金属加工現場で活躍する産業用ロボットには、作業内容に応じて様々な種類があります。最も一般的なのは多関節ロボットで、人間の腕のように複数の関節を持ち、自由度の高い動きが可能です。特に金属部品の溶接や組立、搬送などの作業で広く使われています。
スカラロボットは水平方向の動きに特化した構造で、小型部品の高速ピッキングや組立に適しています。一方、円筒座標ロボットは垂直な柱に水平アームが付いた構造で、初期の産業用ロボットに多く見られる形状です。
産業用ロボットを理解するための基本用語をいくつか解説します。
金属加工用途では、ロボットの可搬重量や精度、自由度(独立して可動できる箇所の数)などが選定の重要なポイントとなります。例えば、大型の鋼材を扱う場合は数トンの可搬重量を持つ大型の多関節ロボットが必要ですが、精密な微細加工では高精度で繊細な動きが可能なロボットが適しています。
産業用ロボットを導入する際には、作業者の安全を確保するための対策が法的にも義務付けられています。日本では「労働安全衛生法」や国際規格「ISO 10218」に基づいた安全対策が必要です。
最も基本的な安全対策は安全柵の設置です。安全柵はロボットの動作範囲に人が立ち入らないようにするための物理的なバリアで、ロボットが稼働中に人が接触することによる事故を防止します。労働安全衛生法では「運転中の産業用ロボットに接触することにより労働者に危険が生ずるおそれのあるときは、さく又は囲いを設ける等当該危険を防止するために措置を講じなければならない」と定められています。
安全柵の設置基準については、以下のポイントが重要です。
ただし、2013年の規制緩和以降、特定の条件を満たす「協働ロボット」については、安全柵なしでの運用が認められるようになりました。協働ロボットとは、人と同じ作業空間で安全に共同作業ができるよう設計されたロボットで、以下のような安全機能を備えています。
協働ロボットは、金属加工現場でも小物部品の加工や検査、組立などの作業において、人との協働作業が可能なため、スペース効率が良く柔軟な生産体制の構築に役立ちます。
安全対策としては、安全柵以外にも以下のような措置が重要です。
産業用ロボットを長期にわたって安定的に稼働させるためには、適切なメンテナンスが不可欠です。金属加工現場では特に切粉や油、熱などの過酷な環境にさらされることが多いため、定期的なケアが重要となります。
メンテナンスは大きく分けて3つのレベルがあります。
1. 日常点検
各シフトの開始前後に実施する基本的な点検作業です。作業者が目視や聴覚で以下の点を確認します。
日常点検は大きな故障を未然に防ぐための重要なステップです。特に金属加工では切粉の堆積や冷却液の飛散などがロボットに与える影響を早期に発見できます。
2. 定期点検
月次や四半期ごとに計画的に実施する詳細な点検です。専門のスタッフや保守担当者が行います。
定期点検では生産ラインを部分的に停止する必要がありますが、予定外の故障による長期停止を防ぐ効果があります。定期点検の記録を残し、経年変化を追跡することで、予防保全の精度を高められます。
3. オーバーホール
数年に一度実施する最も大規模なメンテナンスです。ロボット本体を分解し、以下の作業を行います。
金属加工工程で使用されるロボットでは、特に以下の点に注意したメンテナンスが重要です。
適切なメンテナンス体制を構築することで、産業用ロボットの寿命を延ばし、突発的な故障による生産停止リスクを低減できます。保守記録の電子化や予測メンテナンスシステムの導入も検討すると良いでしょう。
金属加工業界での産業用ロボット導入による成功事例をいくつかご紹介します。これらの事例は、実際の現場での効果を示すものです。
自動車部品の精密金属加工での事例
ある自動車部品メーカーでは、超精密金属加工工程にロボットストッカーセルを導入しました。従来は作業者が一つずつ材料を工作機械に投入し、加工後の製品を取り出す作業を行っていましたが、これをロボットによる自動化に成功しました。
導入における課題は以下の点でした。
しかし、ハンドの動かし方の工夫や工作機械内での全数寸法検査の実施、小スペース・低コストのロボットストッカーの開発により、これらの課題を克服しました。
導入効果は驚くべきものでした。
プラスチック製品の面取り加工の自動化
金属部品だけでなく、金属加工と関連するプラスチック製品の加工でも産業用ロボットの活用事例があります。あるメーカーでは、射出成形で生産する手すり用プラスチック製品の面取り加工を自動化しました。
