機械設計図とは、品物の形状、寸法、材料、加工方法といった情報を、決められたルールに基づいて図形や記号で示したものです 。この「決められたルール」の根幹をなすのがJIS(日本産業規格)です 。JISは、製品の種類や寸法、品質、性能、安全性などを定めた国家規格であり、機械製図においてもJIS B 0001「機械製図」などで詳細なルールが規定されています 。なぜなら、設計者の意図を製造現場へ正確に伝え、誰が見ても同じように解釈できるようにするためです 。もし図面のルールがバラバラだったら、意図しない製品が出来上がってしまう可能性があります 。
JISで定められた基本的なルールには、以下のようなものがあります。
これらのルールは、国際規格であるISO(国際標準化機構)にも準拠しており、グローバルな取引においても重要な役割を果たします 。JIS規格を正しく理解し、それに従って図面を作成・解読することが、高品質なものづくりの第一歩と言えるでしょう。
JIS製図の基本原則について、より詳しく解説しています。
https://pubdata.nikkan.co.jp/resource/book_unclassified/file/4-3-1.pdf
機械部品を加工する際、設計図通りの寸法寸分違わずに作ることは不可能です。そのため、図面には「どの程度の誤差まで許されるか」を示す「公差」が指示されます 。公差には大きく分けて「寸法公差」と「幾何公差」の2種類があり、それぞれ役割が異なります 。
📏寸法公差
寸法公差は、部品の「大きさ」に関する許容範囲を示すものです 。例えば、「30±0.1」と書かれていれば、その部分の寸法は29.9mmから30.1mmの範囲に収めなければならない、という意味になります 。寸法公差は、部品が他の部品と正しく組み合わさるために不可欠な指示です。JIS B 0023などの規格で、公差の指示方法が細かく定められています 。
📐幾何公差
一方、幾何公差は、部品の「形」や「姿勢」、「位置」に関する許容範囲を定義するものです 。例えば、平面がどれだけ真っ直ぐか(平面度)、2つの面がどれだけ正確に直角か(直角度)、軸がどれだけブレずに回転するか(振れ)などを指示します。幾何公差は、寸法公差だけでは保証できない製品の性能や機能を確保するために用いられます 。記号と数値を組み合わせた枠で指示され、理論的に正確な寸法(TED)を基準にすることが特徴です 。
| 種類 | 概要 | 主な用途 |
|---|---|---|
| 寸法公差 | 長さ、直径、角度などの「大きさ」のばらつきの許容範囲 | 部品同士のはめあい、全体のサイズ調整など |
| 幾何公差 | 形状(真直度、平面度)、姿勢(平行度、直角度)、位置(位置度)、振れなどの「形」に関するばらつきの許容範囲 | 部品の精密な動き、組み立て精度、気密性の確保など |
意外と知られていませんが、幾何公差の概念は、製品の多機能化や高性能化に対応するために生まれました。単に寸法を合わせるだけでは、複雑な機械の性能を保証できなくなったため、形状そのものの精度を定義する必要が出てきたのです 。寸法公差と幾何公差の違いを正しく理解し、図面から設計者の意図を正確に読み取ることが、高品質な加工を実現する鍵となります 。
寸法公差と幾何公差の違いについて、図解で分かりやすく解説されています。
https://www.fact-cam.co.jp/media/knowledge/what-is-tolerance/
立体的な形状の品物を、平面である紙の上に正確に表現するための手法が「投影法」です 。機械製図では、様々な投影法の中でも「第三角法」が最も広く使われています 。日本のJIS規格でも、第三角法を標準として採用しています 。
🗺️投影法とは?
