カットオフ値と金属加工の表面粗さ測定における基準

金属加工における表面粗さ測定に欠かせないカットオフ値について解説します。粗さ曲線とうねり曲線の分離やJIS規格の基準、加工方法による違いとは?

カットオフ値と金属加工

表面粗さ測定の重要パラメータ
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粗さとうねりの分離

カットオフ値は表面の粗さとうねりを分ける重要な基準です

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JIS規格準拠

日本産業規格で定められた基準長さとして活用されています

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加工精度の決定因子

適切なカットオフ値の設定が金属加工の品質を左右します

カットオフ値による粗さ曲線とうねり曲線の分離の仕組み

金属加工において、表面品質を評価する際に重要となるのが表面粗さの測定です。金属の表面を拡大して観察すると、微細な凹凸が存在しており、これらは大きく「うねり」と「粗さ」に分類されます。うねりとは比較的波長の長い(周期の長い)凹凸であり、反りなどの表面のゆるやかな凹凸を指します。一方、粗さは波長の短い細かな凹凸成分です。

 

カットオフ値とは、この「うねり」と「粗さ」を分離するために使用される重要な基準値です。断面曲線から特定の波長をカットオフすることで、粗さ曲線やうねり曲線を得ることができます。

 

具体的には、主に以下の3種類のカットオフ値が使用されます。

  1. λs(ラムダs):断面曲線を得るためのカットオフ値
  2. λc(ラムダc):粗さ曲線とうねり曲線を分離するためのカットオフ値
  3. λf(ラムダf):うねり曲線の長波長成分をカットオフするための値

例えば、λcが0.8mmの場合、0.8mm以下の波長の成分は「粗さ」として扱われ、0.8mm以上の波長の成分は「うねり」として扱われます。つまり、粗さ曲線はλs以下とλc以上の波長成分を無視した曲線であり、λsからλcまでの波長に着目した曲線となります。一方、うねり曲線はλcからλfまでの波長に着目した曲線です。

 

これらのカットオフ値を使用するフィルタには、かつては2CRフィルタが用いられていましたが、現在では位相補償形デジタルフィルタ(ガウシアンフィルタ)が主流となり、JIS B 0601-1994からこのデジタルフィルタがJIS規格にも反映されています。

 

このようにカットオフ値は、表面性状を定量的に評価する上で非常に重要なパラメータであり、適切なカットオフ値の選定が正確な表面粗さ測定には欠かせないのです。

 

カットオフ値がJIS規格で定められる基準長さとしての役割

カットオフ値は、日本産業規格(JIS)において重要な位置を占めています。JIS B 0633では、「うねり」と「粗さ」の分離のための基準長さとしてカットオフ値が規定されています。

 

JIS規格において、カットオフ値λcは基準長さと等しく設定されます。算術平均粗さ(Ra)や最大高さ粗さ(Rz)などの粗さパラメータを求める際には、一定の長さ(評価長さ)を測定曲線から抜き取りますが、この評価長さは標準的にはカットオフ値の5倍に設定されています。

 

カットオフ値の標準値としては0.8mmが一般的に用いられますが、測定対象や目的によって0.08mm、0.25mm、2.5mm、8mmなどの値も使用されます。基準長さは粗さ曲線、うねり曲線のためにはそれぞれの曲線のカットオフ値であるλcやλfと同じ長さになります。

 

JIS規格の変遷においても、カットオフ値の扱いは大きく変化してきました。特筆すべきは、JIS B 0601-1994以降、位相補償形ディジタルフィルタ(ガウシアンフィルタ)が導入されたことです。これにより、より正確な表面粗さ測定が可能になりました。

 

また、JIS規格の改訂に伴って、表面粗さのパラメータ記号も変更されています。例えば、旧JIS規格(JIS'82)ではRzは「十点平均粗さ」を指していましたが、現行のJIS規格(JIS'01)ではRzは「最大高さ粗さ」を指すようになっています。このような変更点を理解し、図面が旧JISに基づいているのか、現行JISに基づいているのかを確認することが重要です。

