NAK材の加工と熱処理、溶接における特徴とメリット

NAK材は優れた加工性を持つプリハードン鋼ですが、そのポテンシャルを最大限に引き出すには特徴の深い理解が不可欠です。熱処理や溶接の注意点、鏡面仕上げのコツまで、明日からの現場作業に本当に役立つ知識を得てみませんか?

NAK材の加工における特徴と完全攻略ガイド

この記事で解ること
💡
NAK材の基本特性

時効硬化と熱処理不要がもたらす、加工現場での絶大なメリットを解説します。

🔧
加工時の課題と対策

多くの加工者を悩ませる「びびり」や「鳴き」の具体的な抑制方法を学びます。

🔩
溶接と仕上げの極意

溶接割れのリスクを回避し、完璧な鏡面仕上げを実現するためのプロの技を紹介します。

NAK材の時効硬化と熱処理不要のメリット

 

NAK材は、大同特殊鋼株式会社が開発したNi-Al-Cu系のプリハードン鋼(析出硬化型)です 。最大の特徴は、HRC37~43程度の硬度を持ちながら、納入された時点ですでに硬化処理が完了している点にあります 。これにより、一般的な鋼材で必要となる「焼入れ・焼戻し」といった熱処理工程が不要になります 。
この「熱処理不要」という特性は、金属加工の現場において計り知れないメリットをもたらします。

 

  • 寸法精度の向上: 熱処理による変形や歪みのリスクがゼロになるため、加工後に高い寸法精度を維持できます。特に精密さが求められる金型製作において、これは決定的な利点となります 。
  • 納期短縮とコスト削減: 熱処理工程そのものと、それに伴う外注や運搬の時間がなくなるため、大幅な納期短縮とコスト削減が可能です 。
  • 均一な硬度: NAK材は「時効硬化」または「析出硬化」と呼ばれる原理で硬化します 。これは、鋼材内部で微細な硬化相(NiAlなど)が均一に析出する現象で、材料の表面から中心部まで硬さが均一になります 。このため、大型の金型でも安定した性能を発揮します。

ただし、NAK材はプリハードン鋼であるため、焼入れ・焼戻しによってこれ以上の硬度を上げることはできません 。もし表面硬度をさらに高めたい場合は、窒化処理などの表面処理が有効な手段となります 。この特性を正しく理解し、材料選定を行うことが重要です。
時効硬化型プラスチック金型用鋼に関するより詳細な技術情報
【技術資料】時効硬化型プラスチック金型用鋼について - 大同特殊鋼

NAK材の切削加工における「びびり」と「鳴き」の対策

NAK材はHRC40程度の硬度にもかかわらず、被削性が極めて良好で、S53C(生材)と同等レベルの加工のしやすさを誇ります 。これは、成分に含まれる硫黄(S)が切削抵抗を低減させる働きをするためです 。しかし、その一方で、特定の加工条件下では「びびり振動」や甲高い「鳴き」といった現象に悩まされることがあります。
これらの現象は、工具や工作物、工作機械が一体となって引き起こす自励振動の一種であり、加工面の悪化や工具寿命の低下を招きます 。NAK材の加工で高品質な仕上がりを得るためには、これらの振動を抑制するノウハウが不可欠です。

 

参考)機械加工で生じる「びびり」を抑えるためのポイント6選!

主な原因と対策:

原因 具体的な対策方法
工具の剛性不足 ・工具の突き出し量をできるだけ短くする
・より剛性の高い、太いシャンク径の工具や超硬ソリッドエンドミルを使用する
・防振機能付きのホルダを検討する
不適切な切削条件 周速(回転数)を下げる:びびり発生時に最も効果的な対策の一つです 。
送り量を調整する:切削抵抗を変化させ、振動を抑制できる場合があります。
・切り込み量を浅く、または深く調整して共振点を避ける。
ワークの固定不良 ・クランプの剛性を高め、ワークをしっかりと固定する。
・薄肉部分や張り出し部分は、サポート治具などで補強する。
工具刃先の形状 ・刃先ノーズRが小さい工具を選ぶと、切削抵抗が減り、びびりを抑制できることがあります 。
・ポジティブ(すくい角が大きい)な切れ刃のインサートを使用する。

