湯中に水素などのガスが溶解していると、凝固時に析出してブローホールを形成します。
砂型鋳造における特有の問題
砂型鋳造では、以下の要因が巣(孔)の発生に影響します。
実際の現場では、これらの要因が複合的に作用することが多く、一つの対策だけでは十分な効果が得られないことがあります。鋳造プロセス全体を見直し、各工程での適切な管理と対策が重要です。
金属加工における巣(孔)の検出は、製品品質を保証するために欠かせないプロセスです。効果的な検査方法を選択し、適切に実施することが重要です。以下に主な検査方法とその特徴を解説します。
検査の自動化と課題
現在、多くの企業では金属加工品の検査は人による「目視」で行われていますが、以下の課題があります。
これらの課題を解決するために、画像認識技術やAIを活用した検査の自動化が進んでいます。例えば、フォージビジョン株式会社のようなIT技術を活用した検査システムの導入が増えています。
品質保証の重要性
巣(孔)の検査は単なる不良品の排除だけでなく、以下の観点からも重要です。
検査結果を統計的に分析し、巣(孔)の発生パターンや原因を特定することで、鋳造条件の最適化や金型設計の改良などにフィードバックすることができます。このサイクルを回すことで、品質の継続的な改善が可能となります。
巣(孔)が発生した場合の対策方法は多岐にわたります。ここでは、代表的な対策方法とその効果について解説します。
含浸処理による対策
含浸処理(がんしん処理)は、鋳巣や焼結部品の隙間に樹脂を注入し、硬化させて不要な穴を塞ぐ処理です。この方法には以下のようなメリットがあります。
含浸処理の一般的な作業プロセス。
特に「真空加圧含浸法」は、真空装置内にワークを設置し、装置内を減圧して鋳孔から異物を除去した後、含浸剤を注入し圧縮空気で加圧することで、効果的に欠陥部分を充填できます。
含浸処理後の製品は以下のような性能向上が期待できます。
鋳造条件の最適化による対策
巣(孔)の発生を予防するための鋳造条件最適化には、以下の方法があります。
圧縮処理による対策
鋳巣低減圧縮処理(PRPC法)は、ダイカスト直後の余熱を利用して、鋳巣が多く発生する部位に軽度の圧縮荷重を負荷し、塑性変形により鋳巣を圧着や縮小する方法です。この方法には以下のメリットがあります。
最新技術による対策
巣(孔)の発生原因を特定するための最新技術として、例えば圧電式荷重センサー「PiezoBolt」を設置し計測することで、溶湯温度や金型温度の違いによる圧力の立ち上がりタイミングのズレが判明し、それが溶湯の流れ方に影響して内部のガスが抜けきれていないという鋳巣の原因を特定することができた事例があります。
このように、単に巣(孔)を埋めるだけでなく、その発生原因を科学的に分析し根本的な解決を目指すアプローチも重要です。
金属加工における巣(孔)対策は、従来の経験と勘に基づくアプローチから、データとデジタル技術を活用した科学的なアプローチへと進化しています。ここでは、最新のデジタル技術の活用方法と将来展望について解説します。
シミュレーション技術の活用
鋳造シミュレーションソフトウェアを活用することで、実際の鋳造を行う前に巣(孔)の発生リスクを予測し、設計段階で対策を講じることが可能になっています。
これらのシミュレーション技術を活用することで、試作回数の削減やリードタイムの短縮、歩留まりの向上など、大きなコスト削減効果が期待できます。
IoTセンサーによるリアルタイムモニタリング
鋳造工程にIoTセンサーを導入し、各種パラメータをリアルタイムでモニタリングすることで、巣(孔)の発生要因をデータベース化し、予防策を講じることができます。
例えば、前述の圧電式荷重センサー「PiezoBolt」を活用した事例では、溶湯温度や金型温度の違いによる圧力変化を検知し、鋳巣発生の原因特定に成功しています。
AIによる不良予測と品質管理
蓄積されたデータをAI(人工知能)で分析することで、巣(孔)発生のパターンや傾向を見出し、予測モデルを構築することができます。
これにより、熟練技術者の経験に頼らない、データドリブンな品質管理体制の構築が可能となります。
将来展望:スマートファクトリーと巣(孔)ゼロ生産
金属加工業界のデジタル化が進む中、将来的には以下のような展望が考えられます。
これらの技術革新により、従来は「ゼロにすることは難しい」とされてきた鋳造における巣(孔)問題に対し、大幅な改善や場合によってはゼロ化も視野に入ってくるでしょう。
しかし、これらの技術を導入するには初期投資や人材育成も必要です。自社の規模や生産品目、品質要求に応じた最適な技術選択とバランスの取れた投資計画が重要となります。
巣(孔)対策のデジタル化は、単なる不良率低減だけでなく、生産性向上やコスト削減、そして従業員の働き方改革にもつながる重要な取り組みです。今後も技術の進化に注目し、積極的に活用していくことが、金属加工業界の競争力強化につながるでしょう。