 

以下に、JIS規格の変遷による主なパラメータの変化をまとめます。

曲線とパラメータの比較 JIS'82 JIS'94 JIS'01
断面曲線 フィルタ無し アナログ信号 フィルタ無し デジタル信号 λs フィルタ デジタル信号
最大断面高さ Rmax - Pt
十点平均粗さ Rz - -
粗さ曲線 2RC フィルタ カットオフ値λc ガウシアンフィルタ 短波長λc ガウシアンフィルタ カットオフ値λc-λs
最大粗さ高さ - Ry Rz
十点平均粗さ - Rz Rzjis
中心線平均粗さ Ra Ra 75 Ra 75
算術平均粗さ - Ra Ra

金属加工における表面粗さの重要性と測定パラメータ

金属加工において、表面粗さは製品の品質や性能に直接影響する重要な要素です。例えば、機械部品の摩擦や摩耗特性、気密性、疲労強度、外観などに大きく関わります。

 

製品の表面の粗さを表す際に、「ツルツル」「ピカピカ」「ザラザラ」といった感覚的な表現では個人差が生じてしまい、客観的な評価ができません。そのため、表面粗さを定量的に表現する方法が確立されています。主な表面粗さのパラメータには以下のようなものがあります。

  1. 算術平均粗さ(Ra):基準長さ区間の粗さ曲線から平均線の方向に測定した絶対値の平均値
  2. 最大高さ粗さ(Rz):基準長さ区間の粗さ曲線における山頂の最高点から谷の最低点までの距離

算術平均粗さ(Ra)について具体的に説明すると、基準となる区間Lの凹凸の平均を出す方法です。基準値からの高さの絶対値の合計(面積A)を区間Lで割った値として表されます。面積Aを求める際には、基準値以下の値をマイナスとしてしまうとプラスとマイナスで相殺されて0近くになってしまうため、面積は絶対値にて算出します。

 

一方、最大高さ粗さ(Rz)は、正の方向の最大の高さと負の方向の最大の深さの差を表します。これは、特に深い傷などが製品機能に影響する場合に重要なパラメータです。突出して基準値から外れる箇所があっても、その他の部分の粗さが小さいと平均値(Ra)だけでは問題を検出できないことがありますが、Rzであれば検出可能です。

 

表面粗さの測定方法には、主に以下の2種類があります。

  • 接触式:触針(スタイラス)を表面に接触させて走査し、その変位を記録
  • 非接触式:レーザーや光干渉計を用いて表面を測定

また、表面粗さを図面上で表示する際には、特定の記号が用いられます。最も基本的な表面粗さ記号は、三角形の記号の下に数値を記したものです。例えば、「▽ Ra 0.8a」は表面粗さRaが0.8μmであり、除去加工を要求することを示しています。

 

このように、表面粗さをきちんと測定・評価することで、製品の品質を客観的に管理し、機能性を保証することができるのです。

 

切削加工と研削加工での表面粗さの違いとカットオフ値の関係

金属加工において、切削加工と研削加工は代表的な除去加工方法ですが、それぞれで得られる表面粗さには大きな違いがあります。同時に、適切なカットオフ値の選定も加工方法によって異なることがあります。

 

切削加工は、刃物(バイトやエンドミルなど)を用いて金属を削り取る方法で、主に旋盤やフライス盤、マシニングセンタなどの工作機械で行われます。一方、研削加工は砥石を高速回転させて金属表面を削る方法で、砥粒が微細な切削を行います。

 

それぞれの加工方法で得られる代表的な表面粗さは以下の通りです。

  • 切削加工。
    • 荒加工:Ra 6.3~12.5μm
    • 中仕上げ:Ra 3.2~6.3μm
    • 仕上げ:Ra 1.6~3.2μm
  • 研削加工。
    • 通常研削:Ra 0.8~1.6μm
    • 精密研削:Ra 0.2~0.8μm
    • 超精密研削:Ra 0.05~0.2μm

