材料定数Cを文献値のまま使うと、き裂寿命予測が10倍以上ずれて設備が突然止まります。
金属部品に繰り返し荷重がかかると、目に見えないほど小さなき裂が少しずつ進んでいきます。パリス則とは、このき裂の進展速度を定量的に表した式で、1963年にP.C. Parisらが提唱しました。式の形はシンプルで、次のように表されます。
da/dN = C(ΔK)m
da:き裂長さの増分(µm)/dN:応力繰り返し数の増分(サイクル)
ΔK:応力拡大係数範囲(MPa√m)/C・m:材料定数
「da/dN」は荷重1サイクルあたりにき裂が何マイクロメートル進むか、を表す「き裂進展速度」です。単位は たとえばda/dN = 0.1 µm/cycle であれば、1万回の繰り返し荷重でき裂が1mm伸びる計算になります。
応力拡大係数範囲ΔKは、繰り返し荷重による応力拡大係数の最大値Kmaxと最小値Kminの差(ΔK = Kmax − Kmin)で定義されます。ΔKが大きいほど、き裂先端にかかる応力の振れ幅が大きく、き裂はどんどん速く進みます。これが基本です。
この式を両対数グラフで描くと、da/dNとΔKが直線関係になる「第2領域(Region B)」が現れます。パリス則はその直線の傾き(m)と切片(C)を表した式です。つまり〇〇ということですね。この直線関係が成立する範囲内でのみ、パリス則は信頼性の高い予測ツールになります。
材料定数CとmはJIS鋼種や熱処理条件、試験時の応力比Rによって大きく変わります。これが原点です。文献から拾ってきた値をそのまま使うのは危険で、それが冒頭で「寿命予測が10倍以上ずれる」と言った理由です。
鋼材の場合、指数mはおおむね2〜4の範囲に収まります。金属材料全体でいえば2〜8程度が多いとされています。一方、セラミック材料ではm = 15〜50にもなることがあり、その違いの大きさが分かります。これは意外ですね。
Cの値は使用する単位系によっても大幅に変わります。ΔKの単位をMPa√mで取る場合と、ksi√inで取る場合では、Cの数値が1桁以上変わります。設計計算で文献値を引用するとき、単位系の確認は必須です。単位系の確認が条件です。
また、応力比R(= Kmin/Kmax = σmin/σmax)が変わるとCもmも変化します。実際の荷重条件に合った応力比で取得した材料定数でなければ、たとえ同じ鋼材でも予測精度は落ちます。下表に代表的な金属材料の材料定数の目安を示します(参考値であり、実際の設計には試験値の取得を推奨)。
| 材料 | m の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 構造用鋼(SS400、SM490等) | 2.5〜3.5 | 溶接継手は条件で大きく変化 |
| 高強度鋼(HT80等) | 2.5〜4.0 | m ≈ 2.73の報告例あり |
| アルミニウム合金(A2024等) | 3.0〜4.5 | 疲労限度がなく要注意 |
| チタン合金(工業用純チタン) | 3.0〜4.0 | 異方性の影響を受ける |
さらに重要なのが、同一鋼種でも試験片ロットや微細組織の違いで、CとmのばらつきによってNの予測値が数倍〜数十倍ずれる場合があることです。疲労試験の性質上、データのばらつきが大きく、公開データは「平均的な傾向」として捉えるのが原則です。
参考:溶接情報センターによるパリス則の説明と材料定数の扱い方
https://www-it.jwes.or.jp/qa/details.jsp?pg_no=0040020210
パリス則は「どんな状況でも使える万能式」ではありません。da/dN対ΔKの両対数グラフを見ると、き裂進展挙動は大きく3つの領域に分かれています。このことを理解せずに式を当てはめると、見当違いな予測になります。
ここで現場にとって特に重要なのが「ΔKth(下限界応力拡大係数範囲)」の概念です。高い応力比(R ≥ 0.5)を想定した設計上の参考値として、鋼(オーステナイト系ステンレス鋼を含む)でΔKth = 2.0 MPa√m、アルミニウム合金でΔKth = 0.7 MPa√m という値が使われます。有限要素解析(FEM)でΔKを算出し、この値より小さければ「き裂は進展しない」と判断できます。つまりΔKthとの比較が第一判断です。
応力比Rが低い場合(R < 0)、ΔKthはより大きな値となります。上記の値を使えば安全側の評価になるという点は覚えておけばOKです。
参考:き裂進展速度・パリス則・ΔKthの詳細解説(CAEと強度計算の森)
https://www.fem-vandv.net/a22.html
パリス則の実務的な使い方を、具体的な計算手順で確認しましょう。初期き裂長さa1から臨界き裂長さa2まで進むのに必要な繰り返し荷重回数Nを求めるのが目標です。これが寿命予測の基本です。
まず、パリス則をda/dN形式から積分形式に書き直します。
da/dN = C(ΔK)m → dN = da / C(ΔK)m
ΔK = Δσ · F(a) · √(πa) (Δσ:公称応力レンジ、F(a):形状補正係数)
N = ∫a₁→a₂ da / {C · Δσ · F(a) · √(πa)m}
この積分は形状補正係数F(a)が定数でない限り解析的に解けないため、数値積分で解くのが実際の手順です。
