絞り加工は、金属の板材に圧力を加えることで立体的な形状に成形するプレス加工の一種です。この加工法の基本的な仕組みは、平らな金属板(ブランク)をパンチ(上側の金型)とダイ(下側の金型)の間に配置し、パンチで押し込むことにより、金属材料を流動させながら立体形状へと変形させることにあります。
絞り加工の工程は主に以下の4段階で行われます。
絞り加工性とは、金属材料がどれだけスムーズに絞り加工できるかを示す特性です。材料の延性、強度、結晶構造などの物理的特性に大きく依存し、加工時のしわや割れの発生しにくさを表します。
絞り加工において重要なパラメーターとしては、以下が挙げられます。
深絞り加工は、絞り加工の中でも特に深い容器を成形する技術であり、金属材料の特性がその成功に大きな影響を与えます。各金属材料は固有の絞り加工性を持っており、その特性を理解することが高品質な製品製造の鍵となります。
鋼板の絞り加工性。
冷延鋼板は自動車のボディパネルなど、深絞り加工に広く使用されています。長年にわたり、自動車産業のニーズに応えるため、絞り加工性を向上させる方向で機械特性の改善が行われてきました。特に、r値(塑性異方性)が高く、n値(加工硬化指数)が適切な鋼板は、深絞り性に優れています。
アルミニウム合金の特性。
アルミニウム合金は軽量で、耐食性に優れていることから、飲料缶や調理器具などに使用されます。しかし、鋼と比較して延性が低いため、絞り加工時には特別な配慮が必要です。アルミニウム合金の場合、温間絞り加工を適用することで加工性を向上させる方法が効果的です。
ステンレス鋼の加工性。
ステンレス鋼は耐食性に優れていますが、加工硬化が大きいため、絞り加工が難しい材料の一つです。特に、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304など)は、加工中に著しく硬化するため、多段階の絞り工程と適切な中間焼鈍が必要となることが多いです。
金属材料の絞り加工性を評価する指標
材料選定のポイント。
材料 | 絞り加工性 | 特徴 |
---|---|---|
軟鋼板 | 優 | バランスの良い加工性、コスト効率が高い |
アルミニウム | 中~良 | 軽量、耐食性に優れるが変形抵抗が低い |
ステンレス鋼 | 難~中 | 耐食性は高いが加工硬化が大きい |
チタン合金 | 難 | 高強度だが特殊な加工条件が必要 |
絞り加工には、成形する形状や目的によって様々な種類が存在します。各加工方法によって金属板の変形メカニズムが異なるため、適切な方法を選択することが重要です。
円筒絞り。
最も基本的な絞り加工で、円形のブランクから円筒形状の製品を成形します。材料に均等に圧力がかかるため、比較的安定した成形が可能です。カップやボウル、フライパンなどの製品に使用されます。円筒絞りでは、材料が半径方向に流れ込みながら成形されるため、壁面の厚さはほぼ一定に保たれます。
角筒絞り。
四角形や長方形の容器を成形する絞り加工です。シンクや弁当箱などの製品に使用されますが、円筒絞りと比較して難易度が高くなります。角部では材料の流れが複雑になり、引張応力が集中するため割れが発生しやすくなります。角筒絞りでは、角部のR(丸み)を適切に設定することが成功の鍵となります。
異形絞り。
円形や四角形以外の複雑な形状を成形する絞り加工です。自動車のボディパネルや電子部品などの製品に使用されます。様々な方向に力がかかるため、金属の流れを制御するのが難しく、高度な金型設計と加工条件の設定が必要です。
円錐絞りと角錐絞り。
側面がテーパー状になっている形状の絞り加工です。タンブラーや照明器具などに使用されます。円錐絞りは比較的加工しやすいですが、角錐絞りは平面を持つため、より繊細な技術が必要になります。
球頭絞り(張り出し加工)。
半球状の形状を成形する加工で、ダイにはめ込まずにパンチで押し出す特徴があります。この加工では、材料の厚さが変化し、頂点部分が最も薄くなる傾向があります。
金属板の変形メカニズムとしては、主に以下の現象が発生します。
絞り加工の限界を超え、より複雑な形状や高品質な製品を実現するために、様々な特殊技術が開発されています。これらの技術は、通常の絞り加工では困難な成形を可能にし、製品の付加価値を高めます。
温間絞り加工(局部加熱成形)。
温間絞り加工は、しわ押さえを加熱することで金属の加工性を向上させる技術です。特にアルミニウムやステンレスなど、常温では加工性が低い材料に有効です。
この技術のポイント。
しごき加工(アイオニング)。
しごき加工は、一度絞り加工した製品をさらに深く絞る技術です。クリアランスが小さいパンチとダイの間を通過させることで、壁部の厚さを均一に薄くし、より深い容器を作り出します。
しごき加工の特徴。
多段絞り加工。
一度の絞り工程では成形が困難な深い形状や複雑な形状を、複数の工程に分けて段階的に成形する技術です。各工程間で焼鈍(材料の軟化処理)を行うことで、加工硬化による割れを防止します。
多段絞りの利点。
ハイドロフォーミング。
液圧を利用して金属板を成形する技術で、通常のプレス絞り加工では困難な複雑形状の成形が可能です。高圧の液体が均等に圧力をかけるため、材料の流れが均一になります。
応用例としては、以下のような製品が挙げられます。
絞り加工では、様々な不良が発生する可能性があり、これらの問題を理解し対策することが高品質な製品製造には不可欠です。代表的な不良と対策について詳しく解説します。
しわ(リンクル)の発生。
フランジ部分での圧縮応力によって発生する波打ち状の変形です。材料が金型内で適切に流れず、余剰部分が波状になることで発生します。
対策。
割れの発生。
材料が過度の引張応力を受けることで発生する破断現象です。主にパンチ肩部やダイ肩部など、応力が集中する部位で発生します。
対策。
イヤリング。
円形製品の縁に波状の凹凸が発生する現象です。材料の塑性異方性(方向によって変形のしやすさが異なる性質)が原因で発生します。
対策。
スプリングバック。
加工後、金型から取り出した際に弾性回復により寸法や形状が変化する現象です。特に高強度材料で顕著に現れます。
対策。
表面傷の発生。
金型との接触や摩擦による表面品質の低下です。特に外観部品では重大な問題となります。
対策。
トラブルシューティングのための体系的アプローチ。
絞り加工における不良は単一の要因ではなく、材料特性、金型設計、プレス条件、潤滑状態など複数の要因が複雑に絡み合って発生することが多いため、総合的な視点からのアプローチが重要です。
絞り加工の基本情報と様々な加工方法の詳細解説
絞り加工は日常生活で使用する多くの製品の製造に不可欠な技術です。その技術の高度化と共に、より複雑で高品質な製品の製造が可能になっています。金属材料の特性を深く理解し、適切な加工技術を選択することで、効率的かつ高品質な製品製造を実現できます。現代の製造業において、絞り加工技術の継続的な進化と技術者の知識向上は、競争力維持のために不可欠な要素と言えるでしょう。