    同じRa値であっても、切削加工と研削加工では表面のツールマーク(加工痕)が全く異なります。切削加工の場合は、工具の送りに沿った規則的な筋が見られるのに対し、研削加工では砥石の砥粒による微細で不規則なパターンが見られます。

     

    このような表面性状の違いは、部品の機能にも影響します。例えば、摺動面の場合、研削仕上げによる微細で不規則なパターンは油膜の保持に有利なことがあります。一方、切削加工による規則的なパターンは、特定方向への流体の流れを促進する効果があります。

     

    カットオフ値の選定に関しては、加工方法と表面粗さによって適切な値が異なります。

    • 粗い加工面(例:旋削の荒加工):より長いカットオフ値(例:λc = 2.5mm)
    • 中程度の加工面(例:フライス加工の仕上げ):標準的なカットオフ値(例:λc = 0.8mm)
    • 精密な加工面(例:研削仕上げ):より短いカットオフ値(例:λc = 0.25mm)
    • 超精密な加工面(例:ラッピング、ポリシング):非常に短いカットオフ値(例:λc = 0.08mm)

    このように、加工方法と目標とする表面粗さに応じて適切なカットオフ値を選定することが、正確な表面性状の評価には欠かせません。特に、異なる加工方法で作られた部品の表面粗さを比較する場合には、同じカットオフ値を用いることで客観的な比較が可能になります。

     

    カットオフ値を活用した金属加工の高精度化のテクニック

    金属加工において高精度な表面仕上げを実現するためには、カットオフ値を適切に理解し活用することが重要です。ここでは、現場で実践できるテクニックを紹介します。

     

    まず、加工目的に応じた適切なカットオフ値の選定が基本となります。例えば、一般的な機械部品では標準的なカットオフ値λc = 0.8mmを使用することが多いですが、微細な部品や高精度を要求される部品では、λc = 0.25mmやλc = 0.08mmなどの短いカットオフ値を選定する必要があります。

     

    表面粗さの測定と評価においては、以下のポイントに注意することで高精度な加工が実現できます。

    1. 測定条件の標準化: カットオフ値、評価長さ、フィルタ種類など、測定条件を明確に定義し、社内規格として標準化することで、測定のばらつきを防ぐことができます。
    2. 加工条件の最適化: カットオフ値の概念を理解した上で、加工時の切削速度、送り速度、切込み量などの条件を最適化します。特に、うねり成分を減少させるためには、工具剛性の確保や加工時の振動抑制が効果的です。
    3. 段階的な仕上げプロセス: 粗加工から仕上げ加工まで、段階的に表面粗さを改善していく方法が効果的です。各段階で適切なカットオフ値を用いて評価することで、効率的に目標の表面品質を達成できます。
    4. 表面性状の評価と改善: 単にRa値だけでなく、粗さ曲線とうねり曲線を分離して評価することで、問題の原因をより正確に把握できます。例えば、Raは良好でもうねり成分が大きい場合、機械の剛性や振動の問題が考えられます。

    特に、鏡面加工などの超精密加工では、うねり成分の管理が重要です。砥粒研磨を行うと、ミクロ単位の凸部が除去され、鏡面の輝きが得られますが、うねり成分がまだ残っていると完全な鏡面にはなりません。このような場合、カットオフ値λcとλfを適切に設定し、うねり曲線も評価することで、より効果的な加工方法や条件の改善につなげることができます。

     

    また、意外と知られていないテクニックとして、異なるカットオフ値で同じ表面を評価し、結果を比較することがあります。例えば、λc = 0.8mmとλc = 2.5mmの両方で測定し、値が大きく異なる場合、その表面には中波長の成分(0.8mm~2.5mmの波長)が多く含まれていることが分かります。これにより、加工プロセスの改善点を特定できることがあります。