プラスチックは様々な要因で寸法変化が生じるため、精密な機械加工は実現が難しいとされていました。この企業では17年間、面取り仕上げ加工を作業者が手作業で行っていましたが、垂直多関節ロボットとエンドミルユニットを組み合わせたシステムを導入。エアシリンダーと電空変換システムを活用することで、製品に密着させながら倣い加工する技術を実現しました。
この導入により、以下の効果が得られました。
溶接工程での活用事例
金属加工における溶接工程でも産業用ロボットが活躍しています。ある金属製品メーカーでは、以下のような課題に直面していました。
多関節型溶接ロボットの導入により、これらの課題を解決し、以下の効果を得られました。
産業用ロボット導入の際は、初期投資だけでなく、運用コストやメンテナンス費用、人材育成のコストも含めた総合的な費用対効果を検討することが重要です。特に中小企業では、政府の助成金制度なども活用しつつ、段階的な導入を検討するのも一つの方法です。
中小企業における産業用ロボットの活用事例についてさらに詳しく
近年、産業用ロボットにAI技術を搭載する取り組みが進んでおり、金属加工分野においても革新的な変化をもたらしつつあります。従来の産業用ロボットは、プログラムされた動作を正確に繰り返すことは得意でしたが、環境の変化や予期しない状況への対応は苦手でした。AIとの融合により、これらの限界を克服する新しい可能性が広がっています。
AI搭載産業用ロボットの主な特徴
従来のロボットは事前にプログラムされた通りにしか動作できませんでしたが、AI搭載ロボットは経験から学習し、作業の精度や効率を自ら向上させていくことができます。金属加工においては、切削条件の最適化や工具摩耗の予測などに活用できます。
高度な画像認識技術や力覚センサーと組み合わせることで、加工対象の位置ズレの自動補正や、表面状態に応じた加工条件の調整が可能になります。例えば、鋳造品の個体差を認識して最適な加工パスを自動生成するといった応用があります。
AIによる振動や音、消費電力などのデータ分析により、工具の摩耗や破損を事前に検知し、適切なタイミングでの交換を提案します。これにより突発的な故障による生産停止を防ぎ、計画的なメンテナンスが可能になります。
金属加工現場でのAI搭載産業用ロボットの活用事例
ある工作機械メーカーでは、複雑な形状の金属部品加工において、AIを活用した以下のようなシステムを開発しています。
このシステムにより、従来は熟練作業者の経験と勘に頼っていた複雑な加工でも、安定した品質の実現が可能になりました。また、加工時間の短縮と工具寿命の延長にも貢献しています。
物流業界の事例も参考になります。ある大手物流会社では、AIを搭載した産業用ロボットを導入し、以下のような機能を実現しています。
これらのAI技術は金属加工現場にも応用可能で、工場全体の生産スケジューリングや材料の最適配置、作業者との協調作業の効率化などに活用できるでしょう。
次世代加工への展望
AI搭載産業用ロボットの進化により、金属加工の世界では以下のような変革が期待されます。
多品種少量生産において、段取り替えや条件設定をAIが最適化することで、個別カスタマイズ製品でも量産品並みのコストと納期での製造が可能に。
実際の加工プロセスとデジタル空間上のシミュレーションを連携させ、リアルタイムでの最適化と問題予測が可能になります。これにより歩留まりの大幅な向上が期待できます。
熟練工の技術をAIが学習し、その知見をデジタル資産として保存・活用することで、技能継承の課題を解決する新たなアプローチが可能になります。
材料や電力使用量、工具寿命などをAIが総合的に最適化することで、環境負荷を低減しながらコスト効率の高い製造が実現します。
金属加工企業がAI搭載産業用ロボットを導入する際は、単なる自動化ではなく、データ活用を前提としたシステム設計が重要です。加工条件や品質データ、センサー情報などを蓄積・分析できる基盤を整備することで、AI技術の恩恵を最大限に享受できるでしょう。
産業用ロボットとAI技術の融合事例についてさらに詳しく
産業用ロボットとAIの融合は、金属加工業界に「職人技のデジタル化」という新たな可能性をもたらします。人間の経験と感覚に基づく高度な加工技術をデジタル化・数値化し、ロボットで再現することで、技術の伝承問題の解決と、さらなる品質・生産性の向上が期待されています。