SA-CCRとはデリバティブ資本規制の標準的手法

SA-CCRとは、デリバティブ取引の与信相当額を算出するバーゼル規制上の標準的手法です。従来のCEM(カレントエクスポージャー方式)と何が違い、銀行の自己資本にどう影響するのでしょうか?

SA-CCRとはデリバティブの与信相当額を算出する標準的手法

担保を差し入れているのに、無担保より資本負担が増えることがあります。


この記事の3ポイント要約
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SA-CCRとは何か

SA-CCRとは「Standardised Approach for Counterparty Credit Risk」の略で、銀行がデリバティブ取引を行う際に必要な自己資本の計算に用いる標準的手法です。2014年にバーゼル委員会が公表し、日本では国際統一基準行に適用されています。

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計算式の核心

EAD(与信相当額)= 1.4 × (RC + PFE) という式で計算します。RCは再構築コスト、PFEは将来の市場変動リスクを表し、1.4という乗数は計算の保守性を担保するために規制当局が設定した固定値です。

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CEMとの決定的な違い

従来のCEM(カレントエクスポージャー方式)は有担保・無担保を同一パラメータで計算していましたが、SA-CCRは担保・ネッティングの効果を精緻に反映します。ただし無担保の対顧客取引では資本負担がCEMより大きくなるケースがあります。


SA-CCRとはどのような規制なのか:導入の背景

SA-CCRが生まれた背景には、2008年のリーマンショックがあります。金融危機では、デリバティブ取引の相手方がデフォルトしたとき、銀行が抱えるカウンターパーティ信用リスク(CCR)がいかに巨大であるかが白日のもとにさらされました。特に、信用評価調整(CVA:Credit Valuation Adjustment)に絡む評価損が世界規模で膨らみ、金融システム全体を揺るがしたのです。


この反省を踏まえ、バーゼル銀行監督委員会(BCBS)は2014年3月31日に「カウンターパーティ信用リスクエクスポージャーの計測に係る標準的手法(SA-CCR)」を公表しました。国際統一基準を適用する銀行に対しては、2017年1月(日本では2017年3月末決算)以降、自己資本比率規制の計算においてSA-CCRへの移行が義務付けられています。


それまで使われていたCEM(カレント・エクスポージャー方式)は、担保の有無に関わらず同じパラメータを使う簡便な方式でした。リスク感応度が低く、実態を正確に反映できていなかったのが大きな問題でした。つまりSA-CCRは、「リスクの実態に近い計算」を実現するために設計された規制です。


SA-CCRは以下の3つのコンセプトを軸に設計されています。


- ネッティング効果のより厳密な反映:同一カウンターパーティとの取引が複数ある場合、ポジションの相殺効果を精緻に計算できるようになりました。


- 担保による信用リスク削減効果のより厳密な反映:有担保取引と無担保取引を明確に区別し、担保の質・量に応じて与信相当額を引き下げることが可能になりました。


- ストレス期を考慮したパラメータ:直近5年のストレス期間におけるリスクファクターのボラティリティを考慮することで、より保守的な計算になっています。


重要なのは最後の点です。厳しめに設計されているということですね。


参考:SA-CCRの特徴をわかりやすく整理したページ(テクマトリックス社)
SA-CCR対応 | バーゼル規制関連ソリューション - テクマトリックス


SA-CCRの計算方法:EAD・RC・PFEの関係をわかりやすく解説

SA-CCRにおける計算の核心は、与信相当額(EAD:Exposure at Default)を求める以下の式です。


$$\text{EAD} = \alpha \times (\text{RC} + \text{PFE})$$


αは当局指定値で1.4に固定されています。つまり「RC + PFEの計算はざっくりしているため、40%上乗せして保守的に評価しよう」という考え方です。これが基本です。


RC(Replacement Cost:再構築コスト) とは、今日カウンターパーティがデフォルトした場合に失う価値のことです。自分が勝ちポジションにある状態で相手が倒産すると、その勝ち分を踏み倒される可能性があります。これを補うために必要なコストがRCに対応します。証拠金契約(margin agreement)がない場合と、ある場合で計算式が分かれます。


