繰越控除は「黒字の年に使いたい年だけ使える」と思っているなら、今すぐ損失が消える可能性があります。
事業で赤字が出た場合、まず行われるのが「損益通算」です。損益通算とは、事業所得の損失を給与所得や不動産所得など他の黒字の所得と合算して相殺する計算のことを指します。損益通算を行っても、なお控除しきれずに残った赤字の金額を「純損失」と呼びます。これが繰越控除の対象になります。
純損失の繰越控除とは、このように控除しきれなかった損失を翌年以降3年間にわたって各年の所得から差し引ける制度です(所得税法第70条)。繰越控除が基本です。
対象となる所得は「事業所得・不動産所得・山林所得・譲渡所得」の4種類のみです。給与所得や雑所得、配当所得、利子所得、退職所得で生じた赤字は、原則として損益通算も繰越控除も使えない点に注意が必要です。つまり、副業の規模が小さく「雑所得」と判定されている場合は、いくら赤字でも繰り越せません。
繰越控除がどれほど効果的かを具体的な数字で確認しましょう。開業1年目に500万円の赤字、2年目に500万円の黒字が出たとします。
| ケース | 1年目 | 2年目 | 2年合計 税額(所得税+住民税 概算) |
|---|---|---|---|
| 繰越控除なし | △500万円 | +500万円 | 約77万円 |
| 繰越控除あり | △500万円 | +500万円 | 0円 |
2年間合計の利益はどちらもゼロにもかかわらず、繰越控除を使わないと約77万円の税負担が発生します。これが繰越控除の意義です。これは使えそうです。
なお、損益通算と繰越控除の計算の順序にも決まりがあります。まず同じ年の所得間で損益通算を行い、それでも残った赤字がある場合に初めて繰越控除を適用します。いきなり前年の繰越損失を控除しようとしても受け付けられないので、計算の順番が条件です。
国税庁「No.2070 青色申告制度」:純損失の繰越と繰戻しについての公式解説ページ
純損失の繰越控除で最も重要な要件が「青色申告」です。青色申告者であれば、純損失の「全額」を翌年以降3年間繰り越すことができます。
白色申告の場合は、繰り越せる損失が次の2種類に限定されます。
- 変動所得の損失:漁獲・のり採取・養殖業(はまちなど)・作家の印税・原稿料・作曲料など、年によって大きく変動する所得に対応する損失
- 被災事業用資産の損失:台風・地震・火災などの災害によって事業用の資産が損害を受けた場合の損失
通常の事業所得(飲食店、小売業、サービス業など)で生じた赤字は、白色申告では繰り越せません。厳しいところですね。白色申告のままで「赤字を3年繰り越せる」と思っていた方は、大きな誤解です。
青色申告への切り替えには事前の承認申請が必要です。新規開業の場合は開業日から2ヶ月以内、既存の事業者であれば承認を受けようとする年の3月15日までに「青色申告承認申請書」を所轄税務署に提出する必要があります。翌年から繰越控除を活用したいなら、今年中の申請が条件です。
また、青色申告では複式簿記による帳簿の記帳と、貸借対照表・損益計算書の作成が求められます。青色申告ソフト(弥生の青色申告 オンライン、freee会計など)を活用すると、複式簿記の知識がなくても記帳から申告書類の作成までスムーズに進められます。
国税庁「青色申告承認申請書の手続き」:申請書の様式・提出先・期限が確認できる公式ページ
純損失の繰越控除で最も見落とされやすい要件が「連続申告」です。損失が発生した年の確定申告書を提出するだけでなく、その後も毎年欠かさず確定申告書を提出し続けなければなりません。1年でも提出を怠ると、その時点で繰越していた損失は全額消滅します。
例えば、1年目に300万円の赤字を繰り越したとして、2年目の申告を忘れた場合、3年目に黒字が出ても繰越控除は一切使えなくなります。「黒字になるまで申告は不要」という認識は危険です。
さらに意外と知られていないのが、繰越控除の適用は「任意選択できない」という点です。住宅ローン審査や融資申請などの都合で「今年は所得を大きく見せたいから、今年は繰越控除を使わずに来年適用したい」と考える方も多いはずです。しかし、そのような選択はできません。
