金属加工において「伸び」という言葉をよく耳にしますが、その正確な意味を理解している方は意外と少ないものです。伸びとは、引張試験において得られる材料特性を表す重要な指標の一つで、試験片が破断したときの「ひずみ」の値を指します。
伸び率の計算式は非常にシンプルです。
伸び(%)=(破断後の長さ - 元の長さ)÷ 元の長さ × 100
この値は材料の延性を直接的に表しており、伸び率が高い材料ほど塑性加工における加工量を大きく取ることができます。金属加工の現場では、この数値が高いほど曲げや成形加工において「くびれ」や「割れ」が発生しにくいという大きなメリットがあります。
材料の伸び特性を理解する上で重要なのは、一般的に強度(引張強さや降伏点)と伸びの関係は反比例するという点です。高強度の材料ほど伸びは小さく、低強度の材料ほど伸びが大きくなる傾向にあります。この特性を理解することで、用途に応じた材料選定が可能になります。
また、伸びには「全伸び」と「一様伸び」の2種類があることも知っておくべきポイントです。特に曲げや張出といった加工においては「一様伸び」の値が重要となります。一様伸びは、材料がくびれ始めるまでの伸びを指し、この値が高いほど均一な変形が期待できます。
伸び率を正確に測定するためには、適切な引張試験の実施が不可欠です。引張試験は、試験片を引張り機にセットし、徐々に力をかけて破断させる試験方法です。この試験から得られる「応力-ひずみ線図」は、材料の機械的特性を理解する上で非常に重要なデータとなります。
引張試験のプロセスで特に注意すべき点は以下のとおりです。
実際の測定では、破断した試験片を突き合わせて全長を測り、その値と元の標点距離との差を取ります。この差を元の標点距離で割り、100をかけることで伸び率(%)が算出されます。
伸び率測定のポイントとして、試験環境の温度管理も重要です。標準的な測定は20℃の環境で行うことがISO規格で定められていますが、実際の加工環境は様々です。温度変化による測定誤差を避けるため、試験環境の温度を記録しておくことをお勧めします。
伸び率は金属の成形性を直接的に左右する指標であり、様々な金属加工プロセスに大きな影響を与えます。特にプレス加工において、伸びの特性を理解することは加工品質の向上に直結します。
伸び率と成形性の関係は以下のように整理できます。
特に注目すべきは「n値」と呼ばれる加工硬化指数と伸び率の関係です。n値が大きい材料は加工硬化しやすく、局部的な変形を抑えて変形を一様化する性質を持ちます。この性質は、特に張出し成形や伸びフランジ成形において非常に有利に働きます。
材料別に伸び特性を見ると、軟鋼板は質別によるn値の変化が少ないため比較的安定した加工が可能です。一方、ステンレス鋼、アルミニウム、銅、黄銅などは材料の質別によってn値の変化が大きく、使用時には十分な注意が必要です。
理想的な成形加工を実現するためには、材料の伸び特性と加工方法の適合性を慎重に検討することが重要です。特に複雑な形状の部品を製造する際には、伸び率の高い材料を選定することで、割れやしわの発生を最小限に抑えることができます。
金属加工において、伸び(%)と加工硬化の関係を理解することは非常に重要です。加工硬化とは、「一度塑性変形させて、その後同じ向きの力を加えると、降伏点が上昇してつぎの塑性変形を起こすのに必要な力(抵抗=変形抵抗)が増すこと」を指します。
加工硬化のメカニズムを詳細に見ていくと、金属内部では塑性変形によって結晶格子の乱れや転位の増殖が生じています。これにより、材料は硬くなる一方で伸びが減少していきます。応力-ひずみ線図で表すと、塑性変形領域において荷重の増加に伴って材料が硬化していく様子が確認できます。
加工硬化と伸び率の関係は冷間加工率と共に変化します。
この加工硬化と伸びの関係は、加工プロセスによって異なる影響をもたらします。例えば、絞り加工において再絞りを行う場合、加工硬化による伸びの減少は好ましくありません。しかし、張出し成形や伸びフランジ成形では、加工硬化によって局部的な伸びが抑制され、成形限界が向上するという利点があります。
実際の製造現場では、この加工硬化と伸びの関係を踏まえた工程設計が求められます。例えば、複数工程の絞り加工を行う場合は、工程間での中間焼鈍を行うことで加工硬化による伸び率の低下を回復させることが一般的です。これにより、材料の延性を回復させ、次工程での成形性を確保します。
金属加工において見落とされがちな要素として、温度変化による材料の伸縮があります。金属は熱すると伸び、冷えると縮むという基本的な性質を持っていますが、この現象が寸法精度に与える影響は驚くほど大きいものです。
例えば、100mmの金属棒が10℃温度上昇した場合の伸び量は以下のようになります。
これを見ると、わずか10℃の温度変化でも厳しい寸法公差を簡単に外してしまう可能性があることがわかります。特にアルミニウムは鉄の約2倍の熱膨張率を持つため、温度管理がより重要になります。
伸び特性と温度変化を考慮した加工精度を確保するためのポイントは以下のとおりです。
特に注目すべきは、汎用機でのドライカット加工時の温度上昇です。クーラントを使わない場合、材料温度は100℃以上に達することもあり、これによる寸法変化は無視できません。仕上げ加工前には必ずクーラントで材料を冷却し、室温に戻してから加工することが重要です。
NC機を使用する場合でも、連続加工によるクーラント自体の温度上昇に注意が必要です。クーラントが温まってきたら、製品を室温に馴染ませてから測定し、公差内に収まることを確認するプロセスが欠かせません。
実際の製造現場では、標準温度(20℃)にこだわらず、納品先の測定環境や使用環境を考慮した柔軟な対応が求められます。図面通りの寸法だけでなく、顧客が実際に使用する環境での製品性能を考慮した加工が、真のプロフェッショナルの技と言えるでしょう。
金属材料の熱膨張に関する詳細な学術情報(日本塑性加工学会論文)
温度変化による寸法変化を正確に計算するための熱膨張係数データと理論式については、以下のサイトが参考になります。
工業材料の線膨張係数データ集(THK技術資料)
伸び率と材料特性の関係についてさらに深く理解するには、金属の結晶構造から考える視点も重要です。面心立方格子(FCC)構造を持つアルミニウムや銅は一般的に伸び率が高く、体心立方格子(BCC)構造の鉄系材料は伸び率が比較的低いという特徴があります。
これは結晶構造内のすべり系の数に関係しており、FCCは12のすべり系を持つのに対し、BCCは48のすべり系を持ちますが、臨界せん断応力が高いため、塑性変形のしやすさという観点では異なる特性を示します。
材料選定の際には、単に伸び率の大小だけでなく、結晶構造や合金元素の影響も考慮することで、より適切な材料選択が可能になります。特に複合的な応力が加わる複雑な形状の部品製造においては、材料の伸び特性を多角的に評価することが重要です。
最終的に、金属加工における「伸び」の理解は、単なる材料選定の指標に留まらず、加工方法の選択、工程設計、品質管理に至るまで、製造プロセス全体に影響を与える重要な要素です。適切な伸び特性を持つ材料の選定と、その特性を最大限に活かす加工技術の追求が、高品質な金属製品の製造には不可欠と言えるでしょう。