- 証拠金契約なし:RC = max(V − C, 0)
- 証拠金契約あり:TH・MTA・NIC Aなどの証拠金パラメータを用いた計算式


ここで、VはネッティングセットのネットARK時価、Cはヘアカット考慮後の担保価値です。担保を受け取っていれば、その分だけRCは小さくなります。


PFE(Potential Future Exposure:潜在的将来エクスポージャー) とは、将来の市場変動によって生じ得るリスクです。PFEはさらに「Multiplier」と「Addon」の積で求めます。


$$\text{PFE} = \text{Multiplier} \times \text{Addon}$$


Addonは、金利・為替・株式・クレジット・コモディティの5つの資産クラスごとに、想定元本・デュレーション・デルタ・期間調整項を組み合わせて計算し、最後に合計します。Multiplierは余剰担保(超過担保)を受け取っている場合にAddonをフロア5%まで削減できる係数です。


イメージとしては、RCがコールオプションの「本源的価値」、PFEが「時間価値」に相当すると考えるとすっきりします。EAD全体は、ゼロストライクのコールオプション時価に近い概念です。意外ですね。


参考:SA-CCRの計算式をRCとPFEに分けて詳しく解説しているページ
【バーゼル資本規制】SA-CCRにおけるエクスポージャーの計算方法 | Quant College


SA-CCRとCEM(カレントエクスポージャー方式)の違いを比較

SA-CCRを理解するうえで、旧来のCEM(カレント・エクスポージャー方式)との比較は欠かせません。どちらも「デリバティブ取引の与信相当額 = 再構築コスト + アドオン」という基本構造を持っています。しかし中身は大きく異なります。


まずアドオンの計算方法が根本的に違います。CEMでは、想定元本に取引の種類と残存期間に応じた固定の掛目を乗じるだけで求めます。例えば残存1年超5年以内の金利スワップであれば掛目0.5%、株式関連なら8%といった具合です。シンプルですが、ポジションの相殺(ネッティング)が限定的にしか反映されませんでした。


具体的な数値で比較してみましょう。想定元本1,000百万円・残存3年の金利スワップをロング・ショート各1本保有するケースを想定します。


| 項目 | CEM(カレントエクスポージャー方式) | SA-CCR |
|------|--------------------------------------|--------|
| グロスアドオン | 1,000×0.5% + 1,000×0.5% = 10百万円 | 計算上ロング・ショートが相殺 |
| ネットアドオン | 0.4×10 = 4百万円(最大60%削減) | 0円(完全相殺) |
| 特徴 | 担保の有無に関わらず同一パラメータ | 担保・ネッティング効果を精緻に反映 |


このようにSA-CCRでは、方向が逆の金利スワップ2本が同一ネッティングセット内にある場合、アドオンが完全にゼロになります。これはCEMではありえない計算結果です。


ただし、SA-CCRが常に有利なわけではありません。重要なのはここです。


事業会社(法人顧客)との無担保の対顧客取引では、ネッティング契約や担保授受(CSA契約)が締結されていないケースが多くあります。その場合、SA-CCRのアドオン計算に含まれるデュレーション効果や乗数α=1.4の影響で、エクスポージャー額がCEMより相当程度大きく算定されることがあります。担保なしの取引は資本負担が増えるということですね。


この結果として、SA-CCR導入後は銀行が法人顧客に対してデリバティブ取引の変動証拠金授受を求めるケースが増えるという実務的な影響も指摘されています。


参考:CEM廃止とSA-CCR導入の全体像を解説したJPXレポート
銀行等のデリバティブエクスポージャーの計算方法の見直し(JPX先物・オプションレポート2015年12月号)


SA-CCRのアドオン計算:5つの資産クラスと実効元本の仕組み

SA-CCRの中でも特に計算が複雑なのが、PFEのうちのAddon部分です。本来「簡便法」として設計されたはずなのに、実際に計算してみると入力パラメータが多く、工数が大きい点が業界でよく指摘されます。これは意外ですね。


Addonは5つの資産クラスごとに独立して計算し、最後に足し合わせます。


| 資産クラス | 対象商品の例 |
|-----------|------------|
| 🏦 金利 | 金利スワップ、債券先物、FRA、金利スワップション |
| 💱 為替 | 為替予約、通貨スワップ、通貨オプション |
| 📈 株式 | 株価指数先物、株式オプション、株式先渡 |
| 🛡️ クレジット | CDS(シングル・インデックス)、CDO |
| 🛢️ コモディティ | 原油先物、金属・農産物関連デリバティブ |


