チクソキャスティング法とは固液共存状態での半溶融鋳造技術

チクソキャスティング法は金属を固液共存状態で成形する革新的な鋳造技術です。従来のダイカストとは何が違うのでしょうか?

チクソキャスティング法とは半溶融鋳造技術の基本原理

チクソキャスティング法の基本概念
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半溶融状態の利用

固体と液体が共存するスラリー状態で鋳造を行う技術

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チクソトロピー性の活用

せん断力により流動性が向上する特殊な性質を利用

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精密成形の実現

従来のダイカストを超える高品質な製品製造が可能

チクソキャスティング法(Thixocasting)は、合金の半溶融鋳造(Semi-solid metal casting)に分類される革新的な製造技術です。この技術の最大の特徴は、固相率を温度により制御したスラリー状態の金属を使用することにあります。
参考)チクソキャストのメリットとデメリットは?

 

従来の鋳造方法では完全に溶融した金属を使用しますが、チクソキャスティング法では固相と液相が共存する状態で鋳造を行います。この半溶融状態の金属は、固相率60%程度まで誘導加熱して成形されます。
参考)チクソキャスティング - Wikipedia

 

チクソトロピーという特殊な性質が、この技術の核心となります。静止状態では固体のような性質を示しますが、せん断力が加わると大きな流動性が現れる性質です。この性質により、半凝固状態でありながら金型への充塡が可能になります。
製造プロセスにおいては、まずアルミニウム合金などの専用ビレットを製作します。このビレットは電磁撹拌により樹枝状の固相が球状化した特殊な組織を持ちます。成型時には、このビレットを誘導加熱で半溶融状態にし、金型に流し込んで成形します。

チクソキャスティング法の製造工程と温度制御技術

チクソキャスティング法の製造工程は、大きく前処理成型の二段階に分かれます。
前処理段階では、インゴットを電磁撹拌により連続鋳造し、樹枝状の固相を球状化させたビレットを製作します。この球状化した組織構造が、後のチクソトロピー性発現において重要な役割を果たします。製作されたビレットは成型機に適した長さに切断され、保管されます。
参考)半溶融ダイカスト・半凝固ダイカスト法とは|ブログ|太陽パーツ…

 

成型段階では、精密な温度制御が要求されます。固相率が高すぎると圧入できず、低すぎるとメリットが失われるため、温度管理が品質の鍵を握ります。通常、固相率60%程度まで加熱し、この状態で圧入鋳造を行います。
参考)第28回特殊ダイカスト法の種類について

 

急速加熱かつ正確な温度管理を行う設備が必須となり、同時に圧力鋳造のための専用設備も必要です。日本では株式会社ソディックプラステックのMgPlusという射出成形機や、V-LINE® Direct Casting方式を採用した合金射出成型機が実用化されています。
温度制御の精度は製品品質に直結するため、誘導加熱システムの性能が重要な要素となります。適切な温度範囲を維持することで、均一なスラリー状態を作り出し、安定した品質の製品を製造できます。

チクソキャスティング法の品質向上メリットと特徴

チクソキャスティング法は従来の鋳造方法と比較して、多くの品質面でのメリットを提供します。
最も重要な特徴は収縮の少なさです。すでに固相が存在するため、凝固収縮が少なく、巣の発生が大幅に減少します。この特性により、従来の鋳造では困難だった複雑形状の高密度部品製造が可能になります。
空気巻き込み欠陥の減少も大きなメリットです。スラリーは液相よりも粘性が高いため乱流になりにくく、射出成型時の空気巻き込みが大幅に削減されます。これにより、内部欠陥の少ない高品質な製品が得られます。
プロセス温度の低さは寸法精度の向上に直結します。低温での成形により熱変形が少なく、精密な寸法管理が可能になります。同時に、サイクルタイムの短縮も実現でき、生産効率の向上につながります。
金型寿命の延長も重要な効果です。従来の高温溶湯と比較して熱衝撃が少ないため、金型の損傷が軽減され、長期間の使用が可能になります。これにより、初期設備投資の回収期間短縮と運用コストの削減が実現できます。
さらに、結晶粒が均一になる特性により、機械的性質の安定した製品が得られます。この均一性は、特に強度が要求される部品において重要な価値を提供します。

チクソキャスティング法とレオキャスティング法の技術比較

半溶融・半凝固成形技術には、チクソキャスティング法とレオキャスティング法という二つの主要なアプローチがあります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/plastos/1/1/1_39/_pdf

 