投影法は、物体を特定の視点から見て、その向こう側に置いたスクリーン(投影面)に形を映し出す考え方です 。光を当てて影を写すようなイメージです。視点と物体、そして投影面の位置関係によって、様々な種類の投影図が生まれます 。
第三角法は、対象物を透明な箱(投影箱)の中に入れ、各面から見た形状を箱の面に描き写す方法と考えると分かりやすいでしょう 。そして、その箱を展開したものが図面になります。具体的には、正面から見た「正面図」を中心に、その上に「平面図」(上から見た図)、右側に「右側面図」、左側に「左側面図」を配置します 。
この配置により、各図の関係性が直感的に理解しやすくなっているのが第三角法の特徴です 。
あまり知られていない事実として、製図には「第一角法」というもう一つの主要な投影法が存在します 。これは、物体の手前に投影面を置いて描く方法で、ヨーロッパを中心に使われています。第三角法とは平面図と底面図、右側面図と左側面図の配置がそれぞれ上下、左右逆になります。海外の図面を見る機会がある場合は、どちらの投影法で描かれているかを示す記号を必ず確認する必要があります。
第三角法の原理と図の配置について、動画で視覚的に学習できます。
https://www.youtube.com/watch?v=s_c-hE8d3aE
現代の機械設計では、手書きの図面に代わってCAD(Computer-Aided Design)で作成された2D図面や3Dモデルが主流となっています。しかし、最終的に製造現場では、それらのデータを紙に出力したり、モニターで確認したりして作業を進めることがまだまだ多いのが実情です。CADデータならではの注意点と、現場で図面をスムーズに解読するためのコツを知っておくことは、作業効率と品質の向上に直結します。
💻CADデータの注意点
🔧現場での解読のコツ
意外な落とし穴として、モニター上で図面を確認する際の「見た目」に頼りすぎることが挙げられます。高解像度のディスプレイでは、わずかな線のズレや隙間が実際よりも大きく見えたり、逆に気付けなかったりします。最終的には、図面に書かれている寸法や公差の「数値」こそが絶対的な正義である、ということを常に意識することが重要です。
私たちが当たり前のように使っている機械設計図やJIS規格ですが、その歴史は古く、技術の進歩とともに大きく変化してきました。その変遷を知ることは、現代の図面がなぜこのような形になったのかを理解する上で非常に役立ちます。
📜図面の起源と標準化への道
図面の起源は、レオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチにまで遡るとも言われています。しかし、近代的な意味での製図法、特に投影法の基礎を築いたのは、18世紀フランスの数学者ガスパール・モンジュです。彼が発明した「画法幾何学」が、今日の第三角法や第一角法の基礎となっています。
産業革命以降、大量生産の時代になると、部品の互換性を確保するために図面の「標準化」が不可欠となりました。国や工場ごとにバラバラだったルールを統一する必要が出てきたのです。これが、各国の工業規格、そしてJISの制定につながっていきます。
🇯🇵JIS規格の誕生と発展
日本の工業規格の歴史は、明治時代に軍需品の生産のために作られた仕様書に始まります。その後、1921年(大正10年)に「工業品規格統一調査会」が設置され、日本の国家規格である「JES(日本標準規格)」が誕生しました。これが現在のJISの前身です。
戦後、1949年に工業標準化法が制定され、JIS(日本工業規格)が本格的にスタートしました。当初は海外の規格を参考にしつつ、日本の実情に合わせて内容が作られていきました。特に機械製図に関するJIS B 0001は、日本のものづくりの発展を支える非常に重要な規格として、何度も改正が重ねられてきました 。
あまり知られていないことですが、JIS規格の改正は、単に国内の事情だけでなく、国際的な情勢に大きく影響を受けています。特に近年では、グローバル化の進展に伴い、ISO(国際標準化機構)の規格との整合性(これを「コンセンサス」と呼びます)を取ることが非常に重要になっています 。2019年のJIS B 0001の改正では、国際規格で使われる図示方法が取り入れられるなど、よりグローバルな視点での見直しが行われました 。これは、日本の製品が世界中で通用するために不可欠な動きなのです。
このように、機械設計図とJIS規格の歴史は、技術革新とグローバル化の歴史そのものと言えます。一枚の図面の中には、先人たちが試行錯誤を重ねてきた知恵と歴史が詰まっているのです。
JIS規格の閲覧は、日本産業標準調査会のウェブサイトで可能です。
https://www.jisc.go.jp/app/jisc/jis_search/main