Intel CEOのPat Gelsinger氏が2024年までの不足継続を発表していた当時の予測は大きく外れましたが、2024年以降の状況は大きく改善しています。世界の主要半導体メーカーの棚卸資産回転日数がコロナショック直前と同程度まで回復し、PCやスマートフォン向けの需要減少の影響も受け、世界の半導体需給は着実に緩和へ向かっています。
台湾のTSMC(台湾積体電路製造)は2024年2月に日本初の生産拠点となる熊本工場を稼働させました。この工場は特に自動車向けの半導体製造が計画されており、完成によって自動車の生産数回復が期待されています。同社はさらにドイツやアメリカでも生産能力を拡大する計画を展開中です。インテルもドイツやマレーシアなどでの工場増強計画を公表し、各国が国内半導体産業の育成に向けた財政支援を実施しています。
自動車産業は半導体不足の最大の被害者でした。エンジン制御、ナビゲーションシステム、安全機能など、多くの自動車部品に半導体が不可欠であるためです。半導体不足が深刻化していた2022年の国内新車販売台数(軽自動車含む)は約420万台(前年比6%減)と、1977年以来45年ぶりの低水準に落ち込みました。
しかし足元では自動車メーカーの業況見通しが上向いており、相次ぐ減産によって自動車の仕掛品在庫が積み上がっています。自動車需給は国内・海外ともにかつてないほどひっ迫しており、今後は過剰貯蓄やペントアップ需要を背景とした自動車の増産が期待されています。自動車向けのマイコンは依然として不足がありますが、供給改善と増産体制の整備が同時進行で進んでいます。
産業機械・工作機械などの生産財産業も半導体不足の大きな影響を受けました。顧客の設備投資が停滞し、必要な部材が入手困難になるため機械の納期が遅延し、生産能力の強化やDX化の計画が遅れるという悪循環に陥りました。金属加工業も機械装置のコントロールに使用される半導体が不足することで、新型機械の導入計画の延期や既存設備の保守部品不足に直面してきました。
しかし、半導体需給の正常化に伴い、顧客からの設備投資需要が戻り始めています。産業機械向けのマイコン出荷や在庫も増加傾向にあり、金属加工業が発注を受ける機械装置の製造が加速することが予想されます。短期的な需要急増への対応体制整備が、金属加工業に求められる重要な課題となるでしょう。
半導体業界では別の懸念も生まれています。それが「2024年問題」です。2020年以降の世界的な半導体不足により、欧米や日本など主要国は産業の空洞化を防ぐため、国内外で大規模な半導体工場の新設を進めてきました。工場建設から本格稼働までには数年を要するため、2024年以降に世界の生産力が一気に強化されると、需要を大きく超えるリスクが存在します。
製品価格の大幅な低下や半導体メーカーの業績悪化も懸念されています。金属加工業の納入先となる機械メーカーやその顧客である自動車メーカーが、半導体の供給過剰による価格下落で利益圧縮に直面する可能性があります。供給過剰の局面では、品質競争力の強化や納期短縮、コスト効率化といった対応が、金属加工業にも求められる可能性が高くなります。
ただし、供給過剰に陥るシナリオは確定的ではありません。AIやIoT、自動運転などの技術が急速に進展することで、新たな半導体需要が生まれる可能性が大きいためです。AI技術の発展に伴い、データセンター向けの高性能半導体の需要は爆発的に増加しています。SEMI(国際半導体製造装置・材料協会)の予測では、半導体製造装置の売上高は2024年に2年ぶりに回復し、2025年には過去最高を更新するとされています。
スーパーコンピューターや次世代自動車に搭載される半導体は、従来製品よりも高い性能と複雑性を要求されます。これにより単純な価格競争だけでなく、高性能・高精度な部品を提供できる金属加工業に対する需要が継続する可能性があります。技術進化に対応した設備投資と人材育成が、競争力維持の鍵となるでしょう。
半導体供給の正常化に伴い、金属加工業の取引環境は大きく変わります。不足時代の特急対応需要から、通常納期での安定供給へのシフトが進みます。同時に、顧客である機械メーカーはコスト効率を重視する傾向を強め、単価交渉の圧力が高まる可能性があります。
また、半導体産業全体の競争激化に伴い、納入先企業の選別が進むでしょう。高い品質基準を満たし、納期を厳守し、継続的なコスト低減に対応できる企業への取引集約が予想されます。金属加工業にとっては、単なる加工請負から、顧客のニーズを先読みしたソリューション提供へのシフトが重要になります。CADやCAM、AIを活用した工程設計の最適化、QC(品質管理)強化による不良率低減が競争力の源泉となるでしょう。
半導体不足という外部要因への受動的な対応から、主体的な技術進化への投資へ転換することが、次の成長段階への道筋を開くのです。
参考情報:半導体不足の解決時期と市場見通しについては、国際的な産業調査会社SEMIや主要メーカーのIR情報が参考になります。
https://www.witc.co.jp/blog/t8gxc1ypw/
参考情報:日本国内の半導体産業と経済への影響分析は、大和総研などの経済研究機関のレポートが詳しいです。
https://www.dir.co.jp/report/research/economics/japan/20221017_023337.html