特に「鳴き」と呼ばれる高周波の振動は、工具とワークの固有振動数が共振することで発生しやすい現象です 。この場合、回転数や送り速度をわずかに変更するだけでも、劇的に改善されることがあります。びびりや鳴きが発生したら、まずは加工条件の見直しから着手するのが定石です 。
研削加工におけるビビリについては、砥石のバランス不良や取り付け不良も原因となりますので、定期的なツルーイングやバランシングが重要です 。

 

参考)研削加工におけるビビリの原因と対策|研削技術サイト - ジェ…

NAK材の溶接割れを防ぐ予熱・後熱の重要性と肉盛溶接のコツ

NAK材は、金型の補修などで肉盛溶接が必要になる場面があります。しかし、HRC40という高硬度材であるため、溶接は決して容易ではありません 。特に注意すべきは「低温割れ(遅れ割れ)」のリスクです。これは、溶接後に時間が経過してから溶接部やその周辺(熱影響部:HAZ)に発生する割れで、水素の侵入や組織の硬化が主な原因です 。
この深刻なトラブルを防ぎ、良好な溶接品質を確保するためには、適切な「予熱」と「後熱」が絶対条件となります。

 

溶接の重要ポイント:

  • 🔥 予熱: 溶接を行う前に、金型全体を200~400℃に加熱します。これにより、溶接部の冷却速度が緩やかになり、硬化を防ぎます。また、材料中の水素を放出させる効果もあり、低温割れのリスクを大幅に低減できます。部分的な加熱ではなく、全体を均一に加熱することが理想です 。
  • ♨️ 後熱(時効処理): 溶接が完了したら、放置せずに直ちに500~520℃で時効処理(硬度回復のための熱処理)を行います 。これにより、溶接によって軟化した部分の硬さが回復し、母材との硬度差がなくなります。結果として、均一なシボ加工面や鏡面仕上げが可能になります 。
  • 溶接部の前処理: 溶接する箇所の油脂、ゴミ、スケール、既存の窒化層や割れは、グラインダーなどで完全に除去しておく必要があります 。不純物の巻き込みは、溶接欠陥の直接的な原因となります。
  • 📏 溶接棒の選定: NAK材専用の溶接棒(例:TS-NAK)を使用します。溶接棒の管理も重要で、湿気を吸った溶接棒は割れの原因となる水素を供給してしまうため、使用前に適切な乾燥を行うことが推奨されます。

特に、大きな肉盛溶接を行う場合は、溶接後すぐに870℃での歪取り焼なましを行い、その後で時効処理を施すといった特殊な熱処理が必要になるケースもあります 。NAK材の溶接は、材料の特性を熟知した上での慎重な作業が求められる、まさにプロの腕の見せ所と言えるでしょう。
金型補修溶接のより詳細な技術情報
プラスチック成形用金型の補修溶接 - 大同特殊鋼

NAK材で実現する鏡面仕上げとシボ加工性の秘密

NAK材がプラスチック金型材として絶大な支持を得ている理由の一つに、その優れた「鏡面仕上げ性」と「シボ加工性」が挙げられます 。透明部品の金型や、デザイン性の高い製品の金型など、最終製品の品質を左右する美麗な表面を作り出す能力に長けています。
この優れた特性は、NAK材が持つ以下の2つの秘密によって支えられています。

 

  1. 特殊溶解による清浄度の高さ
    金型の表面を鏡のように磨き上げる際、鋼材内部の不純物(非金属介在物)は大きな障害となります。NAK材は特殊な溶解プロセスを経て製造されており、一般的な鋼材に比べて介在物が極めて少なく、清浄度が高いのが特徴です。これにより、磨き工程で介在物が脱落して「ピンホール」と呼ばれる微小な穴が空くのを防ぎ、どこまでもクリアな鏡面を得ることが可能になります。
  2. 均一で微細な金属組織
    前述の通り、NAK材は時効硬化によって均一な組織を持っています 。この均一性が、シボ加工の品質を大きく左右します。シボ加工は、金型表面に化学的なエッチング処理などで梨地や革製品のような微細な模様を転写する技術です。NAK材は組織が均一であるため、エッチングの反応が均一に進み、ムラのない美しいシボ模様が得られます 。