     

    最新のデジタルフィルタ技術を活用することも有効です。従来のアナログフィルタよりも位相遅れの少ない位相補償形ガウシアンフィルタなどを使用することで、より正確に粗さとうねりを分離評価できます。これは、JIS B 0601-1994以降の規格に準拠した測定器で利用可能です。

     

    表面粗さの用語集と詳細な解説(KEYENCE)
    さらに、近年では機械学習やAIを活用して、表面粗さデータから加工条件にフィードバックするシステムも開発されています。これらのシステムでは、カットオフ値の異なる複数の測定結果をデータとして学習させ、最適な加工条件を導き出すことも可能になってきています。

     

    カットオフ値を適切に理解し活用することで、金属加工の品質向上と効率化を同時に達成することができます。特に高精度が要求される航空宇宙部品や医療機器部品などの製造においては、表面粗さの正確な評価と制御が製品性能を左右する重要な要素となっています。

     

    カットオフ値の選定が表面粗さ測定結果に及ぼす影響

    カットオフ値の選定は、表面粗さ測定結果に大きな影響を与えるにも関わらず、その重要性が十分に認識されていないことがあります。ここでは、カットオフ値の選定が測定結果にどのような影響を与えるかについて詳しく解説します。

     

    まず、同じ表面であっても、カットオフ値を変えると測定されるRa値やRz値は変化します。一般的に、カットオフ値を長くすると、より長い波長の成分も「粗さ」として評価されるため、Ra値は大きくなる傾向があります。逆に、カットオフ値を短くすると、長い波長の成分は「うねり」として除外されるため、Ra値は小さくなる傾向があります。

     

    以下に、カットオフ値の選定が測定結果に及ぼす具体的な影響を示します。

    • λcを長くした場合(例:0.8mm→2.5mm):
      • うねりと判断される波長が長くなる
      • 粗さとして評価される波長範囲が広がる
      • Ra値やRz値が通常は大きくなる
      • 評価長さも長くなるため、測定時間が増加する
    • λcを短くした場合(例:0.8mm→0.25mm):
      • うねりと判断される波長が短くなる
      • 粗さとして評価される波長範囲が狭まる
      • Ra値やRz値が通常は小さくなる
      • 評価長さも短くなるため、局所的な表面状態を評価しやすくなる

      実際の製造現場では、このカットオフ値の影響を理解していないと、同じ部品でも測定者や測定機器によって異なる表面粗さ値が得られ、品質管理上の混乱を招くことがあります。特に、取引先との間で表面粗さ値の解釈が異なるケースもあります。

       

      また、JIS B 0633では、予想されるRa値によって推奨されるカットオフ値が規定されています。

      予想されるRa値(μm) 推奨カットオフ値λc(mm) 評価長さ(mm)
      0.006以下 0.08 0.4
      0.006超~0.02以下 0.25 1.25
      0.02超~0.1以下 0.8 4
      0.1超~2以下 2.5 12.5
      2超 8 40

      この表に基づいてカットオフ値を選定することで、測定の再現性と比較可能性を確保できます。しかし、実際には単に標準値(λc = 0.8mm)を使用していることも多いため、適切なカットオフ値の選定を心がけることが重要です。

       

      また、最近のデジタル式表面粗さ測定器では、測定後にソフトウェア上でカットオフ値を変更して再計算することが可能なものもあります。これにより、1回の測定データから異なるカットオフ値での評価結果を得ることができ、表面性状をより総合的に理解することができます。

       

      カットオフ値の選定は、表面粗さ測定において「何を見たいか」という目的によって決まります。摺動特性を評価したい場合は短い波長の粗さ成分が重要であり、光沢や見栄えを評価したい場合は中波長のうねり成分も含めた評価が必要かもしれません。このように、測定目的を明確にした上で適切なカットオフ値を選定することが、表面粗さ測定の信頼性と有用性を高める鍵となります。