試験研究費が「ゼロ円」でも、この税制の対象になる中小企業は意外と多い。
中小企業技術基盤強化税制とは、青色申告書を提出する中小企業者等が試験研究費を支出した場合に、その金額の一定割合を法人税額から直接差し引ける制度です。正式名称は「中小企業者等の試験研究費の額に係る法人税額の特別控除」といいます。経費の損金算入とは別に、税額そのものを減らせる「税額控除」であるため、節税インパクトは非常に大きくなります。
この制度の根拠条文は租税特別措置法第42条の4第4項です。つまり「特別措置」であり、毎年度の税制改正によって改正・延長が繰り返されている点が、普段から税制情報を追いかけていない経営者や経理担当者が見落としがちなポイントです。
控除率は原則12%ですが、一定の条件を満たすと最大17%まで引き上げられます。また控除できる上限は調整前法人税額の25%が原則ですが、増減試験研究費割合が12%を超える場合などは最大35%まで拡大します。これが大きい。
対象となる法人は、資本金1億円以下の法人(ただし大規模法人に発行済株式の1/2以上を保有されている場合は除外)および従業員数1,000人以下の資本を持たない法人です。また、過去3年間の平均所得金額が15億円を超える「適用除外事業者」は対象外となります。これは意外と見落とされがちな要件です。
注意点として、同一事業年度に「一般試験研究費の額に係る税額控除制度(大企業向け一般型)」と本制度を重複して使うことはできません。どちらか一方しか選択できない設計になっています。
国税庁タックスアンサー No.5444「中小企業技術基盤強化税制」(制度要件・控除計算式の正式情報)
この税制を申告で適用するうえで、最も重要な書類が「別表6(九)」です。現行の申告書では「別表6(九) 中小企業者等の試験研究費の額に係る法人税額の特別控除に関する明細書」がメインの計算書となります(なお様式は改正年度ごとに番号が変わることがあり、令和5年4月1日以降開始事業年度では「別表6(10)・6(11)」が対応する様式として使われるケースもあります)。
別表6(九)では、主に次の計算を行います。まず①試験研究費の総額を記載し、②比較試験研究費(前3年平均)を記載して増減試験研究費割合を計算します。次に③試験研究費割合(当期試験研究費÷過去4年間の平均売上高)を算定し、控除割合が12%か17%かを確定させます。そして④税額控除限度額=試験研究費×控除割合を計算し、⑤調整前法人税額×25%(または35%)を上限として「当期税額控除可能額」を算出します。
この別表の「20」欄に金額が記載された場合、確定申告書には必ず「適用額明細書」を添付しなければなりません。適用額明細書への記載方法は以下の3項目が必須です。
| 記載欄 | 記載内容 |
|---|---|
| 租税特別措置法の条項 | 第42条の4第4項 |
| 区分番号 | 00638 |
| 適用額 | 別表6(九)「20」欄の金額 |
区分番号「00638」の記載を忘れると適用額明細書が不完全となり、税額控除の適用を否認されるリスクがあります。これは条文の要件ではなく手続き上の要件ですが、それゆえに軽視されやすく、実際の税務調査でも問題になるケースがあります。記載漏れには注意が必要です。
また、法人税申告書の別表1「2」欄(調整前法人税額)を正確に転記する必要があります。別表1の数字と別表6(九)の数字が食い違うと、それだけで審査段階での確認が入ることがあります。
さらに、地方税(法人県民税・法人市民税)は税額控除「後」の法人税を基準に計算されます。つまり、本税制を適用することで国税(法人税)だけでなく地方税の税負担も自動的に軽減される、という連鎖的な節税効果があります。これは実務上あまり強調されないメリットです。
国税庁「適用額明細書の記載の手引」(区分番号・記載方法の公式ガイド)
控除率の計算は2段階の構造になっています。まず「試験研究費割合」が10%を超えるかどうかで基本パターンが決まり、次に「増減試験研究費割合」が12%を超えるかどうかで上乗せが発生します。つまり最大で2つの上乗せ要素が重なることがあります。
試験研究費割合とは、「当期の試験研究費 ÷ 直近4年間の平均売上高」です。この割合が10%を超えると、次の式で控除率が上がります。
> 控除割増率(最大10%)=(試験研究費割合−10%)×0.5
> 上乗せ後控除率=12%+12%×控除割増率
増減試験研究費割合とは、「(当期試験研究費 − 前3年間の平均試験研究費)÷ 前3年間の平均試験研究費」です。この割合が12%を超えると、次の式で控除率が変わります。
> 上乗せ後控除率(最大17%)=12%+(増減試験研究費割合−12%)×0.375
両方の要件を満たす場合は、より複雑な合算計算が必要ですが、いずれにせよ上限は17%です。
具体例を見てみましょう。試験研究費が3,000万円、増減試験研究費割合が20%(12%超)の場合。
> 控除率=12%+(20%−12%)×0.375=12%+3%=15%
> 税額控除限度額=3,000万円×15%=450万円
控除上限は法人税額の35%(増減試験研究費割合12%超の場合)まで拡大されます。法人税が2,000万円あれば、2,000万円×35%=700万円が上限となり、450万円の全額が控除可能です。これは使えそうです。
一方、中小企業投資促進税制や賃上げ促進税制の税額控除上限は法人税額の20%が上限であることと比較すると、本制度の控除上限が最大35%という設計は格段に有利です。研究開発費がある中小企業にとっては、最優先で活用すべき制度といえます。