NAK55とNAK80の使い分け:
NAKシリーズには、主に「NAK55」と「NAK80」の2種類が存在します 。

  • NAK55: 被削性を向上させるために硫黄(S)を快削成分として微量に添加しています 。このため切削加工性に優れますが、最高レベルの鏡面性を求める場合、この硫黄が介在物として作用し、磨き品質に影響を与えることがあります。一般的な鏡面仕上げやシボ加工に適しています 。
  • NAK80: NAK55から硫黄(S)を取り除き、鏡面仕上げ性を極限まで高めた鋼種です 。被削性ではNAK55に一歩譲りますが、光学レンズや透明カバーなど、#8000番以上の非常に高いレベルの鏡面性が要求される精密金型に最適です。

このように、要求される表面品質に応じてNAK55とNAK80を使い分けることが、最高の金型を作るための鍵となります。

 

【独自視点】NAK材の経年変化と長期使用における寸法安定性の神話と真実

NAK材は「熱処理不要で寸法変化が少ない」というのが一般的な認識であり、その安定性は大きなメリットとされています 。事実、時効硬化処理によって組織が安定化されているため、通常の環境下での経年変化は極めて小さいと言えます。しかし、これは「いかなる条件下でも絶対に寸法変化しない」ことを意味するわけではありません。長期にわたる精密金型の運用を考えるとき、この「神話」の裏に隠された真実を理解しておくことは、トラブルを未然に防ぐ上で非常に重要です。
寸法変化を引き起こしうる隠れた要因:

  • ⚙️ 加工による残留応力: NAK材は被削性が良いとはいえ、切削加工や放電加工は材料表面に必ず「加工応力(残留応力)」を残します。この残留応力は、金型の使用中の温度変化(成形時の熱サイクル)や長期間の使用によって徐々に解放され、μm単位の微小な変形(経年変化)を引き起こす可能性があります。
  • 🔥 不適切な溶接補修: 前述の通り、NAK材の溶接補修には厳密な温度管理が求められます。もし予熱や後熱(時効処理)が不適切だった場合、溶接部周辺に不均一な組織や高い残留応力が残ってしまいます。これが後々の寸法変化や、最悪の場合は割れの起点となることがあります。
  • 🔩 放電加工による硬化層: 放電加工を行った表面には、非常に硬く脆い「白層」と呼ばれる変質層が形成されます。この白層は内部応力が高く、マイクロクラックを含んでいることも多いため、除去が不十分だと金型使用中のチッピングや寸法変化の原因となり得ます。

真の寸法安定性を実現するためのプロの技:
では、これらのリスクを最小限に抑え、NAK材のポテンシャルを最大限に引き出すにはどうすればよいのでしょうか。答えは、「応力除去焼きなまし(SR)」の活用にあります。

 


一般的に熱処理不要とされるNAK材ですが、最高レベルの寸法安定性が求められる精密金型では、最終的な仕上げ加工の前に、500℃前後で応力除去のための焼きなましを行うことが極めて有効です。これはNAK材の硬度を変化させない温度域(時効処理温度と同等)であり、加工によって生じた内部の残留応力だけを効率的に取り除くことができます。

 


この一手間を加えることで、長期使用における予測不能な寸法変化のリスクを限りなくゼロに近づけることができるのです。「NAK材は熱処理不要」という常識に捉われず、材料の特性を深く理解し、目的に応じて適切な処置を施すこと。これこそが、NAK材を真に使いこなすための、一歩進んだ技術と言えるでしょう。

 

 




■ソマックス 溶接材 NAK及びHPM1 Φ0.6mm FORNAKANDHPM10.6MM(6345837)[送料別途お見積り][法人限定][直送]