金属加工において錆の理解は品質管理の根幹となる重要な要素です。赤さびと黒さびは同じ鉄の酸化物でありながら、その化学組成と物理的特性に大きな違いがあります。
参考)赤錆と黒錆 - NCH Japan
赤さび(酸化第二鉄)の化学式はFe₂O₃で、鉄が十分な酸素と水分の存在下で酸化することによって生成されます。この赤さびは非常にもろく、すき間の多い多孔質構造を持っているため、水分や酸素が内部まで侵入しやすく、腐食が進行し続けます。赤さびの体積は元の鉄の約10倍にまで膨張するため、母材を物理的に破壊する力も持っています。
参考)https://kids.gakken.co.jp/box/rika/06/pdf/B046204750.pdf
一方、黒さび(四酸化三鉄)の化学式はFe₃O₄で、酸素の供給が限定された環境下で生成される酸化鉄です。黒さびは結晶状の緻密な構造を持ち、赤さびとは対照的に母材を保護する機能があります。この保護膜としての性質により、日本の伝統工芸である南部鉄瓶などにも意図的に黒さびが形成されています。
参考)水道管の赤錆・赤水対策
錆の比較表
特性 | 赤さび(Fe₂O₃) | 黒さび(Fe₃O₄) |
---|---|---|
形状 | 泥状(もろい) | 結晶状(固い) |
体積比 | 10倍 | 1倍 |
水溶性 | あり(赤水発生) | なし |
磁性 | なし | あり |
腐食進行 | 継続する | 停止する |
金属加工現場では、この違いを理解することで適切な材料選択と処理方法を決定できます。特に摩擦接合面では、黒さび面のすべり係数は0.5を超える値を示し、構造上問題ないことが実験で証明されています。
参考)https://sasst.jp/qa/q3/q3-35.html
赤さびの発生メカニズムは複数の化学反応段階を経て進行します。最初に鉄が水と酸素に接触すると、以下の反応が順次起こります:
この反応プロセスにおいて、赤さびは元の鉄よりも酸性溶液に溶けやすい性質を持つため、腐食が加速度的に進行します。金属加工現場では、この特性により製品の寸法精度が悪化し、表面粗さも著しく劣化することがあります。
特に問題となるのは「赤水」現象です。水道管などの内部で赤さびが進行すると、鉄バクテリアが繁殖し、水質検査で一般細菌数として検出されます。これは製品の洗浄工程や冷却工程に使用する水質にも影響を与える可能性があります。
赤さびによる体積膨張は母材に内部応力を発生させ、クラックの原因となることもあります。金属加工品の長期耐久性を確保するためには、この赤さび発生メカニズムを理解し、適切な防錆対策を講じることが不可欠です。
黒さびは赤さびとは全く異なる条件下で形成される保護性の錆です。その形成には以下の条件が重要となります:
酸素供給制限環境:黒さびは酸素の供給が不十分な環境で形成されます。例えば、赤さび状態の母材摩擦面にスプライスプレートを密着して取り付けた場合や、黒皮を除去した鋼材を積み重ねた場合などです。
高温酸化環境:鋼材の熱間圧延時に形成される黒皮(ミルスケール)は、高温状態での乾食現象により生成される黒さびの一例です。この工程で意図的に黒さびを形成させることで、後の防錆効果を得ることができます。
黒さびの保護膜機能は以下の特徴によるものです。
金属加工における黒染め加工(SOB処理)は、この黒さびの性質を人工的に活用した表面処理技術です。苛性ソーダを多く溶解させたアルカリ溶液に鉄を浸し、加熱することで表面に四酸化三鉄の保護膜を形成させます。
参考)金属表面処理の黒染め加工とは?メリットや黒染めに適した素材に…
この処理により、製品表面は真黒になりますが、これは染料による着色ではなく、化学反応による酸化皮膜の形成です。黒染め処理された製品は、広範囲にわたって赤さびを防ぎ、腐食に対する抵抗力を大幅に向上させることができます。
金属加工現場では迅速かつ正確な錆の識別が品質管理上重要です。赤さびと黒さびの識別には以下の方法が効果的です。
視覚的判別法。
物理的特性テスト。
磁石を使用した簡易判別が可能です。黒さび(Fe₃O₄)は磁性を持つため磁石に吸着しますが、赤さび(Fe₂O₃)は磁性がないため吸着しません。この特性を利用することで、現場での迅速な判別が可能です。
水溶性テスト。
赤さびは水に溶解しやすく、濡れた布で拭き取ると茶色い汚れが付着します。一方、黒さびは水に溶解せず、拭き取っても色移りしません。
硬度テスト。
黒さびは結晶状で硬い性質を持つため、軽い圧力では除去できません。赤さびは軟らかく、ブラシやサンドペーパーで容易に除去できます。
金属加工品の検査工程では、これらの識別方法を組み合わせることで、錆の種類を正確に判断し、適切な後処理方法を選択できます。特に摩擦接合を行う構造材では、黒さび面は所定のすべり係数を満たすため、無理に除去する必要がないことを理解しておくことが重要です。
最新の防錆技術では、有害な赤さびを有益な黒さびに転換する手法が注目されています。この技術は「さびをもってさびを制する」という概念に基づいています。
参考)給水管を交換せず、水の力で赤さび劣化を解決
化学的転換法。
市販の赤さび処理剤を使用することで、既存の赤さびを安定した黒さびに転換できます。これらの処理剤は水性型で環境に配慮されており、鉛・クロムフリー対策品として開発されています。処理後は乳白色から黒色に変化し、シルバーグレータイプでは上塗り塗装を省略することも可能です。
参考)さび9 href="https://www.hermetic.co.jp/item/paint/859/" target="_blank">https://www.hermetic.co.jp/item/paint/859/amp;#8211; 赤サビを黒サビへ転換
配管マグネタイト工法。
この革新的な技術は、水質を改質することで配管内の赤さびを黒さびに転換する手法です。人工の鉱物結晶を高温で焼成したセラミックファンを内蔵した装置により、山の岩清水のような活力のある水に改質し、錆の下層から黒さび化を促進します。
実際の施工実績では、新宿三井ビルにおけるフィールドテストで導入から10カ月でテストピースの地金表面が100%黒さびで覆われ、赤さびによる腐食劣化から完全に保護されることが確認されています。
予防的防錆戦略。
金属加工現場では以下の予防策が効果的です。
これらの技術と戦略を組み合わせることで、金属加工品の品質向上と長期耐久性の確保が実現できます。特に重要な構造部材では、黒染め加工と転換技術を併用することで、包括的な防錆対策を構築することが可能です。
費用対効果の観点からも、予防的な黒さび形成は後の補修コストを大幅に削減できるため、金属加工業界では積極的な導入が推奨されています。
銅酸化層が絶縁油の酸化劣化および銅の硫黄腐食に及ぼす影響に関する研究論文
金属酸化に関する基礎理論と実験データが詳しく記載されています。
鉄骨Q&A:摩擦接合面の黒さびに関する技術資料
構造用鋼材における黒さびの実用性とすべり係数に関する実験結果を参照できます。