【数値例:板状部材の中央貫通き裂】
ここでは最もシンプルなモデル(F(a) = 1.0と仮定)で計算の流れを示します。
実際の計算では上記の積分を数値的に進めます。Excelや専用ソフト(例:FRANC3D、NASGROなど)を使うと、き裂がa1からa2に達するまでの繰り返し回数Nが求められます。この「繰り返し回数N」が次の点検・補修タイミングを決める根拠になります。これは使えそうです。
注意点として、初期き裂長さa1の設定誤差がNに対して非常に大きな影響を与えます。mが3程度の場合、a1を2倍に見誤ると寿命Nの予測値が数倍変わります。超音波探傷(UT)や磁粉探傷(MT)による初期き裂長さの精度確保が前提条件です。初期き裂長さの精度が条件です。
参考:き裂進展量の計算手順と数値積分の方法(CAEと強度計算の森)
https://www.fem-vandv.net/a23.html
「自社設備に使われている鋼材のC・mの値が見つからない」という悩みは、金属加工の現場で頻繁に起こります。材料定数の主な取得ルートを整理します。
① NIMSデータベースを活用する
国立研究開発法人「物質・材料研究機構(NIMS)」は、日本最大規模の金属材料疲労データベースを無料公開しています。ユーザー登録すれば「MatNavi」から鉄鋼・アルミ・チタンなど幅広い材料の疲労特性データを取得できます。S-N曲線データからき裂進展データまで揃っており、JIS鋼種を含む多くの鋼材が網羅されています。まずここを確認するのが基本です。
② 文献・規格値の活用(IIW規格・JSSC指針)
溶接構造物のき裂健全性評価には、IIW(国際溶接学会)の「Recommendations for Fatigue Design of Welded Joints and Components」が国際標準として広く使われています。日本では(社)日本鋼構造協会の「鋼構造物の疲労設計指針・同解説」(技報堂出版)がJIS鋼の溶接継手に対するき裂進展特性データをまとめており、実務参照の基本文献です。
③ 疲労き裂進展試験(ASTM E647準拠)
文献値だけでは足りない場合、自社素材または使用部材から試験片を切り出し、ASTM E647に準拠した疲労き裂進展試験を実施します。試験では「CT(Compact Tension)試験片」を用い、き裂長さをCODゲージやDC電位差法などで計測しながら、da/dN対ΔKの関係を両対数プロットして、CとmをJIS回帰分析で求めます。試験費用は機関・条件によって異なりますが、試験受託機関(大学・公設試)の利用も有効です。
これだけ覚えておけばOKです。「文献値 → NIMS確認 → 規格値参照 → 試験取得」という優先順位で進めましょう。SF45など旧JIS鋼種の場合でも、NIMSのデータベースや溶接情報センターのQ&Aに参考情報が掲載されている場合があります。
参考:OKWAVEでの実務者によるパリス則材料定数の取得相談事例
https://okbizcs.okwave.jp/mori.nc-net/qa/q9467812.html
パリス則は強力なツールですが、適用に限界があります。これを知らずに計算を信じすぎると、設備管理上の大きなリスクになります。意外ですね。
❶ 変動荷重下ではそのままでは使えない
パリス則は「一定振幅荷重」を前提とした式です。プレス機や鍛造設備のように荷重振幅が毎サイクル変わる「変動荷重」環境では、荷重の「過荷重効果(Overload Retardation)」によりき裂進展が一時的に遅くなる現象が起きます。この場合はレインフロー法などで荷重を統計処理し、等価応力振幅に換算した上でパリス則を適用するか、修正Miner則と組み合わせる必要があります。
❷ 腐食環境では材料定数が大幅に変わる
海水・工場排気・酸性冷却液などの腐食環境に金属部品が曝されると、同一材料でもCの値が大気中の数倍〜数十倍に増加することが報告されています。機械が損傷を受ける8割は金属疲労に起因すると言われる中、腐食疲労のリスクを見落とすのは非常に危険です。腐食環境での使用は必須の注意事項です。
❸ アルミニウム合金には疲労限度がない
鋼材には「疲労限度(この応力振幅以下なら理論上き裂は進まない)」が存在しますが、アルミニウム合金にはこれがありません。下限界ΔKth以下でも非常にゆっくりとき裂が進展し続ける可能性があります。航空機部材や輸送機器でアルミを使う場合は、使用サイクル数と一緒に管理する設計が必要です。アルミ製部品の管理は使用回数との組み合わせが原則です。
❹ 第1段階のき裂発生には適用できない
パリス則はき裂が「ある程度成長した後の安定進展域(第2領域)」にしか使えません。き裂がゼロから発生するまでの「き裂発生寿命」はS-N線図ベースの疲労評価が担います。き裂発生段階と進展段階を混同して計算すると、全体の疲労寿命を大幅に過小評価または過大評価する原因になります。き裂発生と進展の区別が条件です。
参考:金属疲労き裂進展の3段階とパリス則の解説(イプロス製造業ポータル)
https://marketing.ipros.jp/contents/basics/basic-fracture-engineering8/