炭酸ガスと二酸化炭素は、どちらも化学式CO₂で表される同一の化学物質です。学術的には「二酸化炭素」「Carbon Dioxide」といい、CO₂の化学記号で表されます。一方、「炭酸ガス」は日本での俗称として広く使われており、特に気体状態のものを一般的に炭酸ガスと呼んでいます。
無色無臭の気体である二酸化炭素は、炭素原子一つと酸素原子二つが結合した分子構造を持っています。常温常圧では気体として存在し、水に溶解すると弱酸性を示す特性があります。この基本的な物理化学的性質は、炭酸ガスと二酸化炭素という呼び方に関係なく同一です。
参考)https://www.tyz.co.jp/ace/034.html
金属加工従事者にとって重要なのは、この物質が不燃性でありながら燃焼を妨げる効果を持つことです。また、空気より約1.5倍重いため、作業現場では十分な換気が必要であり、液体から気体に変化する際に約500倍の容積に膨張する特性があります。
産業用途における炭酸ガスと二酸化炭素の違いは、主に純度規格と品質基準に現れます。工業用液化炭酸ガスの標準規格では、純度99.9%以上、露点-50℃以下、臭気なしという基準が設けられています。これに対し、超高純度炭酸ガス(ファイブナイン)では99.999%以上、高純度炭酸ガス(フォーナイン)では99.99%以上の純度が要求されます。
医療用炭酸ガスの場合、日本薬局方に収載された「二酸化炭素」による規格が適用され、純度99.5%以上が基準となっています。食品添加物用炭酸ガスでは、純度99.5%以上に加えて、露点0.005vol%以下、油分0.5ppm以下、全硫黄分0.03ppm以下という厳格な基準が設定されています。
参考)二酸化炭素 carbon dioxide - サイサン 医療…
金属加工業界では、使用目的に応じて適切な純度の炭酸ガスを選択することが重要です。例えば、レーザー切断やアニーリングなど高温での酸化を防ぐプロセスでは高純度が必要ですが、ブランケット用途では95-98%の純度で十分な場合があります。
参考)産業用ガスの純度と品質の違い - 重要な理由 - アトラスコ…
金属加工における炭酸ガス溶接(CO₂溶接)は、シールドガスとして二酸化炭素を使用するアーク溶接の代表的な手法です。この溶接法では、炭酸ガスをシールドガスとして使用することで、溶融金属が大気中の酸素や窒素と反応することを防ぎます。
炭酸ガス溶接の特徴として、アルゴンガスなどの不活性ガスと比較して安価でありながら、深い溶け込みを得ることができる点が挙げられます。炭酸ガスは活性ガスであるため、アークと化学反応を起こし、この反応によってアークが細くなり熱エネルギーが集中して深く溶け込む効果が生まれます。
参考)炭酸ガスアーク溶接とは?【3分でわかる】向いている金属もご紹…
一方で、炭酸ガス溶接にはスパッターの発生が多いという短所があります。また、二酸化炭素と反応してしまう金属、特にアルミニウムなどの非鉄金属には適用できません。これらの特性から、炭酸ガス溶接は主に軟鋼や低炭素鋼などの鉄系材料の溶接に用いられています。
参考)CO2溶接・MAG溶接・スポット溶接|株式会社かねよし
近年の金属加工技術において、炭酸ガスを利用した革新的な冷却システムが注目されています。CO₂スノーを用いたドライ切削加工では、液化炭酸ガスを特殊なノズルから放射することで、従来の水溶性切削油やミストに代わる冷却・潤滑・洗浄技術を実現しています。このシステムでは、CO₂スノーが切削加工中の被削材と工具を冷却し、切りくずを氷の結晶によるブラストで除去して潤滑を促進します。
CO₂レーザー加工技術では、二酸化炭素ガスを使用して約10.6μmの波長を持つ赤外線レーザーを発生させます。この技術は材料に熱を加えることで加工するため、金属、木材、樹脂など幅広い材料に適用可能です。ファイバーレーザーと比較して、CO₂レーザーは厚板の切断や非金属材料の加工に優れた性能を発揮します。
参考)ファイバーレーザー加工とCO2レーザー加工との違いとは?
工業炉における二酸化炭素削減も重要な課題となっており、金属加工業界全体で脱炭素化への取り組みが進められています。工業炉からのCO₂排出量は我が国の排出量全体の13.5%を占めるため、カーボンニュートラル実現に向けた技術革新が求められています。
参考)https://green-innovation.nedo.go.jp/article/thermal/
工業用炭酸ガスの製造方法には複数のアプローチがあります。最も一般的な方法は化学反応による製造で、石灰石や炭酸塩などの炭素を含む試薬と酸を反応させて炭酸ガスを発生させます。また、炭化水素に熱を加えて反応させる熱分解によっても二酸化炭素を製造することができます。
実際の産業現場では、石油化学プラントや製鉄所から発生する低純度の粗炭酸ガス(副生ガス)を精製して、高純度の炭酸ガスを製造する方法が広く採用されています。この精製プロセスを経て製造された高純度炭酸ガスが、液化炭酸ガスやドライアイス製品として供給されます。
参考)産業用ガス 炭酸ガス (CO2)・液化炭酸ガス
高純度炭酸ガスは、空気中に存在する二酸化炭素濃度がごくわずかであるため、一般的には空気分離による製造は行われません。代わりに、工業プロセスの副産物として発生する炭酸ガスを回収・精製することで、効率的な製造が実現されています。日本では高圧ガス保安法により、二酸化炭素(液化炭酸ガス)のボンベの色は緑色と定められており、これが産業現場での識別基準となっています。
参考)二酸化炭素 - Wikipedia
日本冷凍空調学会による炭酸ガスの定義と二酸化炭素との関係について詳しい説明
環境再生保全機構による二酸化炭素の環境への影響と特性に関する基礎情報
炭酸ガスアーク溶接の詳細な技術解説と適用金属に関する専門情報