パワーハラスメントの定義を厚生労働省の基準で正しく理解する

厚生労働省が定めるパワーハラスメントの定義・3要素・6類型を、金融業界の事例も交えてわかりやすく解説。「上司から部下だけがパワハラ」という思い込みが、あなたの職場リスクを高めていませんか?

パワーハラスメントの定義を厚生労働省の指針で正しく理解する

部下があなたの業務命令を無視し続ければ、あなたが訴えられることがある。


この記事でわかること
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厚生労働省の定義と3要素

「優越的な関係」「業務上の適正範囲超え」「就業環境の侵害」の3つをすべて満たすものがパワハラ。1つでも欠ければ原則として該当しない。

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パワハラ6類型と金融業界の事例

身体的攻撃・精神的攻撃・人間関係切り離し・過大要求・過小要求・個の侵害の6つ。銀行・証券会社でも100万〜530万円規模の判決が出ている。

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グレーゾーンの判断基準と対策

「適正な指導」か「パワハラ」かの線引きは言葉だけで決まらない。言動の目的・頻度・継続性・相手の状況を総合的に判断することが重要。


パワーハラスメントの定義:厚生労働省が示す3つの要素とは

厚生労働省は、労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)第30条の2第1項に基づき、職場のパワーハラスメントを明確に定義しています。その定義は「①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの」とされており、この3つの要素をすべて満たす言動がパワハラに該当します。


重要なのは「すべて満たす」という点です。つまり、3要素のうち1つでも欠けていれば、原則としてパワハラには該当しません。これはパワハラを訴える側にとっても、訴えられるリスクを管理したい側にとっても、非常に重要な前提知識です。


要素①:優越的な関係を背景とした言動


「優越的な関係」とは、肩書や職位の上下だけを指しません。業務に必要な専門知識を持っている、経験が豊富である、あるいは複数人から一人に対して行われるといった、さまざまな形の「力の非対称性」が含まれます。金融業界であれば、ベテランのトレーダーが新人に対して専門的な知識差を背景に圧力をかける行為も、これに該当しうる点に注意が必要です。


要素②:業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動


社会通念に照らし合わせて、明らかに業務上の必要性がない、またはその態様が相当ではないものを指します。言葉の内容だけで判断するのではなく、言動の目的、頻度・継続性、相手の状況などを総合的に考慮します。これが判断の難しさを生む部分です。


要素③:労働者の就業環境が害されること


単に不快な言動があっただけではパワハラとは言えません。「平均的な労働者の感じ方」を基準に、就業環境が見過ごせない程度に害されているかどうかを判断します。つまり、受けた本人がパワハラだと感じていても、それだけでは要件を満たさない場合があります。結論はシンプルです。


参考リンク(厚生労働省の公式定義・パワハラ防止指針の全文)。
事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針|厚生労働省


パワーハラスメントの6類型:厚生労働省が示す行為パターンを理解する

厚生労働省は、パワハラに該当しうる行為を6つの類型に整理しています。これを「6類型」と呼び、それぞれに「該当する例」と「該当しない例」が示されています。この類型を知っているかどうかで、現場での行動基準が大きく変わります。


| 類型 | 内容 | 具体例(該当する) |
|------|------|-------------------|
| ①身体的な攻撃 | 暴行・傷害 | 資料を投げつける、胸倉をつかむ |
| ②精神的な攻撃 | 暴言・名誉毀損 | 「給料泥棒」「使えない」と大声で叫ぶ |
| ③人間関係の切り離し | 無視・隔離 | 会議への参加を禁止、無視を続ける |
| ④過大な要求 | 不可能な業務の強制 | 未経験の業務を指導なしで丸投げ |
| ⑤過小な要求 | 能力以下の業務のみ命じる | 管理職に清掃業務だけを長期間させる |
| ⑥個の侵害 | プライバシーへの過度な侵入 | 有給取得理由を執拗に問い詰める |


金融業界との関係でいえば、⑤「過小な要求」は特に注意が必要です。あおぞら銀行の裁判例(東京高裁)では、社員を3年3か月にわたって応接室に隔離し、通常業務から切り離した行為がパワハラと認定され、110万円の損害賠償が命じられました。


