コイニング加工は「硬貨を作る」という意味から由来し、金属加工において極めて正確な曲げ精度を実現する技術です。この工法では、パンチ先端が材料に食い込むまで強力な圧力を加え、上下の金型に材料を密着させます。
参考)金属加工技術 曲げ加工について「代表的な3種類の曲げ加工」|…
コイニング加工の最大の特徴は、**±0.25°(±15分)**という極めて高い角度精度を実現することです。これは、パンチ先端が材料に食い込むことでスプリングバック現象が排除され、金型角度がそのまま製品角度となるためです。
参考)コイニングとは?
加工時の内R(内側半径)は金型Rに近い値となり、極小の曲げRを得ることが可能です。例えば、SUS430 t0.8mmの場合、コイニングでは内R0.25~0.26mm、外R1.10~1.14mmという精密な寸法が得られます。
参考)曲げ加工 コイニングとボトミングの違いって何?
しかし、この高精度を実現するためにはボトミングの5~8倍の加圧力が必要となり、設備への負荷と金型の摩耗が課題となります。また、パンチ先端が材料に食い込むため、金型の加工状態が製品品質に直接影響します。
参考)1−2)V曲げ加工の種類について
ボトミング加工は「底をつける」という意味で、製造現場では「底突き」「底押し」と呼ばれる最も一般的な曲げ工法です。この方法では、材料が下型のV溝に沿って曲げられ、比較的小さな加圧力で良好な精度を得ることができます。
参考)ボトミングとは?
ボトミングの角度精度は**±0.5°(±30分)**で、コイニングほど高精度ではありませんが、多くの板金製品で十分な精度を提供します。加工圧力がコイニングの約1/5~1/8と小さいため、設備への負担が軽減され、金型の寿命も延長されます。
この工法では、スプリングバック量を考慮して余分に曲げ込む方法が一般的で、90°曲げの標準ダイのV角度が86°、88°、90°等のバリエーションがあるのはそのためです。材料によってはスプリングバック量が大きく、同じ材料でも抜く場所によって最大1度程度の角度変動が生じる場合があります。
ボトミング加工における内Rは、コイニングより大きくなります。SUS430 t0.8mmの場合、内R0.55~0.58mm、外R1.22~1.25mmとなり、設計時にはこの寸法差を考慮する必要があります。
技術選択において最も重要な要素は要求精度と加工コストのバランスです。コイニングは極高精度が要求される航空宇宙部品や精密機械部品、医療機器部品などの特殊用途に適用されます。一方、ボトミングは一般的な筐体や建築金物など、汎用的な板金製品の大部分で採用されています。
設備能力の観点では、コイニングには大型のプレスブレーキが必要で、板厚2mmを限界目安とする場合が多くなります。これは、加圧力がSPCC1.6mmで1mあたり約75トン、2mmで約115トンに達するためです。
生産性の面では、ボトミングが圧倒的に有利です。加工時間が短く、金型交換頻度も少ないため、大量生産に適しています。コイニングは角度調整がシビアで、長尺物の加工が困難という制約もあります。
近年の機械進歩により、ボトミングでも十分な精度が得られるようになり、コイニングの使用頻度は減少傾向にあります。ただし、極小内Rや超高精度が必要な特殊用途では、依然として重要な技術です。
材料特性に与える影響において、両工法には顕著な差異があります。コイニング加工では、強力な圧縮応力により材料の内部組織が緻密化し、硬度上昇と引張強度向上が期待できます。これは、パンチ先端の食い込みによって材料表面に圧縮残留応力が付与されるためです。
参考)プレス加工:圧縮加工(冷間鍛造‐コイニング・ポンチング・刻印…
一方、ボトミング加工では材料への負荷が小さいため、組織変化は最小限に抑えられます。これにより、材料本来の靭性や延性を維持できる利点があります。特に、ステンレス材のように硬化しやすい材料では、過度な加工硬化を避けられるメリットがあります。
表面品質の観点では、コイニングでパンチ先端が材料に食い込むため、曲げ内側に金型の痕跡が転写されます。高精度な金型を使用することで、逆にこの特性を活用した装飾効果や機能性付与も可能です。ボトミングでは表面への影響が少なく、後処理工程での仕上げが容易になります。
疲労特性への影響も重要な検討事項です。コイニングによる圧縮残留応力は疲労寿命の向上に寄与する場合がありますが、過度な加工により応力集中部が形成される可能性も考慮する必要があります。
品質管理において、両工法では異なるアプローチが求められます。コイニング加工では、角度精度の厳格な管理が最重要項目となります。±15分という高精度を維持するため、金型の摩耗状態を定期的に測定し、パンチ先端の状態を顕微鏡で確認する必要があります。
加工圧力の監視も重要で、設定圧力からの逸脱は即座に品質問題に直結します。圧力センサーを用いたリアルタイム監視システムの導入により、加工中の異常を早期発見できます。また、金型温度の管理も重要で、連続加工による温度上昇は寸法精度に影響を与えます。
ボトミング加工の品質管理では、スプリングバック量の予測と補正が重要になります。材料ロット間のばらつきや環境温度の変化により、スプリングバック量が変動するため、定期的なサンプリング検査による補正値の更新が必要です。
検査手法として、コイニングでは三次元測定機による高精度測定が標準的です。特に内R部分の形状測定には、非接触式レーザー測定器の使用が効果的です。ボトミングでは、簡易的な角度ゲージでの全数検査も可能で、生産現場での効率的な品質確保が実現できます。
金属加工技術におけるコイニングとボトミングの理解は、適切な工法選択と品質向上の基盤となります。それぞれの特性を正しく把握し、用途に応じた最適な選択を行うことで、効率的で高品質な板金加工が実現できます。