「遺贈を放棄した瞬間に、借金まで引き継いで損をする人が実際にいます。」
遺贈とは、遺言によって財産を他者に譲り渡す行為です(民法964条)。相続が法定相続人に限られるのに対して、遺贈は血縁関係のない知人や団体にも財産を渡せる点が大きな特徴です。
遺贈には大きく2種類があります。「包括遺贈」と「特定遺贈」です。この区別が、放棄の期限や手続きに直接影響するため、まず押さえておく必要があります。
包括遺贈とは、「遺産全体の3分の1を贈る」のように割合で財産を遺贈する方法です。包括受遺者(包括遺贈を受ける人)は相続人と同一の権利義務を持つと民法990条で定められており、プラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も引き継ぎます。
特定遺贈とは、「〇〇市の不動産をAさんに贈る」「現金500万円をBさんに贈る」のように、特定の財産を指定して遺贈する方法です。特定遺贈では原則として借金などのマイナスの財産は引き継ぎません。
受遺者は自由に遺贈を放棄することができます。つまり、受け取りたくない場合は断れます。ただし、放棄の手続きや期限は包括遺贈と特定遺贈で大きく異なります。これが原則です。
放棄を検討する場面としては、遺贈された不動産が管理費や固定資産税の負担が重すぎる場合、被相続人に多額の借金があって包括遺贈を受けるとその債務まで負うことになる場合、親族間のトラブルに巻き込まれたくない場合などが代表的です。
包括遺贈の放棄で最も重要なのは期限です。自分が包括受遺者であることを知った日から3ヶ月以内に、家庭裁判所に放棄の申述をしなければなりません。これは民法915条が定める相続放棄の熟慮期間と同じルールが適用されるためです。
3ヶ月という期間は、東京ドーム5つ分の広大な土地を相続するときでも、小さな預貯金だけの場合でも同じです。財産の多い少ないに関わらず、一律3ヶ月が原則です。
申述の手続きは次の流れになります。まず、遺言者(被相続人)の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に「包括遺贈放棄申述書」を提出します。提出に必要な書類は、放棄申述書、遺言者の戸籍謄本、住民票除票または戸籍附票、遺言書の写し、申述人(包括受遺者)の住民票などです。費用は収入印紙800円に加えて郵便切手代が必要です。
申述が受理されると「申述受理通知書」が郵送されます。これをもって放棄が成立します。
3ヶ月の期限を過ぎた場合はどうなるでしょうか。原則として放棄はできなくなり、包括遺贈を単純承認したとみなされます。ただし、3ヶ月を過ぎても例外的に放棄が認められることがあります。たとえば、「遺贈があったことを知った後、期間経過後に初めて多額の債務の存在が判明した」などの事情がある場合、家庭裁判所が期限の伸長(延長)を認める可能性があります(民法915条1項但書)。期限の伸長が認められる場合、一般的には1ヶ月から3ヶ月程度の延長になるとされています。
期限が迫っている、または過ぎてしまったと感じた場合は、諦めずに弁護士や司法書士に相談することが重要です。期限超過後でも認められるケースは存在します。
特定遺贈の放棄については、民法986条1項で「遺言者の死亡後いつでも放棄できる」と定められています。包括遺贈のような3ヶ月の期限はありません。また、手続きも簡単で、家庭裁判所への申述は不要です。遺言執行者や相続人に対して「放棄する」という意思表示をするだけで足ります。
「いつでもいい」は油断です。
特定遺贈には「催告」という制度があります。遺贈義務者(遺言執行者や相続人)やその他の利害関係人は、特定受遺者に対して「相当の期間を定めて、遺贈を承認するか放棄するかを答えよ」と催告できます(民法987条)。この「相当の期間」内に特定受遺者が何も意思表示をしなかった場合、遺贈を承認したとみなされます。承認後は放棄ができなくなります(民法989条1項・撤回の禁止)。
つまり、「いつでも放棄できる」はずが、催告を受けた後に黙っていると永久に放棄できなくなるというのが落とし穴です。
口頭での放棄意思表示も法律上は有効ですが、「本当に放棄したのか」「いつ放棄したのか」の証明が難しくなります。後々のトラブルを防ぐために、特定遺贈の放棄は内容証明郵便など書面で行うことが強く推奨されます。
