目視検査をいくら繰り返しても、金属表面の有機汚染は「見えない」ため不良品の出荷を止められません。
tof-sims分析(飛行時間型二次イオン質量分析法:Time-of-Flight Secondary Ion Mass Spectrometry)は、固体試料の表面にパルス状の一次イオンビームを照射し、そこから飛び出す二次イオンが検出器に到達するまでの「飛行時間」の差を利用して質量を識別する表面分析手法です。質量が軽いイオンほど早く到達し、重いイオンほど遅く到達するという物理法則を測定の根拠にしています。
この手法が際立っているのは、その情報深さがわずか1~2nmという点です。わかりやすく言えば、金属原子が縦に3~6個並ぶ程度の薄さ——名刺1枚の厚さ(約0.2mm)を10万分の1にしたスケールの世界の情報を取り出せます。これがtof-sims分析の最大の特徴です。
一次イオンの照射量は1cm²あたり10¹²個以下に抑えられています。シリコン表面の原子数は同面積で10¹⁵個あるため、試料表面をほぼ破壊せずに分子状態を保ったままイオン化できます。つまり「試料をほぼ無傷のまま、表面1分子層の化学情報を取り出す」という、他の手法には真似のできない芸当を実現しています。
検出できる元素・分子の範囲も非常に広いです。水素(H)からウラン(U)まで全元素に対応し、さらに炭素・水素・窒素・酸素などからなる有機分子も質量スペクトルとして検出できます。質量分解能(m/Δm)は10,000以上に達することもあり、ミリmassオーダーの精密質量から有機化合物の分子式を特定することも可能です。
一言で整理すれば、「表面の原子1層分の化学情報を、元素・有機物問わず一度に引き出せる」のがtof-sims分析です。
参考:tof-sims分析の原理・特徴・仕様の詳細はこちら(一般財団法人 材料科学技術振興財団 MSTによる技術解説)
https://www.mst.or.jp/method/tabid/128/Default.aspx
金属加工の現場で表面分析を依頼するとき、「tof-sims分析」「XPS(X線光電子分光法)」「AES(オージェ電子分光法)」の3種類が候補に挙がることが多いです。これらは似ているようで、得意とする情報がまったく異なります。
まずXPSは、元素組成と化学結合状態(酸化状態など)を定量的に評価するのに優れています。情報深さはtof-sims分析より少し深い5~6nmで、有機物か無機物かの大まかな識別も可能ですが、有機化合物の詳細な分子構造特定は苦手です。
AESは電子線を使うため微小領域(サブμmオーダー)を狙え、深さ方向の元素分布(デプスプロファイル)分析に強みを持ちます。ただし絶縁物の測定が難しく、定量精度もXPSより劣ります。
一方、tof-sims分析の最大の強みは「有機化合物の分子構造情報」を最表面(1~2nm)から引き出せることです。XPSやAESでは「有機物が存在する」という程度しか判断できない汚染物も、tof-sims分析なら「シロキサン(シリコーン系汚染)」「ステアリン酸アミド(潤滑剤成分)」といった分子レベルの同定まで踏み込めます。これは使えそうです。
| 分析手法 | 情報深さ | 有機物の分子同定 | 定量性 | 特に向いている用途 |
|---|---|---|---|---|
| tof-sims分析 | 1~2nm | ◎(分子種まで特定可) | △(難しい) | 有機汚染物の特定、最表面の分子情報 |
| XPS | 5~6nm | △(元素・化学結合状態まで) | ○ | 元素定量、化学結合状態評価 |
| AES | 数nm | ✕ | △ | 微小領域の元素分布、深さ方向元素分析 |
ただし、tof-sims分析は「定量性が得にくい」という弱点があります。検出感度が物質ごとに大きく異なるため、「何がどのくらい存在するか」を正確に数値化することが難しいのです。定量評価が