所得税法第70条の規定は「控除できる」ではなく「控除する」という強制規定です。つまり、確定申告書を提出した以上、自動的に純損失が所得から控除されます。繰越控除を適用しないまま申告書を提出した場合、税務上は「純損失がなかった」とみなされ、翌年以降の繰越控除の権利が消えます。ローンを考えている場合、所得制限に事前に抵触するかどうかを考慮しておく必要があります。
なお、申告期限を過ぎてしまった場合でも、「期限後申告」によって損失の繰越は可能です。ただし、期限後申告で税額が生じる場合は無申告加算税(原則15〜20%)が課される点には注意が必要です。
| 状況 | 繰越控除への影響 |
|---|---|
| 毎年連続で申告 | 3年間有効に繰越可能 |
| 1年でも申告漏れ | その年以降の繰越権が消滅 |
| 期限後申告 | 繰越は可能(ただし加算税の可能性あり) |
| 適用を「飛ばす」選択 | 不可(強制適用) |
税理士龍ちゃんブログ「純損失の繰越控除は任意の年に控除できない」:繰越控除の任意選択不可についての実務解説
所得税の確定申告で純損失の繰越控除を行えば住民税にも自動的に反映される、と思っている方は多いです。しかし、これが大きな落とし穴です。
純損失の「繰戻し還付」という制度があります。これは当年に生じた赤字を前年に繰り戻すことで、前年に支払った所得税の還付を受けられるという制度です。青色申告者であれば活用できます。還付を受けた上で、さらに使い切れなかった損失を翌年以降に繰り越すことも可能です。
しかし、住民税(地方税法)には「繰戻し還付」の規定がありません。そのため、所得税で繰戻し還付を適用すると、所得税と住民税で翌年以降に繰り越す純損失の金額に差異が生じます。
例えば、純損失が200万円あって、所得税では繰戻し還付で前年に150万円を充当した場合、所得税の繰越損失は残り50万円です。ところが、住民税には繰戻し還付の規定がないため、住民税では200万円全額が翌年以降へ繰り越せる計算になります。
この差異を正しく申告するには、確定申告とは別に、所管の市区町村に「住民税申告書」と「繰越控除明細書」を3月15日までに提出する必要があります。この手続きを怠ると、住民税の繰越控除の恩恵を取りこぼすことになります。お金には期限があります。
都市部では知らずに手続きを忘れる方が多いため、繰戻し還付を選択した場合は必ず市区町村窓口での手続きも確認しましょう。
目黒区「所得税と異なる純損失の繰り越し控除」:住民税での別申告が必要なケースの具体的な解説ページ
「事業をやめたら繰越損失の出番もなくなる」と考える方が多いですが、実はこれは誤解です。
個人事業を廃業した後でも、純損失の繰越控除は継続して使えます。廃業後に就職して給与所得が発生した場合、それまで繰り越してきた純損失を給与所得から控除することが可能です。つまり、廃業年に500万円の純損失があり、翌年から給与所得者になったとしても、翌年の給与所得から500万円の損失を相殺できるわけです。
この制度を活用するための条件は1つだけです。廃業後も毎年確定申告を提出し続けることが必要です。「事業をやめたから申告不要」と判断して申告を止めると、せっかくの繰越損失が消えてしまいます。廃業後も連続申告が条件です。
また、個人から法人成りした場合も同様で、個人時代の純損失は法人の損失として引き継げません。しかし、個人として確定申告を継続することで、個人の所得(不動産所得など)がある場合に活用できます。法人化に際してこの点を税理士に相談せずに進めると、数百万円単位の繰越損失が無駄になるケースも実務上は発生しています。
さらに、繰越控除の年度のみ白色申告でも問題はありません。損失が発生した年に青色申告で申告書を提出していれば、その後の繰越年度の申告は白色申告でも繰越控除の適用が認められています(ただし廃業後に新たな青色申告が絡む場合は要確認)。繰越年度は青色申告でなくていいということです。
廃業や法人成りを検討している場合には、繰越損失の残高と繰越期限(3年)を必ず確認してから意思決定するのが実務上の鉄則です。税理士への事前相談が損失の消えるリスクを防ぐ最短の行動といえます。
小島陽介税理士事務所「個人事業を廃業した場合の純損失の繰越」:廃業後の給与所得との相殺について詳しく解説