NAK材は、大同特殊鋼株式会社が開発したNi-Al-Cu系のプリハードン鋼(析出硬化型)です 。最大の特徴は、HRC37~43程度の硬度を持ちながら、納入された時点ですでに硬化処理が完了している点にあります 。これにより、一般的な鋼材で必要となる「焼入れ・焼戻し」といった熱処理工程が不要になります 。
この「熱処理不要」という特性は、金属加工の現場において計り知れないメリットをもたらします。
ただし、NAK材はプリハードン鋼であるため、焼入れ・焼戻しによってこれ以上の硬度を上げることはできません 。もし表面硬度をさらに高めたい場合は、窒化処理などの表面処理が有効な手段となります 。この特性を正しく理解し、材料選定を行うことが重要です。
時効硬化型プラスチック金型用鋼に関するより詳細な技術情報
【技術資料】時効硬化型プラスチック金型用鋼について - 大同特殊鋼
NAK材はHRC40程度の硬度にもかかわらず、被削性が極めて良好で、S53C(生材)と同等レベルの加工のしやすさを誇ります 。これは、成分に含まれる硫黄(S)が切削抵抗を低減させる働きをするためです 。しかし、その一方で、特定の加工条件下では「びびり振動」や甲高い「鳴き」といった現象に悩まされることがあります。
これらの現象は、工具や工作物、工作機械が一体となって引き起こす自励振動の一種であり、加工面の悪化や工具寿命の低下を招きます 。NAK材の加工で高品質な仕上がりを得るためには、これらの振動を抑制するノウハウが不可欠です。
参考)機械加工で生じる「びびり」を抑えるためのポイント6選!
主な原因と対策:
| 原因 | 具体的な対策方法 |
|---|---|
| 工具の剛性不足 | ・工具の突き出し量をできるだけ短くする ・より剛性の高い、太いシャンク径の工具や超硬ソリッドエンドミルを使用する ・防振機能付きのホルダを検討する |
| 不適切な切削条件 | ・周速(回転数)を下げる:びびり発生時に最も効果的な対策の一つです 。 ・送り量を調整する:切削抵抗を変化させ、振動を抑制できる場合があります。 ・切り込み量を浅く、または深く調整して共振点を避ける。 |
| ワークの固定不良 | ・クランプの剛性を高め、ワークをしっかりと固定する。 ・薄肉部分や張り出し部分は、サポート治具などで補強する。 |
| 工具刃先の形状 | ・刃先ノーズRが小さい工具を選ぶと、切削抵抗が減り、びびりを抑制できることがあります 。 ・ポジティブ(すくい角が大きい)な切れ刃のインサートを使用する。 |
特に「鳴き」と呼ばれる高周波の振動は、工具とワークの固有振動数が共振することで発生しやすい現象です 。この場合、回転数や送り速度をわずかに変更するだけでも、劇的に改善されることがあります。びびりや鳴きが発生したら、まずは加工条件の見直しから着手するのが定石です 。
研削加工におけるビビリについては、砥石のバランス不良や取り付け不良も原因となりますので、定期的なツルーイングやバランシングが重要です 。
参考)研削加工におけるビビリの原因と対策|研削技術サイト - ジェ…
NAK材は、金型の補修などで肉盛溶接が必要になる場面があります。しかし、HRC40という高硬度材であるため、溶接は決して容易ではありません 。特に注意すべきは「低温割れ(遅れ割れ)」のリスクです。これは、溶接後に時間が経過してから溶接部やその周辺(熱影響部:HAZ)に発生する割れで、水素の侵入や組織の硬化が主な原因です 。
この深刻なトラブルを防ぎ、良好な溶接品質を確保するためには、適切な「予熱」と「後熱」が絶対条件となります。
溶接の重要ポイント:
特に、大きな肉盛溶接を行う場合は、溶接後すぐに870℃での歪取り焼なましを行い、その後で時効処理を施すといった特殊な熱処理が必要になるケースもあります 。NAK材の溶接は、材料の特性を熟知した上での慎重な作業が求められる、まさにプロの腕の見せ所と言えるでしょう。
金型補修溶接のより詳細な技術情報
プラスチック成形用金型の補修溶接 - 大同特殊鋼
NAK材がプラスチック金型材として絶大な支持を得ている理由の一つに、その優れた「鏡面仕上げ性」と「シボ加工性」が挙げられます 。透明部品の金型や、デザイン性の高い製品の金型など、最終製品の品質を左右する美麗な表面を作り出す能力に長けています。
この優れた特性は、NAK材が持つ以下の2つの秘密によって支えられています。
NAK55とNAK80の使い分け:
NAKシリーズには、主に「NAK55」と「NAK80」の2種類が存在します 。
このように、要求される表面品質に応じてNAK55とNAK80を使い分けることが、最高の金型を作るための鍵となります。
NAK材は「熱処理不要で寸法変化が少ない」というのが一般的な認識であり、その安定性は大きなメリットとされています 。事実、時効硬化処理によって組織が安定化されているため、通常の環境下での経年変化は極めて小さいと言えます。しかし、これは「いかなる条件下でも絶対に寸法変化しない」ことを意味するわけではありません。長期にわたる精密金型の運用を考えるとき、この「神話」の裏に隠された真実を理解しておくことは、トラブルを未然に防ぐ上で非常に重要です。
寸法変化を引き起こしうる隠れた要因:
真の寸法安定性を実現するためのプロの技:
では、これらのリスクを最小限に抑え、NAK材のポテンシャルを最大限に引き出すにはどうすればよいのでしょうか。答えは、「応力除去焼きなまし(SR)」の活用にあります。
一般的に熱処理不要とされるNAK材ですが、最高レベルの寸法安定性が求められる精密金型では、最終的な仕上げ加工の前に、500℃前後で応力除去のための焼きなましを行うことが極めて有効です。これはNAK材の硬度を変化させない温度域(時効処理温度と同等)であり、加工によって生じた内部の残留応力だけを効率的に取り除くことができます。
この一手間を加えることで、長期使用における予測不能な寸法変化のリスクを限りなくゼロに近づけることができるのです。「NAK材は熱処理不要」という常識に捉われず、材料の特性を深く理解し、目的に応じて適切な処置を施すこと。これこそが、NAK材を真に使いこなすための、一歩進んだ技術と言えるでしょう。
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