共通データムの基礎知識と実践的な使い方
この記事でわかること
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基本概念の理解
共通データムとは何か、なぜ必要なのかという基本的な考え方を学べます。
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正しい図面指示
JIS規格に基づいた、正確で誤解のない共通データムの図示方法がわかります。
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実践的な活用法
部品精度を高める設定のコツから、3次元測定機での測定方法まで、実践的な知識が身につきます。
共通データムの考え方と幾何公差における基準の重要性
金属加工の現場において、図面に描かれた製品をいかに正確に具現化するかは、品質を左右する最も重要な要素です 。その精度を担保するために欠かせない概念が「幾何公差」であり、その幾何公差を定義する上での「ものさし」の役割を果たすのが「データム」です 。データムは、部品の形状、姿勢、位置、振れなどを決めるための理論的に正確な基準であり、「設計」「加工」「計測」の三者間で共通の認識を持つためのコミュニケーションツールと言えます 。
特に、複数の形体を基準とする場合に重要になるのが「共通データム」の考え方です 。JISでは「二つのデータム形体によって設定される単一のデータム」と定義されており、例えば、2つの穴や2つの平面を組み合わせて、1つの安定した基準として扱いたい場合などに用いられます 。これは、単一のデータムでは部品の動きを完全に拘束できない場合や、機能的に2つの形体を同時に基準とすることが理にかなっている場合などに非常に有効です 。例えば、2つの穴で位置決めされる部品の場合、その2つの穴の中心軸を結んだ直線を共通データムとすることで、より機能に即した公差設計が可能になります 。
共通データムと似た概念に「データム系」があります 。データム系は、複数の独立したデータムを優先順位をつけて組み合わせることで、部品の自由度を段階的に拘束していく考え方です 。例えば、まず大きな面(一次データム)で位置を決め、次に側面(二次データム)で回転を止め、最後に端面(三次データム)で完全に固定する、といった具合です。これを「三平面データム系」と呼び、互いに直交する3つの平面で部品を完全に拘束します 。一方、共通データムは2つのデータムを「同格」として扱い、1つの基準として機能させる点が大きな違いです 。どちらを用いるかは、部品の機能や拘束したい自由度によって使い分ける必要があります。
共通データムの図示方法とJIS規格(JIS B 0022)に基づく指示
共通データムを図面に正しく指示することは、設計者の意図を加工者や検査員に正確に伝えるために不可欠です 。そのルールはJIS(日本産業規格)によって厳密に定められています。共通データムは、公差記入枠の3番目以降の区画に、基準としたい2つのデータムのアルファベットをハイフン「-」でつないで記入することで指示します 。例えば、データムAとデータムBを共通データムとしたい場合は、「A-B」と表記します 。
データム指示で注意すべき点は、データム三角記号を形体のどこに指示するかです 。面の輪郭上や延長線上に指示した場合と、寸法線に重ねて指示した場合では、意味が全く異なります 。
- 面の輪郭線や延長線上に指示:その平面自体がデータム形体となります。
- 寸法線の矢印とずらして同一直線状に指示:その寸法で示された形体の中心平面や中心軸線、中心点がデータムとなります 。
例えば、2つの平行な穴の軸心を共通データムとする場合、それぞれの穴の寸法線に対してデータム指示を行い、公差記入枠で「A-B」と指示します 。これにより、2つの穴の軸心を通る共通の軸直線がデータムとして定義されます 。この際、データムとなる形体(この場合は2つの穴)自体の精度も重要であり、必要に応じて形状公差(例えば真直度や円筒度など)を指示することが望ましいとされています 。基準そのものが歪んでいては、正しい測定ができないためです 。
以下の参考リンクは、JIS規格におけるデータムの図示方法について、具体的な図解付きで詳細に解説しています 。
JIS B 0022:1984 幾何公差のためのデータム
共通データムと公差域の関係性と部品精度を高める設定のコツ
共通データムは、部品の公差域を定義し、最終的な製品の精度を保証する上で極めて重要な役割を果たします。公差域とは、製造された部品の形体が収まらなければならない理論的に正確な領域のことです。共通データムを正しく設定することで、この公差域が設計意図通りに定義され、部品同士の嵌め合いや組付けの精度が向上します 。
例えば、2つの軸部品を支えるハウジングの穴を考えてみましょう。この2つの穴を共通データム「A-B」として指定し、それに対する位置度公差を指示することで、2つの穴の相対的な位置関係が厳密に管理されます 。これにより、相手部品である2本の軸がスムーズに挿入され、がたつきなく機能することが保証されます。もし、これらを別々のデータムとして扱ってしまうと、それぞれの穴の位置は管理できても、2つの穴の間の距離や平行度がずれてしまい、組み立てられなくなるといった不具合につながる可能性があります。
