電解砥粒研磨は、イオン単位の除去作用を持つ電解作用に砥粒による微小切り込み作用を補助させた技術です。この方法の根本的な特徴は、ステンレス鋼やアルミニウムなどの耐食材料の表面に形成される「不動態被膜」(不動態皮膜)に対する選択的な作用です。
金属表面には通常、酸化皮膜による不動態被膜が形成されています。電解砥粒研磨では、回転する砥粒工具がこの不動態被膜の表面凸部を機械的に除去します。同時に、凸部の不動態被膜が除去された露出部分に電解が集中し、その部分の下地金属がイオンとして急速に溶出します。一方、凹部はなお不動態被膜で保護されているため、電解が進行しません。この不動態被膜による選択的な保護作用のため、ミクロ凸部だけが優先的に除去され、表面全体が急速に平滑化されるのです。
この原理から理解できるように、電解砥粒研磨による研磨速度は従来の機械的研磨に比べはるかに大きく、また表面の加工変質層の除去も効率的に行えます。さらに重要なのは、砥粒による物理的な切削と電解による化学的溶解が相乗的に作用することで、従来の電解研磨やラッピング単独では実現困難だった、ナノレベルの鏡面研磨が可能になることです。
電解砥粒研磨の成功は、適切な加工条件の設定にかかっています。実務的には、複数の条件パラメータを組み合わせることで目的とする表面品質を達成します。
研磨材の選定は最初の重要なステップです。平面研磨用には、ナイロン不織布に砥粒(アルミナ、炭化けい素など)が樹脂で固着された形式と、ウレタン材にアルミナ砥粒を電解液中に混入させる形式があります。前者は荒研磨から中仕上げに用いられ(砥粒粒度#150~2500程度)、後者は鏡面仕上げに適しています。
電解液は中性水溶液が用いられることが多く、一般的には20wt%硝酸ソーダ(NaNO3)水溶液が標準となります。低電流、低電圧の直流電源を使用するため、作業環境が安全で、操作者の熟練度が不要で自動化が容易という利点があります。
加工条件の具体的な設定値としては、工具回転速度300~600rpm、押付圧10~20kPa、印加電圧5~20Vが標準です。ただし、これらは加工対象となる材質、表面粗さ、目標仕上げ精度に応じて調整が必要です。砥粒研磨の場合、上下動振幅が8mm、上下動周期が7Hzという条件が実績にあり、加工時間は通常120秒程度で基本的な研磨が完了します。
電解砥粒研磨の大きな強みは、平面だけでなく多様な形状に対応できる点です。加工方式は形状に応じて大きく分類されます。
大径円筒内面(内径100mm以上)の研磨では、管を回転させながら内周の一部に研磨材を押付ける一方、反対側に電極を配置して電解を行います。摩擦抵抗の関係から全面同時の研磨は難しいため、この一側加工方式が採用されます。この条件下では高速電解仕上げ用の高電流密度範囲が設定でき、大きな研磨速度が得られるので、表面の加工変質層除去に適しています。
小径円筒内面(内径3~50mm程度)の研磨では、芯電極にウレタン、ナイロン不織布を螺旋状に巻いた工具が用いられます。工作物内径よりやや大きい工具外形が挿入時に圧縮されることで押付圧が自動的に生じ、工具に回転と軸方向の数mm幅の往復運動を付与することで、砥粒の運動軌跡に適切な交差角が生まれます。この方式により、数μm Ry オーダーの下地面粗さから、電解砥粒研磨の3工程(荒、中、鏡面仕上げ)を経て、0.1μm Ry オーダーの最終仕上げ面が達成されます。
一般平面の研磨では、円板形電極の底面に研磨材を装着し、外部から大気圧で供給した電解液が電極の小穴から研磨材中へ流入し、遠心力により加工域を通過して流出する構造が用いられます。自動研磨装置では押付圧を定荷重方式で付加し、送りをXYテーブルでプログラム制御して駆動することで、高精度で再現性のある研磨が実現されます。
電解砥粒研磨の適用可能な材質は電解可能な金属に限定されます。実務では、ステンレス鋼、アルミニウム、チタン合金などが代表的な適用対象です。特にステンレス鋼に対しては、この技術の効果が最も顕著です。
ステンレス鋼の耐蝕性は表面に形成されるクロムに富んだ不動態被膜に依存しています。従来のバフ研磨などの機械的研磨では、細かい傷、バリ、研磨粉などが表面に残留し、これらが錆の起点となります。一方、電解砥粒研磨では砥粒と電解の相乗作用により微細な傷も含めて均一に除去され、かつ仕上げの最終段階で電解作用がクロムを濃縮した新しい不動態皮膜を形成します。
この新しく形成された不動態皮膜は、もとの皮膜よりも厚くて密着性が高く、クロム含有率が高いという特徴があります。したがって、鏡面化と同時に耐蝕性が大幅に向上するという、二つの目的が同時に達成されるのです。このため、食品工場の真空チャンバー、タンク、撹拌羽根、粉体搬送機器など、清浄性と耐蝕性の両立が求められる環境での適用が増加しています。
従来、精密研磨は工場内での専用設備で行われるのが常識でした。しかし電解砥粒研磨には、移動不可能な大型設備や屋外構造物についても現地での加工が可能という、他の精密研磨技術にはない大きな特徴があります。
現地施工の可能性は、電解砥粒研磨が本質的に低電圧・低電流のプロセスであり、作業環境が安全であることに根ざしています。大型タンクの内面全体ではなく、流体の通路部分など特定箇所のみの部分的な加工が可能で、加工後の排水が少ない(通常1タンク分で数リットル程度)ため、環境への負荷も最小限に抑えられます。
実務例として、ドライフーズ加工用の真空チャンバーでは約10日間で施工が完了し、3人の作業者で対応可能です。溶接の前後で別々に研磨することも可能で、設備の使用目的に応じた計画的なメンテナンスが実現します。このように、電解砥粒研磨は大型設備の継続的な作業や連続加工も可能にし、金属加工業において新たな可能性を開いています。
参考資料:電解砥粒研磨の応用例と推奨条件について
ものづくり.jp - 電解砥粒研磨技術資料
参考資料:ステンレス製設備の腐食対策と鏡面研磨について
サーフ工業 - 電解砥粒研磨について
参考資料:電解砥粒研磨装置と精密加工条件について
MISUMI MEVIY - 電解研磨の原理とメリット