加入した翌日には任意脱退できず、保険料も即日発生します。
マルチジョブホルダー制度における保険料の発生タイミングは、多くの人が思い違いをしているポイントです。通常の雇用保険は、入社日(雇用開始日)にさかのぼって被保険者資格が成立しますが、マルチジョブホルダー制度は「本人がハローワークに申出をした日」からしか資格が取得できません。
つまり、働き始めてから半年が経過していたとしても、申出をしなければその期間はまるごと保険料計算の対象外になり、被保険者期間にもカウントされません。これは後述する給付金の受給要件「6か月以上の被保険者期間」に直結するため、申出のタイミングを先延ばしにすることは、実質的に将来の給付金の受取額に影響します。
保険料は申出日から発生します。
2025年度(令和7年度・2025年4月〜2026年3月)の雇用保険料率(一般の事業)は以下のとおりです。
| 負担者 | 料率 |
|---|---|
| 労働者(本人)負担 | 5.5/1,000(0.55%) |
| 事業主負担 | 9.0/1,000(0.90%) |
| 合計 | 14.5/1,000(1.45%) |
たとえば月給10万円のパートで働く65歳の方なら、毎月の本人負担は550円です。給与天引きで徴収されるため実感しにくいですが、申出日から確実に発生しています。マルチジョブホルダー制度の保険料は通常の雇用保険料と計算方法が同じで、「各事業所が支払う賃金のみ」に対してかかります。2か所分の賃金を合算して保険料を計算するわけではない点が重要です。
各事業所ごとに別々に計算するのが基本です。
参考:令和7年度雇用保険料率の詳細は厚生労働省の公式案内でご確認ください。
令和7(2025)年度 雇用保険料率のご案内|厚生労働省(PDF)
マルチジョブホルダー制度に加入するには、単に「複数の職場で合計週20時間以上」という条件だけでは不十分です。細かい条件を知らないと、「要件を満たしていると思っていたら実は対象外だった」というケースが起こります。
加入要件をまとめると次のとおりです。
ここで見落としやすいのが「各事業所で5時間以上」という下限条件です。仮にA社で18時間、B社で3時間勤務している場合、合計は21時間で一見クリアしているように見えます。しかしB社の所定労働時間が5時間未満のため、この組み合わせではマルチジョブホルダー制度を利用できません。週5時間という下限は意外と見落とされがちです。
3か所以上の事業所で働いている場合は、どの2か所を選ぶかを本人が決めます。賃金額や雇用の安定性を考慮して選択できますが、一度選んで加入すると、要件を満たさなくなった場合を除いて自由に事業所を変更することはできません。
また、通常の雇用保険は要件を満たせば強制加入ですが、マルチジョブホルダー制度は本人の希望で加入するかどうかを決められます。ただし、3か所以上で働いているマルチ高年齢被保険者が1か所を離職した際に、残る2か所で加入要件を満たす場合は、強制加入になるという例外があります。
強制加入になるケースも存在します。
参考:加入要件の詳細や事業主向けQ&Aは厚生労働省の公式ページで確認できます。
マルチジョブホルダー制度は本人の意思で加入を申し出る制度ですが、いったん加入してしまうと、自分の意思で脱退することは原則としてできません。厚生労働省のQ&Aにも明確に「任意脱退は認めていない」と記載されています。
これは通常の雇用保険が「強制加入方式」を採用していることと同じ考え方です。加入後の取り扱いは一般の高年齢被保険者と同様になります。「やっぱり保険料負担が嫌だから辞めたい」という申し出はハローワークに受け付けてもらえません。
では、どのような場合に資格を喪失するのでしょうか。主なケースは次のとおりです。
注意が必要なのは「1か所を離職しただけ」でも資格喪失手続きが必要になる点です。ただし、その後に別の事業所と新たに要件を満たせば、改めて申出をして再加入することは可能です。
資格喪失後は速やかな手続きが原則です。
喪失手続きは、マルチ高年齢被保険者でなくなった日の翌日から10日以内に本人がハローワークに届け出る必要があります。期限を過ぎないよう、離職が決まったらすぐに準備を始めましょう。
参考:雇用保険マルチジョブホルダー制度の詳細な解説ページです。
雇用保険マルチジョブホルダー制度とは?メリットや手続きの流れをわかりやすく解説|jinjer HR
マルチジョブホルダー制度の最大のメリットは、失業時に高年齢求職者給付金を受け取れることです。しかも、2か所のうち1か所だけ離職した場合でも、条件を満たせば給付金を受け取れる点が特徴的です。
ただし、「1か所だけ離職した場合、離職していない事業所の賃金は給付額の計算に含まれない」という点は必ず覚えておいてください。給付額の計算は、離職した事業所の賃金だけをもとに行います。
給付額の計算は以下のとおりです。
| 計算項目 | 内容 |
|---|---|
