自動車製造業において電着塗装は必須技術であり、その導入には相当な資本投資が必要です。アニオン電着塗装システムを新規に構築する場合、水溶性塗料とタンク付帯設備一式で最低100万円程度の初期費用がかかります。しかし、ここから運用を開始するにはさらに多くの投資が続きます。自動車ボディの形状に対応した専用のラックを数十本単位で揃えると、合計で150万円程度に達する可能性があります。
この費用構造は、生産規模によって1個あたりのコストが大きく変動することを意味しています。例えば、150万個の生産を見込める場合は設備費が1個あたり1円程度となりますが、1万個程度なら150円、1000個では1500円に跳ね上がります。つまり、初期設備投資が同じでも、生産ボリュームが少ないほど個別費用が急速に高くなる構図があります。さらに、ビーカーを使用した小規模試作の場合は数万円程度で対応した実績もあり、規模に応じた柔軟な対応が業界の実態です。
初期投資後の電着塗装運用には、継続的な管理費用が発生することが重要な認識です。電着塗装液は一度建浴されると、24時間連続で温度調節とろ過機の稼働が必要になります。塗装液は使用していない時間帯でも劣化が進行するため、定期的な分析、成分補給、液交換、イオン交換樹脂の交換といった保守作業が欠かせません。これらの管理業務は生産を行っている時間帯だけでなく、稼働していない期間でも発生するため、稼働率に関係なく固定費化する特性があります。
従来の吹き付け塗装と比較すると、この点が大きな違いとなります。吹き付け塗装では塗料を100cc単位での調合が可能で、多品種少量生産に適した柔軟性があります。一方、電着塗装は一度建浴すると色変更や仕様変更が容易でないため、多品種少量対応の場合は著しく費用効率が低下するという課題があります。金属加工業者が小ロット案件を受注する際は、この管理費用体系を十分理解した上で見積もり価格を設定する必要があります。
日本の自動車産業では1970年代からアニオン電着塗装がボディ塗装の標準となってきましたが、国際輸送対応の要請から、より防食性に優れたカチオン電着塗装の導入が進みました。カチオン電着塗装は塗料の回収率が高く、塗料ロスが少ないという利点があります。これにより、塗料コストを削減でき、全体的な加工費を低減できるメリットがあります。
しかし、カチオン電着塗装への切り替えには新たな設備投資と異なる液管理が必要になります。前処理工程も異なるため、既存設備がある場合でも、タンク、極板、ろ過機、温度調節装置などの主要機器の仕様変更が避けられません。金属加工メーカーが両方の電着方式に対応するには、複数のタンク設備を保有する必要があり、これが建屋面積と投資額の増加に直結します。自動車メーカーからの発注条件や生産計画に基づき、どの電着方式を採用するかの経営判断が重要になります。
電着塗装の利点の一つとして、膜厚管理が容易という特性があります。水溶性塗料のプールに浸漬させ、一定時間直流電流をかけることで、化学反応が被塗物表面に均一に起きるため、複雑な形状でも均質な塗膜が形成されます。自動車ボディの下塗り工程では150℃から190℃の高温焼き付けにより、溶剤の含有量が少ない水溶性塗料は環境汚染物質(VOC)の排出が少ないという環境適合性も実現されます。
これらの品質管理と環境対応は、実は精密な電源管理と液管理に支えられています。膜厚を±数マイクロメートルの範囲内に制御するには、整流器の安定性、液温度の厳密な制御、電着タンク内のイオン濃度管理が必須です。これらの装置と運用コストは、一見すると塗装工程の一部に見えますが、実は全体投資額の中では無視できない要素です。特に自動車メーカーからの品質要求が高い場合、検査機器やデータロギングシステムといった追加投資も発生します。
金属加工業界で見過ごされやすいが重要な現実として、電着塗装は小ロット注文に不向きという点があります。前述の通り、1000個単位の注文では1個あたりの設備費が1500円に達するため、この費用を上乗せするだけで製品の採算性が大きく悪化します。例えば、1000個限定の自動車部品受注を得た場合、電着塗装の設備費だけで総額150万円のコスト負担が生じます。
多品種少量化が進む自動車業界の下請け構造では、複数の色合いや仕様変更要求が頻繁に発生します。電着塗装液は色変更時に液全体の交換を強いられることが多く、これは新規建浴と同等のコスト(数十万円単位)が必要になります。専門性の高い金属加工会社でも、小ロット対応を続けると経営を圧迫する可能性が高いため、発注業務の段階でロット数とコスト構造を厳密に検討する姿勢が求められます。吹き付け塗装や粉体塗装への転換も含め、柔軟な工程設計がコスト最適化の鍵となります。
タマ化工の「電着塗装とは|電気を使う塗装方法について徹底解説」では、電着塗装の原理、カチオンとアニオンの差異、メリット・デメリットについて、業界視点から詳しく解説されています。
和歌山アプライアンスの「電着塗装を1色建浴するといくらかかりますか?」では、実例を交えた詳細なコスト試算と、小ロット対応の実績が示されており、経営判断の参考になります。