各資産クラスのAddonは「実効元本(Effective Notional)× 当局設定掛目(Supervisory Factor)」で求めます。実効元本は単なる想定元本ではなく、以下の4つの要素を掛け合わせて算出します。


- 想定元本:取引の名目上の元本
- デュレーション:金利系・クレジット系は残存期間を考慮する調整係数
- デルタ:ポジションのプラス・マイナスの符号とリスクの大きさ(オプション取引では当局設定ボラティリティを使ったデルタ計算が必要)
- 期間調整項(MF:Maturity Factor):担保契約の有無を反映する係数


このデルタの計算が、特にオプション取引では手間になります。プレーンなスワップや先物に比べ、オプションはデルタ算出のためのボラティリティ入力が必要なためです。これは必須です。


また、同一資産クラス内のネッティングについては「全部ネッティング(単純合計)」と「一部ネッティング(相関を考慮した合計)」の2種類があります。一方、異なる資産クラス間の相関は反映されません。例えば金利動向と為替動向が相殺する方向に動いていても、その効果はAddon計算には入ってきません。これがSA-CCRの「簡便性」と「保守性」を両立させる仕組みです。


実務上、多くの銀行はSA-CCR対応の計算システムを外部ベンダーから導入しています。NRI(野村総合研究所)やテクマトリックスなどがSA-CCR計測システムを提供しており、属性データを登録するだけで自動計算・レポート出力が可能な体制を整えています。SA-CCRの計算を手動で行うことはほぼ現実的ではなく、システム対応が実質的に不可欠です。


SA-CCRが金融に興味ある人に重要な理由:自己資本比率・CVA・レバレッジ比率への影響

SA-CCRは単に「デリバティブの計算方法が変わった」という話にとどまりません。この手法は銀行の財務指標に直接影響するため、金融に携わる人や投資家が銀行の健全性を評価するうえでも重要な知識です。


SA-CCRが影響を与える指標は以下の3つです。


① カウンターパーティ信用リスク資本(CCR資本)
SA-CCRで算出したEADに、取引相手のリスクウェイトを乗じてリスク・アセット(RWA)を計算します。このRWAが自己資本比率の分母に組み込まれます。担保・ネッティングが適切に整備されていれば、SA-CCRはCEMよりRWAを小さく計算できます。結論はここです。


② CVAリスク資本(信用評価調整リスク)
CVA(Credit Valuation Adjustment)は取引相手方の信用力をデリバティブの評価額に反映させる価格調整です。SA-CCRはこのCVAリスクの資本計算にも用いられます。2008年の金融危機では、CVAに絡む評価損が世界の金融機関全体の損失の約3分の2を占めたとも言われており、バーゼル委員会がSA-CCRを重視する理由のひとつです。


③ レバレッジ比率
レバレッジ比率は「Tier1資本 ÷ レバレッジ・エクスポージャー(総資産+オフバランス項目)」で計算されます。デリバティブのエクスポージャー部分の計算にもSA-CCR(修正SA-CCR)が適用されます。CEMよりも担保の削減効果が大きく反映されるため、清算集中取引やインターバンク取引が多い銀行にとっては、レバレッジ比率の計算でも有利に働く場面があります。


一方で、法人向け無担保デリバティブが多いポートフォリオを持つ銀行では、SA-CCR導入によって自己資本比率が悪化するリスクがあります。痛いですね。このような銀行は対顧客取引の証拠金規制整備や、ネッティング契約の締結拡大といった対策を取ることが重要になります。


金融機関の決算書や開示資料を読む際は、CCR資本のEAD計算がSA-CCR方式かどうかを確認するクセをつけると、資本の健全性をより正確に評価できます。三井住友フィナンシャルグループや三菱UFJ等の大手行は、バーゼルⅢ第3の柱(ピラー3)の開示資料でSA-CCR方式のEADを詳細に開示しています。これは使えそうです。


参考:バーゼルⅢ最終化の枠組みとSA-CCRの位置づけを図解している金融庁の資料
バーゼルⅢの最終化について(金融庁)


参考:SA-CCRとCVAリスクの関係・計算概要の解説