また野村証券のケースでは、上司からの継続的な圧力によって退職に追い込まれた元社員が約530万円の損害賠償を求めた訴訟が起きています(東京地裁・2013年)。これは氷山の一角です。


6類型は「どれかに完全一致しないとパワハラでない」わけではありません。6類型はあくまで代表的な行為パターンの整理であり、これらに当てはまらない言動であってもパワハラと認定される可能性は十分あります。6類型が基本です。


参考リンク(パワハラ6類型の詳細と具体例)。
ハラスメントの類型と種類|厚生労働省 あかるい職場応援団


パワーハラスメントの定義で見落とされがちな「部下から上司へ」の方向性

「パワハラは上司から部下への行為だ」という認識は、実は誤りです。厚生労働省のパワハラ防止指針では、同僚間や部下から上司への言動も、一定の条件を満たせばパワハラに該当すると明示されています。これは意外と知られていない事実です。


具体的には、次の2つのパターンが「部下・同僚からのパワハラ」として挙げられています。まず、集団で行われる場合(複数の部下や同僚が一人に対して組織的に嫌がらせを行う)、次に、業務上の専門知識・経験をもとに相手が抵抗できない状況を作り出す場合です。金融業界で言えば、専門的なシステム知識を持つエンジニアや、特定の顧客との関係を独占しているベテラン営業担当者が、上司を業務上で追い詰めるケースがこれに当たりえます。


厚生労働省 あかるい職場応援団の公式サイトによれば、集団での嫌がらせにより精神疾患を発症した事案や、部下による中傷ビラの配布によって上司がうつ病になり自殺した事案でも、労災認定がされています(大阪地裁・平成22年6月23日、東京地裁・平成21年5月20日)。


俗に「逆パワハラ」とも呼ばれるこの問題は、金融機関の管理職にとって見えにくいリスクです。役職が上だからといって「自分は被害者にはなれない」と思い込んでいると、相談機会を失う可能性があります。厳しいところですね。


会社としては、相談窓口が「上司から部下へのハラスメント」だけを想定した運用になっていないか、今一度確認することをお勧めします。逆パワハラのリスクを含む形でハラスメント相談体制を整備している社労士事務所や弁護士事務所も増えています。自社のルールを一度、メモして確認しておくのが有効です。


参考リンク(部下・同僚からのパワハラ事例を含む解説)。
逆パワハラとは?具体的な対処法を事例や裁判例付きで徹底解説|咲くやこの花法律事務所


パワーハラスメントの定義における「適正な指導」との境界線

パワハラに関して、多くの管理職が頭を悩ませるのが「どこまでが正当な指導で、どこからがパワハラになるのか」という線引きの問題です。厚生労働省の指針は、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」かどうかは総合判断であると示しています。


以下の7つの要素が、その判断材料として挙げられています。


- 言動の目的(人格否定か、指導目的か)
- 言動が行われた経緯や状況(過去に指導を繰り返したかどうかなど)
- 業種・業態の特性(人命に関わる医療・救急・警察等では許容範囲が広い)
- 業務の内容・性質
- 言動の態様(大声か、落ち着いた口調か、見せしめ的かどうかなど)
- 頻度・継続性(1回の叱責か、何ヶ月も続いているかで大きく異なる)
- 言動を受けた労働者の属性・心身の状況(新入社員か、療養明けかなど)


実際の裁判例を見ると、看護師が上司4名から1時間以上の叱責を受けた事案で「落ち着いた口調であり指導目的が正当」としてパワハラ非該当とされた例があります(東京地裁・平成28年10月7日)。一方で、銀行において「辞めてしまえ」「○○以下だ」と継続的に激しく叱責した上司の言動はパワハラと認定されました(岡山地裁・平成24年4月19日)。


同じ「叱責」という行為でも、ケースによって結果が大きく異なる点が、このテーマの難しさです。言葉そのものより「状況・目的・継続性」が判断のカギになります。金融機関の管理職は業績プレッシャーが強い環境に置かれやすいため、感情的な言動が積み重なりやすい点を特に意識しておくことが重要です。