部品精度を高めるための共通データム設定のコツは、
「部品の機能を最優先に考える」ことです。
- 拘束の順番を意識しない:相手部品に取り付けられる際、どちらの面を先に固定するかが問われない場合(例:両側から挟み込むような締結)は、共通データムの適用が有効です 。優先順位がある場合は、データム系を使用します。
- 複数の形体で一つの機能を果たす:同軸上にあるべき2つの穴や、同一平面上にあるべき2つの面など、複数の形体が一体となって特定の機能を果たす場合は、それらを共通データムとすることで、機能要求を直接的に図面に反映できます 。
- 安定した基準を作る:短い軸など、単体では姿勢が不安定になりがちな形体も、他の形体と組み合わせることで、安定した共通データムを定義できます。
このように、部品が実際にどのように使われるかを深く理解し、その機能を実現するために最も重要な基準は何かを見極めることが、精度の高い製品を生み出す鍵となります 。
共通データムの測定方法と3次元測定機の効果的な活用法
設計図に正しく指示された共通データムも、それを正確に測定できなければ意味がありません 。共通データムの測定には、定盤、ハイトゲージ、ダイヤルゲージといった汎用測定器を用いる方法もありますが、近年では3次元測定機の活用が一般的かつ非常に効果的です 。
3次元測定機を使用する最大のメリットは、仮想的な基準(実用データム)をソフトウェア上で正確に構築できる点にあります 。測定の手順は以下のようになります。
- 部品のアライメント(座標系設定):まず、測定する部品を3次元測定機に設置します。そして、図面で指示されたデータム(共通データムを含む)を測定し、部品の座標系を定義します。例えば、共通データム「A-B」が2つの穴で指示されている場合、それぞれの穴を測定し、その2つの中心を結ぶ直線を座標軸(例:X軸)として設定します。
- 公差の対象となる形体の測定:次に、幾何公差の規制対象となっている形体(例えば、別の穴の位置や面の傾きなど)をプローブで測定し、その3次元座標データを取得します。
- ソフトウェアによる評価・解析:最後に、専用のソフトウェアが、設定した座標系(共通データム)を基準として、測定した形体が公差域を満足しているかどうかを自動で計算・評価します 。
このように、3次元測定機を用いることで、物理的な測定治具を作成することなく、複雑な共通データムを基準とした幾何公差の検証が、迅速かつ高精度に行えます 。特に、PC-DMISのような高度な測定ソフトウェアは、共通データムの定義を正確に解釈し、JISやISOの規格に準拠した評価を可能にします 。
以下の参考リンクは、幾何公差を導入した際の部品検査について、測定のポイントを解説しています。
幾何公差指示と部品検査 | ライブラリ - OPEO 折川技術士事務所
【独自視点】共通データムの解釈ミスが招く加工トラブルとその対策
共通データムは非常に便利な概念ですが、その解釈を一つ間違うと、重大な加工不良や組み立てトラブルにつながる危険性をはらんでいます 。設計者、加工者、検査員の間で認識がずれてしまうことが、その主な原因です。
よくある解釈ミスの事例:
- データム系との混同:共通データム「A-B」を、優先順位のあるデータム系「A→B」と勘違いしてしまうケースです。この場合、加工者はまずデータムAを基準に加工を進めてしまい、本来同時に考慮されるべきデータムBとの関係性が崩れ、意図しない形状になってしまいます。
- 基準の取り方の誤解:例えば、「2つの穴の共通軸」をデータムとすべきところを、「片方の穴だけを基準にして、もう一方の穴を位置決めしてしまう」といったミスです。これでは、2つの穴の相対的な位置精度が保証されません。
- 図面指示の曖昧さ:そもそも設計図の指示が曖昧で、複数の解釈ができてしまう場合もトラブルの元です 。データム指示の位置が不適切であったり、どの形体を基準としているのかが分かりにくかったりすると、加工現場での判断に委ねられてしまい、結果として設計意図から外れたものが出来上がってしまいます。
これらのトラブルを防ぐための対策:
- 教育と知識の共有:設計者だけでなく、加工や検査に携わる全ての人が、JIS規格を含む幾何公差の正しい知識を身につけることが最も重要です。社内勉強会の開催や、外部セミナーへの参加が有効でしょう 。
- 明確な図面作成:設計者は、誰が見ても一意に解釈できる、明確な図面を作成する責任があります。JISのルールを遵守し、必要であれば注記などを追記して、意図を補足説明することも重要です 。
- コミュニケーションの徹底:図面に疑問点があれば、必ず設計者に確認する文化を醸成することが不可欠です。加工前のDR(デザインレビュー)などで、関係者全員が図面を読み合わせ、認識をすり合わせる機会を設けるべきです。
結局のところ、図面はコミュニケーションツールです。共通データムという共通言語を正しく使いこなし、関係者間の円滑な意思疎通を図ることが、不要な手戻りや不良品の発生を防ぎ、高品質なものづくりへとつながるのです。
以下の参考リンクでは、幾何公差の指示で間違いやすい例が多数紹介されており、自身の図面を見直す良いきっかけになります。
幾何公差指示で間違いやすい例 - OPEO 折川技術士事務所
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