なお、特定遺贈では目的物が分けられる場合に限り、一部のみの放棄も認められています。たとえば、1,000万円の預貯金の特定遺贈を受けた場合、500万円分だけ承認して残り500万円分は放棄するといったことも可能です。これは比較的知られていない点なので覚えておくと役立ちます。
遺贈の放棄と相続放棄は似ているようで、全く別の制度です。この違いを知らないと、遺贈を放棄したにもかかわらず、借金を引き継いでしまうという結果になりかねません。
遺贈の放棄は、遺言によって与えられた財産を断る行為です。一方、相続放棄は、相続人としての地位そのものを手放す行為です。相続放棄をすると「初めから相続人でなかった」ものとみなされます(民法939条)。
重要なのは、相続人が遺贈を放棄しても、相続人の地位は失わないという点です。
具体的な例で考えてみましょう。子A・B・Cの3人が相続人で、被相続人がAに遺産全体の2分の1を包括遺贈する遺言を残したとします。AがB・Cとの平等を望んで包括遺贈を放棄した場合、遺贈の効力は失われますが、Aは相続人の地位を保ちます。その結果、A・B・Cそれぞれが法定相続分の3分の1ずつを相続します。Aが「遺産を一切受け取りたくない」という場合は、遺贈の放棄とは別に相続放棄の手続きが必要になります。
また、被相続人に借金がある場合に「相続放棄+特定遺贈で財産だけ受け取る」という組み合わせは、一見うまい方法に見えます。しかし、このような行為が債権者の利益を害すると判断された場合、裁判で「詐害行為」や「信義則違反」と認定されるリスクがあります。3,000万円の債権者がいるケースでは、遺贈が詐害行為取消権の対象となる可能性も現実的にあります。借金の返済義務だけを免れようという意図があると、法的なトラブルに巻き込まれることが多いです。
| 項目 | 遺贈の放棄 | 相続放棄 |
|---|---|---|
| 前提 | 遺言が必要 | 遺言の有無は不問 |
| 手続き先(包括) | 家庭裁判所 | 家庭裁判所 |
| 手続き先(特定) | 遺言執行者・相続人への意思表示 | — |
| 期限(包括) | 知った日から3ヶ月 | 知った日から3ヶ月 |
| 期限(特定) | 原則なし(催告例外あり) | — |
| 相続人の地位 | 失わない | 初めから相続人でなかったとみなされる |
相続税専門・税理士法人チェスター:遺贈を放棄する方法・相続放棄との違い
遺贈の放棄を検討する際に、知らないと損をする重要な注意点が3つあります。それぞれ確認しましょう。
① 放棄・承認は基本的に撤回できない
一度遺贈を放棄または承認した後は、原則として撤回ができません(民法989条1項)。「やっぱり受け取りたかった」「やっぱり断りたかった」という変更は認められないのが原則です。
例外的に取り消しが認められるのは、錯誤(間違いに基づく意思表示)、詐欺・強迫による意思表示、制限行為能力者(未成年者など)が単独で行った場合です。取り消せるのは「追認できる時から6ヶ月以内、かつ放棄・承認から10年以内」という二重の期限があります。後から後悔しないよう、慎重に判断することが必要です。
② 遺言者の生前に放棄することはできない
「遺言で遺贈されると知ったが、受け取りたくないので生前に断っておきたい」という場合でも、遺贈の放棄は遺言者の死亡後にしかできません(民法986条1項)。厳しいところですね。生前に受遺者が「受け取らない」と口頭で述べても、法律上の効力はありません。遺言者が亡くなってから改めて放棄の手続きが必要です。
③ 放棄した遺産は相続人が受け継ぐ
受遺者が放棄した場合、その遺産は相続人全員が受け継ぐことになります(民法995条本文)。遺言者が別段の意思を遺言で示している場合はその指示に従いますが、そうでなければ自動的に相続人の遺産分割対象に組み込まれます。放棄によって相続人間の取り分が変わるため、できるだけ早めに放棄・承認の意思を固めることが、相続手続き全体を円滑にするうえでも重要です。
遺贈の放棄に関する手続きが複雑と感じた場合は、弁護士や司法書士に相談することが選択肢の一つです。包括遺贈の放棄は家庭裁判所への申述代行を依頼できますし、特定遺贈の放棄についても書面作成のサポートを受けることができます。法律の専門家への相談は、初回相談無料の事務所が多いため、まず問い合わせてみることをおすすめします。
弁護士法人ファミリア:遺贈は放棄できる!期限・手続き・注意点を解説(弁護士監修)