チクソキャスティングは半溶融加工法として分類され、固体から固液共存状態へのアプローチを採用します。一方、レオキャスティングは半凝固加工法として、液体から固液共存状態を作り出します。
両者の最大の違いは素材の調達方法にあります。チクソキャスティングでは専用ビレットの購入が必要で、これが経済的な負担となることがあります。レオキャスティングでは通常の合金インゴットから半凝固スラリーを製造できるため、素材調達の自由度が高くなります。
製造プロセスの観点では、チクソキャスティングは貯蔵可能な固体ビレットを使用するため、生産管理が容易という利点があります。必要な分だけ使用でき、在庫管理の柔軟性が高いのが特徴です。
現在の産業界では、レオキャスティングが主流となっています。経済的な優位性と合金適応性の広さが主な理由です。しかし、株式会社浅沼技研や合志技研工業株式会社では、レオキャスティングで素材を製造してからチクソキャスティングに使用するハイブリッド手法を開発しており、素材費の削減と工場内リサイクル材の活用を実現しています。
厚肉製品の製造においては、チクソキャスティングが依然として有効なプロセスと考えられており、特にAC4CHなどの適合合金を使用する場合に優位性を発揮します。

チクソキャスティング法の産業応用における独自の価値創出

現代の製造業において、チクソキャスティング法は熱伝導性向上という独特の価値を創出しています。浅沼技研が開発したAsG-1材料では、従来のダイカスト材に比べて2倍以上の熱伝導率を実現しています。
参考)半溶融成形の浅沼技研 チクソキャスティングについて

 

この優れた熱伝導性は、内部欠陥(ポア・偏析)が少ないチクソキャスティング工法の特性によるものです。従来の鋳造では困難だった長いピンやフィン形状の成形が可能になり、放熱面積を大幅に拡大できます。これにより、電子機器の放熱部品や自動車エンジン部品など、高い熱管理性能が要求される分野での応用が拡大しています。
複雑形状部品の一体成形も重要な応用分野です。従来の製造方法では複数の部品を組み立てる必要があった複雑な構造を、一体成形により製造できます。これにより、組み立て工程の削減、重量軽減、信頼性向上を同時に実現できます。
自動車産業においては、軽量化と高強度を両立させる構造部品への応用が進んでいます。エンジンブロック、トランスミッションケース、サスペンション部品など、高い機械的性質と軽量性が要求される部品で採用が拡大しています。

 

航空宇宙分野では、寸法精度と内部品質の両方が要求される部品において、チクソキャスティング法の特性が高く評価されています。従来の機械加工では困難だった複雑内部流路を持つ部品の製造が可能になり、設計自由度の向上につながっています。

 

また、医療機器分野では、生体適合性合金を用いたチクソキャスティングにより、精密で信頼性の高い医療器具の製造が実現されています。内部欠陥の少なさと寸法精度の高さが、医療用途における安全性向上に貢献しています。

 

チクソキャスティング法の経済性と導入における技術課題

チクソキャスティング法の導入には、初期投資運用コストの両面での検討が必要です。
設備面では、急速加熱かつ正確な温度管理システムと圧力鋳造設備が必須となります。これらの専用設備は従来の鋳造設備と比較して高額ですが、製品品質の向上と歩留まり改善により、中長期的な投資回収が期待できます。
素材コストは重要な検討要素です。専用ビレットは流通量が少なく、通常のインゴットより高価になります。しかし、歩留まりの向上と後加工工程の削減により、総製造コストでは有利になるケースが多くあります。
構内での材料リサイクルが困難という課題があります。一度凝固した材料はチクソトロピー性を失うため、通常のリサイクルができません。この問題に対しては、前述のハイブリッド手法により、工場内でのリサイクル材活用を可能にする技術開発が進んでいます。
技術面では、合金選択の制約があります。固相率の制御が温度で簡単に行えない合金では、品質の安定が困難になります。そのため、チクソキャスティングに適した合金組成の選択と、その特性を活かした製品設計が重要になります。
人材育成も重要な課題です。従来の鋳造技術とは異なる知識とスキルが要求されるため、専門技術者の育成が成功の鍵となります。特に温度制御技術と品質管理手法の習得が重要です。

 

品質管理においては、プロセス変動の最小化が課題となります。温度、時間、圧力などの製造パラメータの厳密な管理により、安定した品質を確保する必要があります。統計的プロセス制御(SPC)の導入と、リアルタイム品質監視システムの構築が効果的な対策となります。

 

これらの課題を克服することで、チクソキャスティング法は従来の鋳造技術では実現困難だった高品質製品の製造を可能にし、製造業の競争力向上に大きく貢献する技術として位置づけられています。特に高付加価値製品の製造において、その真価を発揮する製造技術といえるでしょう。