参考リンク(パワハラと適正指導の境界を詳解した弁護士解説)。
パワハラの判断基準とは?裁判例をもとにわかりやすく解説|咲くやこの花法律事務所


パワーハラスメントの定義を知らないと会社が負う法的・金銭的リスク

パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)は、2020年6月に大企業に先行施行され、2022年4月からは中小企業にも義務化されました。金融業界は大企業が多く、すでに対応が義務化されてから数年が経過しています。それでもなお、社内でパワハラが発生するリスクが消えていない現実があります。


注目すべき点が1つあります。パワハラ防止法そのものには直接の罰則規定がありません。しかし、だからといって「対策しなくていい」という話にはならないのが現実です。厚生労働大臣が必要と判断した場合は、事業主への助言・指導・勧告が行われ、勧告に従わない場合は「社名の公表」という制裁が科されます。


さらに深刻なのが、民事上の損害賠償リスクです。パワハラが発生した場合、加害者である従業員だけでなく、会社自体も「使用者責任(民法715条)」と「安全配慮義務違反(労働契約法5条)」に基づく損害賠償責任を問われる可能性があります。


実際の賠償額の相場を見てみましょう。通常のパワハラ案件で数十万〜200万円程度。重篤な精神疾患や自殺を伴う事案では1,000万円を超えるケースも存在します。金融業界で言えば、大和証券の「追い出し部屋」訴訟では200万円の損害賠償命令が最高裁まで争われ確定しました(2016年)。また野村証券の元社員訴訟では約530万円の請求が東京地裁で審理されています。


これらの金額は賠償だけの話であって、訴訟費用、弁護士費用、レピュテーションリスクによる採用コストの増大などを含めれば、実際の損失はさらに大きくなります。パワハラ対策は、コンプライアンス上の義務であると同時に、財務リスク管理の問題でもあります。これは使えそうです。


パワハラ相談窓口の設置・就業規則への明記・研修の実施という3点セットが法定義務として求められています。社内での整備状況を一度確認しておくと、早期発見・早期対応のコストが格段に下がります。


参考リンク(パワハラ防止措置の義務内容を解説した厚生労働省公式PDF)。
職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!|厚生労働省


パワーハラスメントの定義を金融業界で活かす:独自視点で考える「数字管理型パワハラ」

金融業界特有の問題として、「ノルマ・数値目標を利用したパワハラ」があります。これは一般的な解説記事では深く取り上げられることが少ないテーマです。しかし、証券・銀行・保険といった業種では、日常的に営業目標達成への圧力が発生しやすい構造があるため、特に注目する必要があります。


具体的には、以下のような言動が「過大な要求」あるいは「精神的な攻撃」のパワハラ類型に該当しうるとされています。


- 達成不可能な月次ノルマを課し、未達のたびに全体会議で名指し批判する
- 他のメンバーの前で「今月もビリか」「何年やってるんだ」と繰り返し言う
- ノルマ未達者だけを別室で長時間の反省報告書作成に拘束する


これらは「業務上の範囲内」に見えて、実際には「精神的苦痛を与え就業環境を害している」ケースに当たる可能性が高い行為です。岡山地裁の銀行パワハラ事例でも、「業績未達を理由とした継続的な人格否定発言」が認定の重要な判断要素になっています。


もう一点、意外な落とし穴があります。成績優秀者への「優遇」が、裏返しで非優秀者への「過小な要求・隔離」を生むケースです。成績が落ちた社員を重要顧客から外し、単純事務のみを担当させ続けることが、6類型の「過小な要求」「人間関係の切り離し」の両方に該当しうる点は、管理職として認識しておくべき盲点です。


対策として実際に有効なのは、営業会議でのフィードバック方法を事前に明文化しておくことです。「個人を特定した成績の公開のやり方」「叱責の際の場所・人数・時間のルール」などをチームルールとして設定しておくだけで、パワハラ認定リスクを相当程度低減できます。外部の産業カウンセラーや社労士を活用して、定期的にチェックしてもらう仕組みを設定するのも有効な手段の1つです。


参考リンク(パワハラと適正な営業管理の関係を整理した解説)。
パワーハラスメントの判断基準とは|Business Lawyers(弁護士ドットコム)