金属加工業界においても、デジタル化の波は着実に押し寄せています。CAD/CAMシステムやNC工作機械のネットワーク接続、生産管理システムの導入など、かつては「閉じた環境」だった工場も今やサイバー攻撃のリスクと無縁ではありません。特に注目すべきは、日本の製造業におけるサイバー攻撃による損害額の平均が2.7億円に上るという調査結果です8。
基本的なセキュリティ対策として、まず取り組むべきことには以下のようなものがあります。
しかし、これらの基本対策だけでは十分ではありません。特に金属加工業では、マシニングセンタなどの制御システムに対する対策が重要です。これらの機器は長期間使用されることが多く、セキュリティアップデートが行われていない古いOSやソフトウェアが稼働していることがあります。
制御システム利用者のための脆弱性対応ガイド - IPAによる詳細なガイドラインを参照できます
金属加工の現場では、生産効率の向上や品質管理のためにIoT機器の導入が進んでいます。温度センサーや振動センサー、ウェアラブルデバイスなど、これらの「つながる機器」は新たな攻撃ポイントとなる可能性があります。
IoT機器における主なリスク
特に注意が必要なのは、これらのIoT機器が「サイドチャネル」として利用され、本来は分離されているはずの制御ネットワークへの侵入経路になる可能性です。例えば、工場の温度管理システムを経由して、マシニングセンタの制御システムへアクセスされるといったケースです。
対策としては、IoT機器のネットワークセグメンテーション(分離)を行い、重要な制御系ネットワークとは物理的または論理的に分離することが重要です。また、導入する全てのIoT機器のインベントリ(一覧)を作成し、定期的にファームウェアのアップデートやセキュリティチェックを行うことも必須です。
工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン - 経済産業省による詳細な対策ガイドラインです
金属加工業の心臓部とも言えるマシニングセンタや旋盤などのNC工作機械は、近年ではネットワークに接続され、プログラムの配信や稼働状況のモニタリングが行われるようになっています。しかし、これらの制御システムには特有の脆弱性が存在します。
制御システムの主な脆弱性には以下のようなものがあります。
特に注意すべきは、2012年に公開された複数のPLC(Programmable Logic Controller)における脆弱性です。これらの脆弱性は実際の攻撃に悪用可能なコードも公開されており、放置すれば制御機器を外部から不正操作されるリスクがあります。
NC工作機械のプログラム標準化に関しては、セキュリティと相互運用性の両立が重要です。複数社のマシニングセンタで同じプログラムを使用する場合、そのデータ転送や保存方法にも注意が必要です。適切な暗号化と認証を施し、プログラムの改ざんや不正アクセスを防ぐ必要があります。
マシニングセンタなどの制御システムにおける対策
制御システム利用者のための脆弱性対応ガイド - PLCなどの制御システム脆弱性への対応方法について詳しく解説しています
大企業と比較して、中小の金属加工業者ではセキュリティ対策に割ける人材や予算が限られています。しかし、サプライチェーンの一部として、取引先からセキュリティ対策を求められるケースも増えています。自社の規模や状況に合った、実行可能なセキュリティマニュアルの作成が重要です。
効果的なセキュリティマニュアル作成のポイント。
特に重要なのは、現場の作業者が実際に実行できる内容にすることです。複雑すぎるルールや非現実的な要求は、結局は守られません。例えば、パスワード管理一つとっても、理想的には全てのシステムで異なる複雑なパスワードを使用すべきですが、現実的には覚えきれないため、パスワード管理ツールの導入や多要素認証の活用など、実行可能な代替策を提案すべきです。
マニュアルには、以下のような具体的な手順を含めると良いでしょう。
中小企業向けサイバーセキュリティ対策の極意 - 東京都が提供する中小企業向けのわかりやすいガイドラインです
金属加工業界における実際のサイバー攻撃事例から学ぶことは、対策を講じる上で非常に重要です。特に注目すべき事例として、自動車部品メーカーである小島プレス工業へのサイバー攻撃があります8。この攻撃により、トヨタ自動車の国内全工場が一時的に稼働を停止する事態となりました。
この事例から学べる重要な教訓は、サプライチェーン全体としてのセキュリティの重要性です。自社のセキュリティが万全でも、取引先や協力会社を経由した攻撃に対しては脆弱となる可能性があります。特に、金属加工業者は自動車や航空機、電子機器など様々な産業のサプライチェーンの一部を担っており、責任は小さくありません。
また、2014年に報告されたドイツの製鉄所へのサイバー攻撃では、攻撃者が制御システムにアクセスし、溶鉱炉を正常に停止できなくなる事態が発生しました。この事例からは、制御システムへの攻撃が物理的な損害を引き起こす可能性があることを学べます。
金属加工業における攻撃の特徴と対策のポイント。
→ 制御システムの分離と監視強化
→ 重要データの暗号化と厳格なアクセス管理
→ バックアップ体制の強化と復旧計画の策定
→ 従業員への教育と訓練
特に金属加工業では、マシニングセンタの加工条件や金型データなど、長年のノウハウが詰まったデータが重要な資産となっています。こうした知的財産を守るためのセキュリティ対策は、事業継続の観点からも極めて重要です。
製造業におけるサイバー攻撃による影響の大きさを認識し、経営課題としてセキュリティ対策に取り組むことが求められています。特に、DX(デジタルトランスフォーメーション)を進める中小の金属加工業者こそ、セキュリティを同時に強化する「セキュア・バイ・デザイン」の考え方が重要です。
【実録】工場サイバーセキュリティーが突破されたら - 実際の攻撃事例とその影響を解説した動画です
今回はサイバーセキュリティと金属加工業の関係について解説しました。技術の進歩とともに、セキュリティ対策も進化し続ける必要があります。自社の現状を把握し、適切な対策を講じることで、安全な生産環境を維持しましょう。セキュリティ対策は、コストではなく、事業継続のための投資であることを忘れないでください。