排出係数とは、「活動量当たりの排出量」を示す数値であり、CO2排出係数ともいわれています。金属加工業における排出量の算定においては欠かせない指標です。簡単に言えば、特定の活動や工程がどれだけの温室効果ガスを排出するかを数値化したものです。
排出量の算定は基本的に次の式で計算されます。
温室効果ガス(GHG)排出量 = 活動量 × 排出係数
ここでいう活動量とは、金属加工における生産量、電力・燃料使用量、原材料使用量などの指標を指します。例えば、金属溶解炉の稼働時間、使用した燃料の量、加工した金属の重量などが活動量として計測されます。
排出係数の単位としては、以下のようなものが一般的です。
金属加工業では、特に高温処理や溶解工程でのエネルギー消費が多いため、正確な排出係数の選択と適用が重要となります。環境省や経済産業省が公表する排出係数一覧表を活用することで、自社の排出量を適切に算定することができます。
金属加工業で使用される排出係数には、大きく分けて以下のような種類があります。
排出係数の選択において注意すべき点は、使用目的に応じた適切な係数を選ぶことです。例えば、法定報告の場合は環境省が定めた公式の排出係数を使用する必要がありますが、自社の削減目標管理などの内部利用では、より詳細な独自の排出係数を使用することも可能です。
金属溶解炉の種類別排出係数の例。
溶解炉の種類 | 燃料の種類 | 排出係数(tCO2/GJ) |
---|---|---|
銅・鉛・亜鉛以外の金属溶解炉 | 固体燃料 | 0.0906 |
銅・鉛・亜鉛用金属溶解炉 | 固体燃料 | 0.0898 |
精製用・鋳造用溶解炉 | 気体燃料 | 0.0498 |
環境省:温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度における排出係数一覧
金属加工業における製造プロセスは多岐にわたり、それぞれのプロセスで使用される設備や材料によって排出係数が異なります。ここでは、主要な製造プロセスごとの排出係数の特徴と計算例を見ていきましょう。
溶解工程の排出係数と計算例
金属溶解は、最もエネルギー消費量が多く、CO2排出量も大きい工程の一つです。例えば、アルミニウム溶解炉で1トンのアルミニウムを溶解する場合の計算例を考えてみましょう。
・活動量:アルミニウム溶解 1トン
・使用燃料:天然ガス 30GJ
・天然ガスの排出係数:0.0498 tCO2/GJ
・CO2排出量 = 30GJ × 0.0498 tCO2/GJ = 1.494 tCO2
熱処理工程の排出係数
金属の熱処理(焼入れ、焼戻し、焼なましなど)においても、高温の炉を使用するため、相当量のエネルギーを消費します。熱処理炉の燃料種別や処理温度によって排出係数は変わってきます。
・活動量:鋼材熱処理 500kg
・使用電力:200kWh
・電力の基礎排出係数:0.000470 tCO2/kWh(電力会社による)
・CO2排出量 = 200kWh × 0.000470 tCO2/kWh = 0.094 tCO2
機械加工工程の排出係数
切削、研削、プレス加工などの機械加工工程では、主に電力による排出が中心となります。加工機械の種類、加工時間、材料の硬度などによってエネルギー消費量が変わるため、精密な排出量算定のためには、個別の機械ごとの電力消費量を測定することが理想的です。
・活動量:CNC加工機稼働 8時間
・平均電力消費:15kW
・総電力消費:15kW × 8時間 = 120kWh
・電力の調整後排出係数:0.000435 tCO2/kWh
・CO2排出量 = 120kWh × 0.000435 tCO2/kWh = 0.0522 tCO2
これらの計算例からわかるように、金属加工業では工程によって排出量が大きく異なります。特に高温処理を伴う溶解や熱処理工程では、排出係数の選択と活動量の正確な測定が排出量算定の精度に大きく影響します。
金属溶解炉や熱処理設備は、金属加工業において最もエネルギー消費量が多く、CO2排出量の大部分を占める設備です。これらの設備における排出係数の実態と、排出量を最適化するための方法について詳しく見ていきましょう。
金属溶解炉の排出係数の実態
金属溶解炉の排出係数は、溶解する金属の種類、炉の種類、使用燃料によって大きく異なります。例えば、アルミニウムや銅など比較的融点の低い非鉄金属と、鉄鋼のような高融点金属では必要なエネルギー量が異なります。
金属溶解炉の種類別CO2排出特性。
金属溶解における排出係数の最適化のポイントは、以下の3つです。
熱処理における排出係数の実態
熱処理工程では、処理温度、保持時間、冷却方法などによってエネルギー消費量が変わります。特に、急速加熱や長時間の高温保持を必要とする処理では、排出量が増加します。
熱処理設備の排出量最適化のためには。
一般財団法人省エネルギーセンター:金属溶解炉の省エネルギー対策ハンドブック
実際の現場では、溶解炉や熱処理設備の運転条件を最適化することで、同じ生産量でもCO2排出量を10〜30%削減できた事例も報告されています。これは排出係数そのものを下げるというよりも、活動量(燃料消費量)を減らすことで総排出量を削減する方法です。
金属加工業におけるカーボンニュートラル達成には、排出係数を活用した戦略的なアプローチが不可欠です。ここでは、具体的な取り組み方法と成功事例を紹介します。
1. 排出量の可視化と基準値の設定
まずは現状の排出量を正確に把握することが重要です。工程別、設備別に活動量を測定し、適切な排出係数を掛け合わせて排出量を算出します。これにより、どの工程や設備からの排出が多いかを特定し、優先的に対策すべき領域を明確にできます。
排出量可視化のステップ。
2. 低排出係数技術への移行
排出係数が低い技術や燃料への移行は、排出量削減の効果的な方法です。金属加工業では以下のような対策が有効です。
例えば、従来の重油炉から天然ガス炉への転換により、排出係数を約25%削減できるケースもあります。また、一部の金属加工企業では、太陽光発電設備の導入や電力小売事業者の切り替えにより、電力由来の排出係数を大幅に下げることに成功しています。
3. 排出係数データの活用とサプライチェーン連携
金属加工業は、多くの産業のサプライチェーンの一部を担っています。最終製品メーカーからのCO2排出量削減要請に応えるためには、自社の排出係数データを正確に把握し、取引先に提供できる体制が必要です。
サプライチェーン連携のポイント。
4. 排出量取引や炭素クレジットの活用
技術的に排出削減が難しい工程については、排出量取引制度や炭素クレジットを活用することも一つの戦略です。自社で削減できない分を、他の場所での削減や吸収によってオフセットする方法です。
5. 将来に向けた技術開発と投資
金属加工業におけるカーボンニュートラルの実現には、革新的な技術開発も重要です。低炭素・脱炭素技術への投資は、将来的な競争力強化にもつながります。
これらの戦略を組み合わせることで、金属加工業においても排出係数の低減とカーボンニュートラルへの道筋が見えてきます。重要なのは、自社の排出特性を正確に把握し、短期・中期・長期の視点で計画的に取り組むことです。