ただし注意点として、複数の税額控除制度を同一年度に適用した場合でも、法人税額から控除できる合計は法人税額の90%が限度です。つまり法人税の最低10%は納付が必要という絶対ルールが存在します。上限は上限だけが条件です。
本税制の適用で最もトラブルが多いのが、「何が試験研究費に含まれるか」の判断です。対象となる費用の種類は以下の通りです。
ここで特に問題になるのが「人件費」です。対象となる人件費は「専門的知識をもってその試験研究の業務に専ら従事する者」に係るものに限られています。
「専ら」とは、年間を通じてほぼ100%を試験研究業務に費やしている者を指します。具体的には研究プロジェクトの全期間を通じて従事していることが求められます。兼務している社員の人件費は対象になりません。按分計算の考え方は認められていないのです。これは厳しいところですね。
たとえば、エンジニアが業務時間の70%を研究開発に使い、残り30%を製造管理に使っている場合、その人件費は70%按分でも認められず、全額が対象外となります。年収500万円のエンジニアが3名いれば、1,500万円分の人件費が控除計算から除外されることになります。控除率12%を掛けると180万円の控除機会を逃す計算です。
対象とならない研究の代表例は以下の通りです。
逆にいえば、「すでに量産している製品の製造技術の改良」でも、新規性・創造性・不確実性・体系性・移転可能性の5要件(Frascati Manual基準)を満たせば試験研究費として計上可能です。大規模な設備投資や新製品開発だけが対象ではないということです。
実務上の対策として、社員が試験研究業務にどれだけ従事しているかを記録する「研究日誌」や「プロジェクト従事記録」を日常的に作成・保管しておくことが重要です。税務調査の場面でも証拠として機能します。国税庁が公表している「試験研究費税額控除制度における人件費に係る"専ら"要件の税務上の取扱い」という通知も参照に値します。
国税庁「試験研究費税額控除制度における人件費に係る"専ら"要件の税務上の取扱いについて」(人件費判定の公式見解)
令和8年度税制改正大綱(2025年12月閣議決定)において、中小企業技術基盤強化税制に大きな変更が加えられました。最も注目すべき点は「繰越税額控除制度の新設」です。
従来の中小企業技術基盤強化税制では、税額控除の上限(法人税額の25〜35%)を超えた部分は翌期以降に繰り越すことができませんでした。これは中小企業投資促進税制や中小企業経営強化税制とは異なる点であり、「利益が出た年にしかメリットを享受できない」という大きな制約でした。結論は、赤字年度は恩恵ゼロ、だったのです。
令和8年度改正後は、控除限度超過額を最大3年間繰り越せるようになります。ただし、繰越税額控除を適用しようとする事業年度において「試験研究費の額が比較試験研究費(前3年平均)を超えること」が条件となります。また、一般試験研究費の額に係る税額控除制度(大企業向け一般型)を適用する事業年度には繰越税額控除の適用はできません。
この改正の意味合いを具体的に考えてみましょう。試験研究費が年間1,000万円で控除率が12%の場合、税額控除限度額は120万円です。利益が少なく法人税が150万円しかない年は上限25%=37.5万円しか控除できず、差額82.5万円は従来なら消滅していました。改正後は最長3年間持ち越せるため、翌年に利益が回復した際に82.5万円分の控除枠を活用できます。これが3年分蓄積された場合、最大247.5万円分の控除枠を翌年以降に使えることになります。
また令和8年度改正では、制度の適用期限が2029年(令和11年)3月31日までの3年間延長も確定しています。さらに、海外への委託試験研究費については制限が設けられ、令和8年度は対象額の70%、令和9年度は60%、その後は50%しか税額控除の対象にならないという段階的な縮小も始まります。国内研究拠点への回帰を促す政策意図が明確です。
経済産業省「令和8年度 経済産業関係 税制改正について」(繰越税額控除の新設・制度延長の公式説明資料)
ここでは、具体的な数字を使って別表6(九)の計算結果がどう変わるかをシミュレーションします。
【ケースA:標準型(上乗せなし)】
- 試験研究費:2,000万円
- 増減試験研究費割合:5%(12%以下)
- 試験研究費割合:8%(10%以下)
- 調整前法人税額:1,500万円
> 税額控除限度額=2,000万円×12%=240万円
> 控除上限=1,500万円×25%=375万円
> 実際の控除額=240万円(全額控除可能)
【ケースB:増減試験研究費割合が12%超のケース】
- 試験研究費:3,000万円
- 増減試験研究費割合:16%
- 試験研究費割合:8%(10%以下)
- 調整前法人税額:2,000万円
> 控除率=12%+(16%−12%)×0.375=13.5%
> 税額控除限度額=3,000万円×13.5%=405万円
> 控除上限=2,000万円×35%=700万円
> 実際の控除額=405万円(全額控除可能)
ケースBではケースAと比べて165万円多く控除できます。研究開発費を積極的に増やすことが節税にもつながるということです。
申告時に確認すべきチェックリストをまとめます。
この申告書の準備は税理士と連携するのが最善です。特に試験研究費の範囲判定(何が研究開発に該当するか)は専門的な判断が必要で、中小企業庁の公式パンフレット「中小企業税制」でも最新様式や計算例が毎年更新されて提供されています。制度内容の確認はそちらを参照するのが確実です。
中小企業庁「中小企業向け研究開発税制(中小企業技術基盤強化税制)」(税制活用事例・対象経費の公式解説)