| 賃金日額 | 離職日以前6か月間に支払われた賃金合計 ÷ 180 |
| 基本手当日額 | 賃金日額 × 給付率(50〜80%) |
| 支給日数(被保険者期間1年未満) | 基本手当日額 × 30日分(一時金) |
| 支給日数(被保険者期間1年以上) | 基本手当日額 × 50日分(一時金) |
具体的な例を挙げます。離職したA社での月給が8万円(賃金日額約2,667円)で給付率60%の場合、基本手当日額は約1,600円です。被保険者期間が1年以上であれば50日分が一時金で支払われ、受取額は約8万円になります。これは、別のB社でまだ働いていても受け取れます。
これは使えそうです。
受給要件として「離職日以前1年間に被保険者期間が通算6か月以上あること」が必要です。被保険者期間の6か月は、申出日からカウントされる点を踏まえると、できるだけ早く申出をして被保険者期間を積み上げておくことが、将来の給付金受取に直結します。
また、高年齢求職者給付金は年金と同時に受給できるため、65歳以上の方にとって特に活用価値が高い制度です。失業認定を受けてから早期に受給するための手続き確認には、居住地のハローワークへの相談が最も確実です。
受給要件の6か月は早めの申出が条件です。
参考:給付額の詳細な計算例を含む解説記事です。
雇用保険マルチジョブホルダー制度とは?内容をわかりやすく解説|SBI efinance
通常の雇用保険の手続きはe-Govなどの電子申請に対応しており、企業の担当者がオンラインで完結させることができます。ところがマルチジョブホルダー制度の手続きは、現時点(2026年3月時点)で電子申請に対応していません。
申請方法は「ハローワークの窓口への持参」か「郵送」の2択です。これが何を意味するかというと、申出のタイミングが書類の到達日に左右されるということです。郵送の場合は「書類がハローワークに到着した日」が申出日となります。申出日が保険料発生日でもあり、被保険者資格取得日でもあるため、郵送が遅れると被保険者期間の開始も遅れます。
手続きの日数管理は重要です。
郵送を使う場合は、日時が記録に残る「簡易書留」などの方法を選ぶことが推奨されています。これは万が一の紛失リスクと、「いつ書類が届いたか」の証明を兼ねるためです。
さらに、手続きの主体が通常の雇用保険とは異なる点も注意が必要です。通常の雇用保険は事業主が手続きをしますが、マルチジョブホルダー制度では本人がハローワークに申し出ます。事業主の役割は、必要書類への記載・証明に留まります。ただし、事業主が協力しなかった場合でも、ハローワークに相談すれば指導が入ります。申出を拒否されることはありません。
なお、手続きに必要な書類は以下のとおりです。
書類の準備には複数の事業所とのやり取りが必要なため、2〜3週間の余裕を持って動き始めることをおすすめします。
参考:大阪労働局によるマルチジョブホルダー制度の申請パンフレット(電子申請対応状況も記載されています)。
雇用保険マルチジョブホルダー制度の申請パンフレット|厚生労働省 大阪労働局(PDF)
マルチジョブホルダー制度の保険料は、一般的に「コスト」として語られます。しかし金融的な観点から見ると、これは「失業リスクに対するヘッジコスト」として捉え直すことができます。
月給8万円・10万円のダブルワーカーなら毎月の本人負担保険料は合計でも1,000〜1,100円程度です。コーヒー4〜5杯分の出費で、失業時に数万円〜十数万円の一時給付金の受給権を確保できると考えると、コストパフォーマンスは非常に高いといえます。
コスパは高いといえます。
さらに注目したいのは、教育訓練給付金との組み合わせです。マルチ高年齢被保険者として雇用保険に加入すれば、通常の雇用保険被保険者と同様に教育訓練給付金の対象にもなります。厚生労働省指定の講座(語学・IT・資格取得など)を受講した際に、受講費用の一部が戻ってくる制度です。年間数万円規模のリターンになるケースもあり、65歳以降も学び続けながら収入を得たいと考える方には特にメリットがあります。
加えて介護休業給付や育児休業給付の対象にもなることは、あまり知られていません。65歳以上でも介護を理由に一時的に休業した場合、一定の要件を満たせば介護休業給付金を受け取れます。給付金の種類は、失業給付だけではないのです。
給付の種類は多岐にわたります。
このように、マルチジョブホルダー制度の保険料は単なる「支出」ではなく、複数の給付受給権を同時に積み上げる「投資的な側面」があります。65歳以降も複数の職場で活躍する予定があるなら、できるだけ早期に申出を済ませ、被保険者期間を積み上げていく戦略が、長い目で見た資産形成・リスク管理に役立ちます。
毎月の保険料は小さく、受給できる給付は大きい。この非対称性こそが、制度を積極活用する理由です。
参考:制度の全体像と給付の種類について詳しくまとめられた解説ページです。
【重要】雇用保険マルチジョブホルダー制度について|厚生労働省