カチオン電着塗装における錆発生の根本原因は、塗装前の脱脂処理不完全にあります。被塗物表面に油分や不純物が残存していると、塗料がその部分に密着できず、クレーター状の凹みである「ハジキ」が発生します。このハジキにより露出した素地は、カチオン電着塗装の高い耐食性メリットを活かせず、直接腐食環境にさらされるため、急速に錆びが進行します。水洗と脱脂工程の見直し、脱脂液の適切性確認が必須です。
さらに見落とされやすい問題が、被塗物の下地状態です。酸化スケール(黒皮)、溶接痕、鋳肌の荒れといった表面状態では、化学反応により塗料が析出する際、密着性の高い塗膜が形成されません。これは単なる表面の問題ではなく、カチオン電着塗装が優れた防錆効果を発揮するために必須の「塗膜密着性」という重要な性能を大きく損なわせる要因となります。
対策として、塗装前には十分な研掃やビード研削により下地を整える「前処理」が重要です。タマ化工のような大手メーカーでは、自動車業界の厳しい品質基準に対応するため、塗装ライン上で油分付着の有無を確認し、脱脂液の濃度・温度・時間を厳密に管理しています。
複雑な形状を持つ製品、特に箱状や袋状の密閉型構造では、「エアーポケット」と呼ばれる空気だまりが発生します。これはカチオン電着塗装の防錆性メリットを無視した現象で、被塗物内部に閉じ込められた空気が塗膜形成を妨害し、ぽっかりと穴が空いたように塗膜が形成されない欠陥が生じます。このエアーポケットが発生した部分には防錆性が付与されておらず、わずかな水分侵入により錆が発生します。
特に危険なのは、この欠陥が外部から見えないケースです。製品納入後、経年使用に伴い内部から錆が進行し、最終的に構造的損傷をもたらす場合があります。防錆効果の期待値である1000時間以上の塩水噴霧試験耐性も、エアーポケット部分には適用されません。
対策としては複数のアプローチがあります。第一は製品表面に「空気の抜き穴」を適切に設計すること。第二はハンガー(治具)の形状を工夫し、被塗物が電着タンク内で斜めに浸漬される角度を調整することで、重力により空気が自然に抜ける環境を作ることです。被塗物の掛姿勢を丁寧に検討することは、単なる塗装ライン調整ではなく、カチオン電着塗装が錆びるか錆びないかの分岐点となります。
カチオン電着塗装の防錆性メリットは、エポキシ樹脂が水分・酸素を透過させない性質と、塗膜の高い密着性に依存しています。しかし、この密着性が低下すると、防錆効果は大幅に減少します。密着不良が発生した場合、塗膜が被塗物表面から徐々に剥離し、層間に水分が侵入することで、急速に錆が進行するのです。
密着性低下は、下地処理不足だけでなく、被塗物同士が接触することでも発生します。電着タンク内で製品同士が接触すると、その接触部分には塗料が析出せず、素地が露出します。また、配送時や保管時に製品に傷が付くと、その傷口からも錆が発生します。藤塗装工業の調査によれば、カチオン電着塗装施工後の取り扱い不注意により、本来得られるべき防錆効果が30~50%減少するケースが報告されています。
対策として、被塗物同士の距離設定を厳密に行うこと、梱包方法に配慮すること、そして塗装後の保管環境を適切に管理することが必須です。特に海潮地域や高湿度環境では、わずかな傷からの錆進行が加速されるため、一層の注意が必要です。
カチオン電着塗装は、電着後に焼付け工程を経て、はじめて優れた防錆効果が発揮されます。電着時に析出した塗膜は、焼付け(加熱硬化)により分子構造が密に結合し、強固な被膜となります。この焼付け工程が不完全であると、塗膜の硬度や密着性が低下し、錆びのリスクが急増します。
焼付け温度の不足、加熱時間の短縮、または冷却速度の異常は、塗膜の硬度が2~3H(鉛筆硬度)に達しない状況を生み出します。これにより、わずかな機械的衝撃でも塗膜が傷つきやすくなり、露出した素地から錆びが始まります。藤塗装工業の保有する検査測定機器による品質検証では、焼付け不良製品の塩水噴霧試験耐性が700時間以下に低下することが確認されています。
さらに見落とされやすい問題は、焼付け中の「ガスピン」と呼ばれる不良です。これは電着中に水素ガスが放電し、その電気エネルギー(火花)により塗膜の一部が凹む現象で、その凹み部分から錆びが発生します。焼付け工程の品質管理が、カチオン電着塗装が錆びるか否かの最終的な決定要因となっています。
カチオン電着塗装に関する技術情報・コラム集。藤塗装工業運営サイト。塗装不良の詳細な原因分析と対策が掲載
カチオン電着塗装の防錆能力を検証する塩水噴霧試験の方法論と基準値。自動車業界の品質要件を解説
塗装が完了した後も、カチオン電着塗装が錆びるリスクは残存します。多くの事業者が見落とす重要な段階が、製品の保管・運搬管理です。完璧に塗装された製品でも、配送時に衝撃により塗膜が傷つくと、その傷口は直接腐食環境にさらされます。カチオン電着塗装は優れた耐食性メリットを持ちますが、表面の傷を防ぐための耐傷性(耐チッピング性)では、必ずしも最強ではありません。
梱包方法の不適切さは、深刻な問題を引き起こします。特に複数の製品を密接に積み重ねると、接触部分が相互に傷つき、塗膜が剥がれるリスクが高まります。また、運搬時の振動・落下による塗膜破損も頻繁に発生します。さらに、保管環境が高湿度・塩分環境(例えば沿岸地域の工場倉庫)である場合、わずかな欠陥からの錆進行が劇的に加速されます。
対策として、梱包材として緩衝材を十分に使用すること、製品同士が直接接触しないよう区切ること、運搬用パレットの選定に注意すること、そして保管環境の除湿・防塩対策を実施することが重要です。これらの管理は、施工工程と同等の重要度を持つものとして認識されるべきです。