JIS H8645に基づいた記号表記では、膜厚の数字が「ピンポイント指定」ではなく「最小厚さ」を意味します。この誤認が業界内で頻繁に発生しており、深刻な品質問題へ繋がっています。例えば「ELp-Fe/Ni(90)-P5」と指定された場合、本来は5μm以上の膜厚が求められ、実務ではおよそ8μm程度でメッキされるべきですが、誤認により5μm狙いで処理されてしまい、結果として3μm~4μmの不十分な膜厚になるケースが多く報告されています。
膜厚が本来の数値に達していないと、耐食性が大幅に低下し、「いつもより錆びやすい」という現場での問題が発生します。金属加工従事者が図面を設計する際には、この「以上」という概念を強く意識し、メッキ業者との事前確認を行うことが重要です。JISでは等級制度も用意されており、等級は最小厚さに対応しているため、膜厚か等級のいずれかを選択して指定します。
記号表記が複雑になるのは、製品の使用環境まで含めて指定できる仕様になっているためです。海浜地帯など腐食性の強い屋外環境ではA、通常の屋外ではB、湿気の高い屋内ではC、通常の屋内ではDという環境記号が後ろに追記されます。これにより「腐食に強い仕様が必要か、それとも通常レベルで問題ないか」という要件が一元的に管理できるようになります。
また、リン含有量も無電解ニッケルメッキの特性に直結する要素です。メッキ液中に含まれる還元剤(次亜リン酸)の分解によってニッケルが析出する際、必ず2~12%程度のリンが共析されます。この共析リンの量により、硬度や耐摩耗性が変わるため、用途に応じた浴槽温度や処理液の管理が欠かせません。
業界内での誤認問題は「あいまいでも意思疎通できている」という過去の経験から生じています。実際に膜厚測定で指定値を満たしていない製品が納入されたケースが複数報告されており、これが耐久性低下や耐食性不足に直結しています。図面指定の「5」が「5μm以上」ではなく「5μm狙い」と読み替えられてしまう誤認は、メッキ専業メーカー間でも起きているほど深刻です。
このような認識ズレを防ぐためには、設計段階で求める要件を明確にし、納入後に膜厚検査を実施して確認する徹底的なプロセス管理が必要です。また、メッキ業者に対してJIS規格の正確な理解を基にした確認書を交わすことで、誤認を事前に防ぐことが可能になります。
JIS表記には後処理を示す記号も含まれます。水素除去のベーキング(HB)、拡散熱処理(DH)、光沢クロメート処理(CM1)などが一般的です。これらは「/」を前置して記号に追記され、メッキ後の品質特性を大きく左右します。光沢度についても、光沢めっき(b)、半光沢めっき(s)、無光沢めっき(m)といった複数の選択肢があり、製品の用途に応じて指定されます。
無電解ニッケルメッキの場合、外観よりも機能性が優先される工業用途が大半であるため、光沢度よりもリン含有量や膜厚の精度が重要視されます。しかし複合製品では装飾性も求められることがあり、その場合は後処理記号の併記により、ニッケル層の上にさらにクロムを施すなどの多層メッキが行われます。
メッキ業者とのコミュニケーション過程で、JIS表記の誤認を生じさせないための実務的な手順があります。図面に記載された記号について、設計者とメッキ業者が相互に解釈の確認を行うことが基本です。特に膜厚指定の場合、「最小厚さとしての5μm」「5μm以上で実際には8μm程度で管理」といった点を明文化することで、後々のトラブルを防ぐことができます。
さらに、納入された製品について膜厚測定器を用いた検査を実施し、指定値と実績値のギャップを可視化することが重要です。万が一不適合が発生した場合、その原因がJIS表記誤認にあるのか、それとも他の要因にあるのかを早期に特定できれば、是正処置も迅速に進めることができます。このような体制を整えることで、無電解ニッケルメッキの品質を安定的に確保できるようになります。
参考資料:JIS H8645では無電解ニッケル-リンメッキの等級と膜厚最小値が規定されており、3級(10μm以上)は防食・耐摩耗性用途、5級(20μm以上)はより高い耐久性が必要な用途に分類されています。
【メッキのプロ直伝】無電解ニッケルメッキのJIS記号|株式会社コネクション
JIS表記に基づくメッキ品質の正確な管理については、専業メッキメーカーの技術情報も参考になります。