CFRP(カーボンファイバー強化プラスチック)は、炭素繊維をポリマー樹脂で強化した複合材料であり、優れた強度比と軽量性から航空機、自動車、産業機械などで広く採用されています。しかし、この材料の表面処理は、従来の金属加工で行われる手法をそのまま適用することができません。その理由は、樹脂マトリックス材料の耐熱性制約にあります。
CFRP表面処理の第一の目的は、製品の接着性向上と層間剥離の防止です。金属製部品では防錆を主目的とした表面処理が行われますが、CFRP製品では錆の心配がないため、むしろ接着剤やコーティング剤との密着性向上が重点となります。加工工程で発生する微細な凹凸や化学的な汚染物質の除去が、後工程での接着性を大きく左右するのです。
樹脂マトリックスのポリマー特性により、CFRPは耐熱温度が最大でも200℃程度に限定されています。このため、金属素材に一般的に施されるフッ素樹脂コーティング(400℃程度の熱処理が必要)や、高温焼成プロセスは採用できません。代わりに、低温環境で効果を発揮する表面処理手法の採用が不可欠となります。
CFRP表面処理の実務では、研磨(グラインディング)が最初のステップとなります。成形直後のCFRP製品の表面には、型からの離型剤の残留物や、炭素繊維の微細な毛羽立ちが存在します。これらの汚染物質が存在したまま接着剤やコーティング剤を施行すると、層間剥離や接着性不良が発生する可能性が高まります。
研磨には通常、細かいサンドペーパー(#240~#400程度)または専用の研磨機が用いられます。この工程における重要なポイントは、研磨圧力とスピードを適切に管理することです。過度な研磨は、炭素繊維の毛羽立ちを増加させ、樹脂基材を傷つける恐れがあります。一方、不十分な研磨では汚染物質が十分に除去されず、後の接着工程での不具合につながります。
研磨後の洗浄工程も同等に重要です。研磨粉や微細なパーティクルが表面に付着した状態では、塗料やコーティング剤の密着性が大幅に低下します。複数回の洗浄により、これらの粒子を完全に除去し、表面を清潔な状態に整える必要があります。洗浄後には吸水性布で水分を拭き取り、乾燥機で完全に乾燥させることで、水分による接着性低下のリスクを回避できます。
近年、CFRP表面処理の有力な手法として注目されているのがプラズマ処理です。プラズマ処理は、低温環境で表面を化学的に活性化させ、接着性を飛躍的に向上させる技術です。研究報告によれば、エポキシ変性プライマーとプラズマ処理を組み合わせた場合、通常のCFRP製品と比べて接着強度が115%向上するという実績が報告されています。
プラズマ処理の原理は、気体をイオン化して高エネルギー粒子を生成し、CFRP表面に照射することで、表面の化学的性質を改質するというものです。この処理により、表面エネルギーが高まり、接着剤やコーティング剤との親和性が大幅に改善されます。特に低温処理のため、樹脂マトリックスへのダメージが最小限に抑えられるという利点があります。
プラズマ処理後のCFRP表面には、微小な活性サイトが形成されます。これらのサイトに接着剤分子が化学的に結合することで、物理的な密着だけではなく、化学的な結合力も働くようになります。その結果、層間剥離の発生が抑制され、長期的な接着性の維持が可能になります。ただし、プラズマ処理の効果は時間経過とともに減少するため、処理から接着工程までの時間を最小化することが実務上の課題です。
CFRP部材の表面処理には、低温で施工可能な専用のコーティング剤が開発されています。従来の金属向けコーティング(フッ素樹脂など)とは異なり、これらは常温から150℃程度の低温環境での硬化を想定した配合になっています。
特に製造現場では、離型性コーティングの需要が高まっています。ホットメルト接着工程などで使用される接着剤がローラー表面に付着する問題を解決するため、低温で施工可能な非粘着性コーティングが活用されています。このコーティングは、フッ素樹脂ほどの完全な離型性ではありませんが、低温プロセスでCFRP基材へのダメージを最小化しながら、実用的な離型機能を提供します。
低温コーティングの施工後、CFRP表面は化学的に安定した状態となり、環境からの湿度吸収や劣化が抑制されます。これは、機械加工品としての加工品質を長期間維持するうえで重要な役割を果たします。加えて、低温処理によるCFRP表面の微細な構造変化は、後工程での機械加工時の工具寿命延伸にも寄与する可能性があります。
表面処理の最終段階では、適切な乾燥とプライミング処理が加工品質を決定づけます。特に、研磨・洗浄後のCFRP製品は、樹脂の吸湿性が高まった状態にあります。この状態でコーティングや塗装を行うと、後に水分が表面から放出される際に、塗膜の浮きやひび割れが発生します。
標準的なプライミング工程では、まずプライマー(下地塗料)を薄く均一に塗布し、低温環境(80~120℃程度)で硬化させます。このプライマーは、基材(CFRP)と上層の塗料やコーティングの間に、化学的な結合層を形成する役割を果たします。その後、カラー塗料やトップコートを塗布し、再度乾燥させることで、多層の保護膜が完成します。
加工精度を維持するためには、各工程間の乾燥時間を厳密に管理する必要があります。過度に短い乾燥時間では、層間での化学結合が十分に形成されず、接着性不良につながります。一方、過度に長い乾燥時間は、生産効率を低下させるため、プロセス最適化の観点から避けるべきです。最後の仕上げ研磨で表面の凹凸や粒子欠陥を除去することで、製品としての加工品質が初めて確保されます。
参考:CFRPに加工できる機能性表面処理(コーティング)の活用について
https://www.y-skt.co.jp/magazine/coating/coating-cfrp/
参考:カーボンファイバー製品に塗装するための表面処理工程の詳細
https://ja.hgcomposites.com/info/can-carbon-fiber-products-be-painted-99384165.html